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君を喚ぶ声  作者: 佳月紫華
第2章 旅の支度
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42 飛鉱艇 12

 頭を突き合わせて波打つ濃茶と赤毛の少年たちが、何やら深刻な面持ちで話し合っている。その表情は悪戯を悪巧みするようなものではなく、彼らを年よりも大人びさせてみせていた。

「なぁ、どう思う?」

 モーリーが悩んだ様子で問いかけると、マルクスは困った表情でこう引き取る。

「……たぶんまずい状況にあるんだと思う。エリックは些細なことでいじけるような奴じゃないから」

 マルクスなりに熟慮を重ねた結果だった。

「じゃあ何で挨拶もなしに引きこもるんだよっ」

 自分の言葉がきっかけで拗れてしまったことが辛く、モーリーの声は震える。

「エリックが部屋に戻ってきたとき、俺たちの方を見て何か言いかけていたんだ。でもウィルさんが来たから……」

 少しずつ先ほどのことを振り返ってみると、エリックは確かにマルクスたちに視線を送っていた。何か伝えたいことがあったに違いない。でも、できなった。それはウィルがいたからか……?

「ってことは、困ってんだな?! エリックの奴。早く戻って話を聞こうぜ!」

 マルクスの推測を聞いて先ほどまでのらしくなく大人しかったモーリーが、いつもの調子の良い彼に戻る。明るい声には、希望が満ちていた。

「落ち着けよ。ウィルさんがいないところで話を聞かないと!」

 そしてこうも考えられる。この状況を逆手にとることできるのではないか。マルクスはモーリーの耳にこそこそと自分の考えを耳打ちする。

「……え? お前、すごいな! おう、それいいなっ」

 マルクスのアイディアにモーリーの目は丸くなる。計画通りに事が進めば、エリックの助けになるかもしれない。

 倉庫区域の片隅で薄暗いカンテラの下、彼らは夜が更けるまで延々と話し合いを続けた。

 ◇

 貴族階級ではない一般客や飛鉱艇乗務員向けの小汚い酒場のカウンターで、ウィルは琥珀色に泡たつケレスを飲んでいた。距離を置くと決めた途端にもうエリックのことが心配でため息がでる。

「おいおい。恋煩いか?」

 カウンターの木目から視線を上げると、飛鉱艇の船長ガイ・フォースナーその人だった。

「ガイさん?! 恋って。……そんなんじゃないですよ」

 ため息を吐きながら首を振る。

「お前、そんな様子じゃねぇか! くっくっくっ……お前をこんなにしたレディーは大した大物だな」

 身体をよじって爆笑する様は、とてもこの艇で一番の格、船長その人には見えない。まるで空賊の船長だ。乗客たちの前でのガイを知っているだけに、いつもその違いに戸惑ってしまう。どちらの彼も本当の彼でありながら、自由な生き様に憧れを感じたものだ。

「本当に違いますよ。あいつは歴とした男だ……」

「おまっ、それ?! ぷふぅ」

 笑いをこらえながら厳しい顔を繕おうとするが、どうにもにやけ顔になってしまうガイに、苛々を募らせる。尊敬しているガイに軽口はたたきたくはないが、涙が出るほど大口を開けて笑っている彼を見るとこれ以上堪えそうにない。

「おいっ! ガイさんでも怒りますよ?! 何がそんなに可笑しいんです?」

「くっくっ……おまっ、目が笑ってねぇぞ。怖ぇ顔すんなよ」

 ガイ船長はバシバシと大きな手のひらでウィルの背中を叩き宥める。

「まぁ、その調子じゃあ気づいてないんだな」

 ガイがボソリと呟く。

「えっ? 何のことですか?」

「いや、こっちの話だ。何でもねぇ。その方がおもしろいもんが見れそうだしな」

 再びクツクツと笑い出したガイに、ウィルは何がそんなに可笑しいのか皆目検討もつかず頭を捻った。

 変わり者の船長。そんな彼の事だ。考えていることがわかるようになるには、まだまだ経験が足りないらしい。

「とにかく、断じてそんなんじゃなありませんから! ……ったく冗談が過ぎますよ」

 グイッと残ったケレスを飲み干し席を立つ。

「じゃあ船長、ゴチになります! 俺をからかった罰です」

 わざと大きな声で彼の存在を明かした。お忍びで来ていたに違いないガイにはこれが一番堪えるはずだ。

 にやりと笑い「ごちそうさまでした」とひらひら手を振る。

「ったく憎たらしい餓鬼が……」

 フッとガイの口元が笑いで歪む。

「フォースナー船長! 探しましたよっ」

 早速駆け込んで来た部下の顔を見て、ガイの眉間には深い皺が刻まれた。

「あのやろう。わざとだな。拡声器に向かって叫びやがった」

 鉄のパイプでできた拡声器の方を見て舌打ちしながら、ボサボサの漆黒の長髪を掻きむしる。

「船長! 無視しないでくださいよ。明日の最終確認がまだです。何事もないように準備しないと!」

 もっともな事を抜かす部下に、やれやれと馴染んだ堅い木製の椅子から腰をあげる。

「いよいよ明日だな。行くぞ」

「アイル! フォースナー船長」

 ◇

 しんと静まりかえった部屋でひとり、エリカはベッド上で胡座をかきそうっとカーテン隙間からの部屋の中を窺う。

 息を潜めてみたものの、やはり部屋はものけの空だ。

 モーリーとマルクスまで出て行ってしまうとは思わなかった。彼らに助けを求めるつもりだったが、エリカの思惑は叶いそうにもない。こうなれば後は頼れるのは己の力のみ。もう自分でなんとかするしかない。同室の仲間たちに気づかれないよう、なくした貴石を見つけ出すのだ。

 今が絶好の機会に思える。ひとりになる時間は限られている。

 自由に動くには誰も知らない姿になるしかない。

 鞄の底に隠してあったドレス一式を取り出しそっと撫でる。エヴァはまるでこうなることを予想いていたようだ。滑らかな素材は一級品だ。揃いの手袋に室内履き、小さな鞄にベールのついた帽子まで貴族の子女が着るのにふさわしい品々がそこにはあった。

“Murkus,May I ask a faver of you?”

 マルクスに向けたメモを彼の枕元に忍ばせる。

 明日、乗客たちが乗船する。

 エリカは大きな鞄を抱えみぃたんのいる倉庫区域へと急いだ。 

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