07 密談
「……夢?」
久しぶりにふかふかのベットで寝たエリカは、一瞬独り暮らしの自分の家で起きたのだと勘違いしてしまう。だが、起き上り見覚えのない部屋を見渡すと、ここが酒場の二階、ジンとエヴァの家だと思い到る。
窓の方を見ると外はまだ薄暗い。昨日は寝るのが遅かったけれど、いつもどうりの夜明けごろに目が覚めたようだ。
この世界の時間はどうも地球よりもゆったりと流れているようで、日の出と共に起き出したとしてもちっとも寝足りないと思うことはなかった。
エリカは窓を開けるとみぃたんを呼ぶ。
「みぃたん?」家主を起こさないように微かな声で呼ぶ。
「みぃー」何処からともなくみぃたんが姿を現す。
「今行くからまってってね?」
「みぃー」
パタパタと翼をはためかせ浮き上がる。
「おっ?」
みぃたんは開け放たれた窓に向かって突進してくるが、この窓の大きさでは入れないだろう。
「ちょっと、みぃたん危ないよ! ちょっ……」
ドスン
窓枠にぶつかり、敢無く墜落するみぃたん。
大丈夫だろうか。まだ、体が大きくなったことに慣れていないだろう。
「だ、大丈夫?」
「みぃ」
力なく返事をするが、怪我はしてなさそうだ。もう立ち上がってウロウロしている。
「今、行くか……ら?」
ドンドン
部屋の戸を叩く音がする。もしかして今の音で誰かきてしまったようだ。
エリカは窓から扉の方へ向かい「はい」と返事をし、扉を開けた。
「――――――、――――――?」
「何? 何言ってるか、さっぱりわかんないよ、ジンさん!」
「――――――――――!」
「え? 何? ジンさん」
エリカはジンの言葉が全くわからない。それはジンも同じようだった。エリカの言葉がわからないみたいだ。
(昨日は通じたのに何でだろう?)
「昨日と違うもの、昨日と違うもの……ってなんだーっ?」ぶつぶつ呟きながら戸を開け放したまま、部屋の中を歩き回るエリカ。
ジンが部屋に入って来て、ベット横のチェストに置かれたペンダントを放ってよこす。
「え?」
(コレが何か……?)
とりあえず、ペンダントをかけてみる。
「おい、どういうことだか説明してもらおうか?」
◆ ◆ ◆
そういうわけで今私は、ここにいるのだが……誰か説明してくれないか。何で私が魔法騎士団にいるんですか――?
「おい、エリック何やってんだ?行くぞ」
「待って、ウィル!」
「ウィルじゃない。ここでは副団長と呼べ」
「……ふぁーい」
「何だよ、その不満そうな返事は! エリック」
「へい、へい」
にやりと黒く笑うエリカ。
私の魔法騎士団生活の始まりは、あの村の酒場&商人ギルド――ジンとエヴァ、ヴィンセント団長、そしてこのウィル・アークライトに出会ったこと――の扉を開いた時から決まってしまった。
エリカはまたあの朝に意識を戻す――。
◆ ◆ ◆
「どういうことだか説明してくれないか?」
「あのー……怖いです。ジンさん」
開店前の朝早い時間の酒場のテーブルで、ジン、エヴァ、ヴィンセント、エリカが密談していた。いや、ジン、エヴァ、ヴィンセントにエリカが詰め寄られていた……とでもいう方が正しいか。
(えーと、この新たな甘いマスクのおじ様は誰なんだ……)
ヴィンセントの方をチラリと見て、深く突っ込まないでおこうとジンに意識を戻す。
「えーと、ハロウィンをお祝いするという名目の飲み会パーティーに行っていて、家に帰って来たところまでは、覚えてるんですけど……。気が付いたらあの山の中にいたんです」エリカは窓の外から見える山を指差した。
「バスティ山に?」とジンは呟く。
「あの山、バスティ山って言うんですね」
「貴方、昨日異世界から来たって言っていたけど、どうしてそう思うの?」とエヴァ。
「えーと、それは最初はいきなり森の中で目が覚めて混乱していたけど、事件に巻き込まれただけだって思っていたんですけど……。見たこともないもふもふの生き物に出会ったり。あっ、今は友達なんですけど……。確信したのは月が二つあったから」
「……」黙り込む三人。
「えーと、私何か変なこと言いました?」
沈黙を破って、ジンが問いただす。
「月が二つあったから……って、月は二つあるものだろ? お前エリスは知らないって言っておいて、本当はエリスから来たんじゃないのか!」
ジンの怒鳴り声にびっくりしつつも、身に覚えのないことで怒鳴られ腹が立ったエリカは言い返す。
「エリスなんて知らないっていってるでしょ! この頑固おやじ」
「ぷっ」今まで沈黙を守ってきたヴィンセントが思わず噴き出す。
「何よ! 何笑ってんの? そしてあんた誰なのよ」
「これは失礼、お嬢さん。俺は今日から君のお父さんだ。お父様と呼びなさい」
エリカは開いた口が塞がらない。
「はっ?」
「兄様、話がずれるから後にして!」エヴァがヴィンセントを窘める。
(エヴァのお兄ちゃん?)
「おい、頑固おやじとはいい度胸だな。エリカ」
「あ……。だってジンさんがいきなり意味分かんないこと言うからでしょ。私が来たのは地球だよ。EARTH――アース、ちきゅう。エリスなんて知らない」
「チキュウ?」初めに沈黙を破ったのはジンだった。
「うん、地球。蒼くて美しい星だよ……宇宙から見たら、蒼い宝石みたいなんだって。昔の宇宙飛行士が言ってた」
「……あいつも言ってたな、宇宙からみたらエリスはとても美しいところだと。チキュウはエリスと同じような世界なのかもな」ジンが呟くように言った。
「あの……私はエリスなんて聞いたことないけど、宇宙に行けるのはほんの一握りの特別な宇宙飛行士だけです。……だから、ジンさんの知っている人とは違って、私は実際に宇宙には行ったことがないよ」
ジンが言うように、エリスの知り合いだという人物が宇宙からみたエリスは綺麗だと言ったのなら、たまたまこの世界に迷い込んだのか、はたまたどうやって来たのかはわからないが、エリスはとても科学の進歩したところなのだろう。もしかしたら地球以上に……。
エヴァが立ち上がってカウンターの奥に消える。
「お茶を入れてくるわ」
「あぁ、頼む」とジン。
「あのさ、よくわからないが、俺はエリスのこともジンと違ってほとんど知らない。というか、このヴァレンディア王国の人々の多くが知らないと思う。何が言いたいかというと、お嬢ちゃんが何にもわからなくて不安って顔をしているのが嫌だったら、手掛かりを探しに行けばいいだろ? ちきゅうのことやエリスのこと、この世界のことを。だろ?」
お父様と呼べ宣言した人が、なんかいいこと話してる……。エリカは落ち着きを取り戻し堅かった表情を崩してやわらかく微笑んだ。
「はい、お父様」
「ゴホン、お茶よ。兄様、そのにやけた顔をどうにかして」エヴァがお茶をテーブルに並べながら言う。
ヴィンセントの顔は、エリカのお父様と言う言葉で破顔していた。黙っていればダンディーなおじ様なのに、なかなかおちゃめな人だ。
「どうだ? エリカ、いやエリック。手掛かりを探しに行く気はあるか?」改めてジンに問われる。
「……はい。私も謎は解いておきたいん性分だし、探しに行きたいです」
黒い笑みを浮かべるジンとヴィンセント。
なんか怖い。罠にはまった気がするのはエリカの気のせいだろうか。
「いい返事だ。じゃあ、エリックには、ヴィンセントの息子として、来年魔法騎士団に入ってもらう。とりあえずは、その準備だ。俺が直々に鍛えてやるから覚悟しておけ、あっはっはっは……」
魔王がいる。
なんだこの黒いオーラは、いたいけな女の子をつかまえて直々に鍛える?
何いってるんだこの人。冗談もたいがいにしてほしい。
……が、冗談ではなかったらしい。話し合いの後、正式にヴィンセントの娘ではなく、息子となった私はエリック・カスティリオーニとしての生活が始まった。
ヴィンセントが後見人になったのは、異世界から来たというエリカの状況ではこの国の個人の登録がなく、何かと不便らしいからだと教えてくれた。
なんでジンとエヴァさんの養子じゃだめなのか聞いたら、ヴィンセントに子供が出来たら面白いから――なんて言っていた。ヴィンセントって我がお父様ながら、なんか不憫な人だ。
さっそくこの国の知識を勉強することになったのだが、どうやらこの世界の常識がすっかりないエリカに教えるのは大変だとあきらめたのか、ここスビアコ村よりも栄えている大きな町リーラベルの学校に通うことになった。
それだったらジンさんの体術と剣術の稽古もエヴァさんのスパルタ魔法訓練もさじを投げてくれればよかったのに……。
あの二人はこんなスビアコ村みたいなところに引きこもっているような人じゃなくて、ものすごい偉い人らしいんだけど……それを二人は上手く隠している。
多分あのコンパスという石の遺跡の防人をしているとかなんとか……。お父様もあまり詳しくは教えてもらっていないらしい。
そのことも含めてエリカは調べてみようと思っていた。
どうせ暇だし。なんでこの世界に来たのかもわからないし。理由なんてないのかもしれないけど――。
ちょうど向こうでも転職して新生活を始めようと思っていたから、思いっきり知らない世界で新生活を始めるものいいのかもしれない。
魔法騎士団に転職しました――なんて普通は出来ない。これってある意味ラッキーなのかも。