透明人間2
「そういえばさ」
薄暗い帰り道。
いつもなら徐々に暗くなっていく空を拝めるのに、曇天はかわらず暗闇が2倍速で落ちてくるような感じ。
締め出される前に屋上から撤退した私は、鞄を肩にかけて歩きながら前方の少年を見た。
「何で私があそこにいるってわかったの?」
「お前の家に電話したら、まだ帰ってないって言われたんだよ」
「…電話、したの?」
「うるせぇ。何か文句あんのかよ」
「…やー、べーつにー、何にもないッスよー」
一体何の用で電話したんだろうとか思ったけれど、何となく聞くタイミングを逃してしまう。
家に帰ってないってだけで屋上にいるとあたりをつけられるほど私の行動は単純なんだろうか。
私より確実に五歩は前を歩く背中からは、奴の考えなどまったく読み取れない。
一緒に帰っているというにはいささか離れた距離。会話をする事がなければ、ただ同じ方向に帰ってるだけにしか見えないだろう。
かといってそれ以上差が広がるわけでもなく縮まるわけでもなく。
というか単に私が追いつく気がないだけだ。隣で肩を並べて歩きたいと思うほど、青春したいわけじゃない。
目の前の男と私とでは歩幅も歩調も全く違う。それなのに五歩以上距離が離れないのは、奴がそれなりに気を使ってくれてると言う事か。
(ありえない)
自分の考えが馬鹿らしくなってすぐにその案は却下した。だって本当にありえない。
私に気を使うほど、奴は弱くもないし優しくもない。
会話のない帰り道。奴はポケットに手を突っ込んだまま、私は空を見上げたまま、縮まりも離されもしない距離をたもったまま歩く。
「そーいえばさぁ」
私はまた同じ言葉を口にする。今度はイントネーションをちょっとかえて。
「高井出くんは高校どこ受けるのカネ?」
「あ?」
「だって私達、一応受験生でショ。世間一般的には」
「…お前はどこ受けんだよ」
「私ー? 入れてくれるとこ受けますよー。良くも悪くもないからね、成績」
周りでは友達と同じ高校に行きたいとか憧れの人と一緒にとか、そう言う理由で高校を決める子達もいるけど(もちろん明確に自分の意思をもって高校を選ぶ子だっている)、生憎と私はそう言う気持ちがさっぱりとわからないので、自分の成績で無難な所を選ぼうと思っている。
そんな事を思ったら、登校拒否に近い出席率の目の前の少年は、どうやって高校を選ぶんだろうと素朴な疑問。そもそも高校行く気があるのかな?
頭は悪くない事は知ってる。この間の実力テストの結果は、何の気まぐれを起こしたのかやつが学年一位だった。(ありえない)
本気を出せばきっとどんな進学校だって思いのままだろう。
「高井出は高校受けるの?」
返ってこない質問の答えに、今度は内容を変えてみる。すると五歩先の学ランは、「受ける」と短く完結に返事を返した。
「ふーん。まー、あんたは頭いいしね。今更勉強しなくても、大抵の所は受かるでしょ」
「ああ」
「うーわー、ちょっとは謙遜しなさいよ」
「うるせぇ」
「うーわー」
「で、お前はどこ受けんだ?」
「…だから適当な所」
正直あんまり真面目に志望校を考えた事はない。どこでも入れればいいかと、本当にそう思う。
なりたいものもやりたい事も興味がある事もない。
学校の施設に関しても希望がない。制服だってどんなデザインでもいい。なくてもかまわない。有名だろうが無名だろうがどうでもいい。
「来週までに決めとけ」
五歩先を歩く学ランが突然そう言った。
「は?」
「志望校」
「え、ちょっと何で急に進路調査?」
何を急に言い出すのかなこの男は。担任ですら志望校は来月までに考えれば良いと言ったのに。
来週?
今日は金曜日。明日は土曜日。明後日は日曜で明々後日はもう来週。
事実上後2日で志望校を決めろと、やつはおっしゃったわけです。
「まぁどこにしろ」
五歩先を歩く、唯我独尊という言葉が良く似合いそうな男は振り返らずに言った。
「お前が受けるレベルのとこなら、俺は確実に受かるけどな」
それは一体どういう意味でしょうか。
深読みするととんでもない方向に話が曲りそうだし、深読みしないと「俺の頭はお前のレベルと違うんだよ」とただの嫌味に聞こえるし。
だからあんた、何を言いたいのか分からないんだよ。
ぼそっと呟いた声は五歩の距離を飛んで奴の耳に届いたらしい。喉を鳴らすようなくぐもった笑い声を、私の耳は律儀に拾ってしまった。