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君を喚ぶ声  作者: 佳月紫華
第2章 旅の支度
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43 飛鉱艇 13

 カサリと何かが手に触れた。枕の下でくしゃくしゃになってしまっている。紙だ。

 ――いつからここに?

 マルクスは暗闇の中、明かりを探る。二段ベッドの枕元に備え付けられている小さな魔法灯は、心許ない豆電球のようなほの暗い光で手元だけを照らした。

“Murkus,May I ask a favor of you?”

「えっ……?」

 なじみ深い言語に目を奪われる。英語。母国の言葉。

 助けを求める手紙だ。やはりエリックは困ったことになっているようだ。

 マルクスは薄暗闇の中、小さなメモの字を追う。

『マルクス、頼みを聞いてくれる? 困ったことになりました。貴石をなくしてしまったのです……』

 出だしはこうはじまっていた。

“No way!”

 思わず小さくひとりごちる。懐かしい言葉で綴られた手紙にマルクスの口からも自然と英語が漏れた。

 殴り書きで短く要点だけが簡潔に書かれたメモは、途中までで終わっていた。相当慌てていた様子がわかる。

 ――さて、どうしたものか。

 マルクスはベッドの端に腰掛け、ローテーブルを挟んだ向こう側のベッドをじっと見つめた。

 そこにエリックはいない。どうにか誤魔化してほしい。彼の頼みはこうだ。もちろん助けるつもりだ。同じ地球からの迷い人として。大切な友人、仲間として――。

 マルクスは自身の毛布を丸め、エリックの寝床にそっと入れる。

「モーリー、ウィルさん朝ですよ。起きて」

 2人を呼ぶ。しかし昨日は遅かったのか、なかなか返事がない。

 暫くしてモーリーがひょっこりとベッドを仕切るカーテンの中から顔を出した。彼の灰色の目は充血しており、目の下にも隅ができている。昨夜の寝不足が祟ったようだ。

「ウィルさん? あれ? いないのかな……」

 何度か呼びかけたが返事がない。そっとモーリーの上のベッドのカーテンを開けてみる。

 彼の寝床は皺ひとつなく整えられており、誰かが寝た形跡はなかった。ウィルは帰らなかったらしい。

「モーリー、ちょっといいか?」

 ウィルのいない今が良い機会だ。マルクスはメモを見せ耳打ちする。

「やはり困った状況らしい。どうにか助けになりたいんだ。辛いかもしれないけど、エリックのことを無視するぞ」

「なんて書いてあるんだ?」

 モーリーはヴァレンディア語と似て非なる文字にじっと見入っている。

「貴石をなくしてしまって人前では話せないから暫く話しかけないように協力してほしいと。……それと暫く姿を消すことがあるけど大丈夫だからと。誤魔化してくれたらありがたいとも書かれていたよ」

 それに最後に書きかけの文字を見てフッと微笑んだ。

「それに……いや、きっと直接聞いた方がいい」

「何だよ? マルクス」

 穏やかに紙面を見つめる蜂蜜色の瞳が柔らかく細められている。懐かしい故郷の文字を見て、残してきた大切なものに思いを馳せているのかもしれない。

 父が母を思っているときの眼差しに似ている。こいつらを助けてやりたい。あの日、2人から異世界地球(アース)のことを打ち明けられてからずっとそう思ってきた。

「そうだな。あいつに……エリックに直接聞いてみるよ」

 だから早く仲直りさせてくれよ。お前と離れていると調子が狂う。些細なことで拗れてしまった関係のままこんな状況になってしまうなんて思いもしなかった。あいつは大丈夫だろうか。大切な友達の危機に何もできずにいることが歯痒い。

「大丈夫だよ。エリックは強い奴だ」

 マルクスの言葉に頷く。飄々としてつかみ所がなく、それでいて優しい。そんな男だが、儚げな姿に見える時がありひとりで頑張っている姿を想像してしまうとどうにか手助けしたいと思ってしまう。

 そんなこと言うと「余計なことすんな」って怒られそうだけどな。

「だな。じゃあ俺らは俺らでギルドの仕事をあいつの分まで頑張ろうぜ!」

「行こうか」

「おう」

 マルクスとモーリーは部屋を後にし、持ち場の第五層へと向かった。

 ガヤガヤと短期職員たちが集まっている。そわそわと落ち着かない気配と喧噪がフロア一帯に満ちていた。そんな我らの気配を察してか、同じ第五層の飼育区域の動物や魔従たちも興奮し、騒々しく鳴き(しき)る。

「なんか昨日とは雰囲気違うな、マルクス」

「ああ、今日は乗客たちが乗船するのと離陸するっていう一大行事があるからね」

 モーリーは納得したと言うように「そうか」と頷いた。

 上司の船員たちの姿も見える。彼らもピリリと少し緊張した面持で指示を出していた。

「いよいよだな、マルクス」

「もうすぐだ」

 倉庫区域と飼育区域のある第五層には乗船前に乗客たちの荷物やペット、家畜や魔獣たちが運び込まれる。その作業が終われば、次は乗客たちの乗り込みといよいよ離陸だ。

 次々に運び込まれる大きな貨物や生き物たちを仕分けし、重量が均一になるよう配置する。人力だけではどうしようのない大きな貨物は機械で吊り上げるようだ。魔法に制限のある飛鉱艇では、機関士たちが活躍していた。

 リフトを動かす上司にモーリーの目は輝く。失われた古代技術に興味があるのだ。失われたとは言っても、市井の人々にとってはの話で、国策で古代遺跡の発掘作業などをして技術開発に忙しいらしい。

 飛鉱艇でもそこら中に古代の技術が散りばめられていた。

「おい、新入り! お前たちはここはもういい。次は乗客たちの手荷物を部屋まで運ぶ手伝いを頼む」

 上司が声をあげる。

「アイル!」

 同班の青年たちが威勢よく返事をした。

「はい! えっと……アイル!」

 慣れない船言葉にマルクスに一瞬躊躇したが大きく叫んだ。

「アイルッ!」 

 モーリーは右の拳を胸に置き忠誠の構えもばっちり決まっている。流石に飛鉱艇に憧れていただけある。

「行こうか」

 同じ4班の5人に声をかける。

「君たち2人だけ? あとの2人はどうしたんだよ?」

 怪訝そうに聞いてきたのはリーダー格の青年だ。

「2人は違う仕事を頼まれたらしくて……」

 マルクスは曖昧にはぐらかす。

「そうか。じゃあ行くか」 

 その答えで納得したようでマルクスとモーリーは目配せし嘆息した。

 第五層から甲板へ出ると外は賑やかな活気に溢れていた。人々の期待に満ちた興奮の声や未知のものへの不安を含んだ子供たちの囁きなど様々な思惑が渦巻いている。ペットの動物たちや家畜、魔従たちも敏感に変化を察知し(たけ)る。

 甲板へ架かる舷梯(タラップ)へと続く桟橋にごった返した人々と大小様々な生物。それらが今か今かと飛鉱艇の舷梯(タラップ)が架かるのを見つめている。

「さぁ、舷梯(タラップ)を架けるぞ! 野郎どもッ下がれ」

 熊のような相貌の乗組員(クルー)、上司ナスラ三等一般船員がローブを着た人々を連れてぬっと姿を現した。




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