04 対岸
ジジジジジジ……ゴトンッ
「ハッ?!」
燃木が折れた音で、ハッと目を覚ましたエリカは、白みかけた薄暗い空の下、独り言つ。
「また、ひとりぼっちか……」
エリカが、寝るまでには、確かに、エリカにすり寄って並んで眠っていたはずのソレは、今は何処にも姿が見えない。いつの間にか、自分の棲みかに帰ってしまったのだろう。
白いもふもふ――みぃたんがいなくなってしまったことに、言いようのない寂しさがこみ上げる。
「みぃたん?! みぃーたーん!!」
エリカは、ベースキャンプの周りを探しまわったが、みぃたんを見つけることは、出来なかった。
(せっかく仲間ができたのに……ひとりはヤダよ……)
遭難のさなか、やっと出会った友達――出会ってから、半日ほどしかたっていないが――が、いなくなってしまって、エリカはまるで道を失ったように、座り込み動けなくなってしまった。
独り焚き火の前で、足を抱え頭を垂れ小さく蹲っていたエリカの目には、涙が光っていた。
トコトコトコ……
聞き覚えのある足音に垂れていた頭をあげると、川の上流から歩いてくる白い影が見える。フワフワの白い羽をはためかせながら、駆け寄って来る。
「みぃたん!」
エリカは顔を涙でグチャグチャに濡らしながら、みぃたんへと走り、抱き付いた。
「何処に行ってたの?! 私、淋しかった……でも、お前にも帰るとこあるもんね」
ギュッと抱き上げていたみぃたんを、地面に降ろし「ゴメンね」と頭を撫でた。
そんなエリカにみぃたんは、フワフワな柔らかい毛に覆われた前足で、ポフポフと肉球を押し付ける。まるでそれは、頭を撫でる真似をしているようだった。全然、頭には届いていないが。 みぃたんに慰められてしまったエリカは、ようやく落ち着きを取り戻す。
「あれ? みぃたん、何咥えてるの?」
薄紅色の大きなくちばしに、みぃたんが何かを挟んでいるのに気付く。そう言えば帰って来てから一度も「みぃー」と鳴いているのを聞いていなかった……。 みぃたんは挟んでいたソレを地面に放し、やっと子猫のように「みぃー」と鳴いた。
「もしかしてそれを採りに行って来たの?」
エリカは地面に並べられた2匹の魚に驚く。
「ありがとう! みぃたん」
みぃたんからの予期せぬ食材に感謝し、エリカは朝食の準備を始めた。……とは言っても、スブッと細い枝を突き刺して焚き火で炙っただけだが。
「おいしい!!」
この世界に迷い込んでから初めてのマトモな料理に、エリカは涙目になった。
エリカの横ではそんなエリカの様子を嬉しそうに眺めるみぃたんが、こちらは生のまま魚に噛り付いていた。
◆ ◆ ◆
川岸を荷物を背負って歩く一人と一匹。
今朝みぃたんからもたらされた食材に偉く感動したエリカは、ベースキャンプの移動に踏み切ることにした。場所はもちろん、みぃたんが見つけた釣り場。この川の上流だ。
「みぃたん、まだぁー?」
結構な道のりを歩いている様な気がするのだが……みぃたんはまだついて来いと言うように、エリカの先をトコトコ歩きながら振り返る。
それにしても、さすがに登りは厳しい。そう言えば、今までは下ってばかりだった……と気付く。
真横に見えていた太陽は、大分上の方へ登っている。今はこの世界の昼頃なのだろう。ずっと付けていた腕時計は異世界では意味をなさないことに気付いたので、今は外している。 こちらの時の刻み方は、あちらよりもゆったりしているようだ。
「少し、休もう?」
野生の動物と普段、車移動や公共交通機関に慣れしたしんでいる現代人……体力、脚力の差は歴然だ。
木陰に逃れ座り込んだエリカの横にみぃたんは引き返し、丸くなって目を閉じる。どうやら休んで良いよということらしい。
(不甲斐無い旅の仲間ですみません……これからは毎日体力向上の為、修行に励みます)
一人反省しみぃたんからもぎ取った休みを、ありがたく頂戴することにする。
ぼーっと木陰で足を抱え座っていたエリカは、ゴソゴソとローブのポケットを探り、昨日の野いちごの残りを葉で包んでいたものを、そうっと取り出す。
そんなエリカの様子に閉じていた目を開いたみぃたんは立ち上がり、後ろ足を折り曲げ伸びをする。
「食べる? お腹空いたよね」
エリカは野いちごを差し出す……が、みぃたんは「みぃ」と鳴き、一人森の中に入って行く。
「何処行くのっ?!」
後を追いかけて行くと、小動物を咥えたみぃたんの姿。どうやら狩りをしに行ったようだ。
(なんだ、みぃたん立派なハンターじゃん)
頼もしい反面、一抹の寂しさを感じるのはなんでだろう……なんて思いながら、エリカは木陰に戻った。 木陰で野いちごをつまんでいると、みぃたんが帰ってきた。ポトンとエリカの足元にネズミらしきものをよこすが、遠慮しておく。
「みぃたんが食べて? 採って来てくれてありがとう!」
エリカは、みぃたんの頭を撫でる。
休んで疲れが回復したエリカと元気いっぱいのみぃたんは、また川の上流を目指して歩き出した。登りの山道に慣れて来たのか、それともだんだんとなだらかにほとんど傾斜がなくなって来たからか、エリカの進む足は早まる。
暫くなだらかな道が続き、そしてみぃたんが足を止める。
エリカの足も自然に止まっていた。
「えっ? ……あの川岸の向こう側にあるのは何?」
エリカの対岸には、巨大な石で出来ているであろう何かがあった――イギリスのストーンヘンジに似ている何かに惹かれ、自然にエリカの足は川岸に引き寄せられる。
川の流れは下流と比べ穏やかなようだ。エリカは今すぐ対岸に見えている不思議な建造物に渡りたいところを、ワクワクと好奇心が騒ぎ出すのを無理やり抑えこみ冷静になろうとする。
近場で集めた枝木や草に火を起こし焚き火を付け、ローブやブーツ、服を脱ぎ下着になり髪をリボンで固く括ると、エリカは川へ飛び込んだ。
バシャンッ
凍えるような冷たい川の水の中、エリカは対岸に向かって泳ぎ始める。透き通った水晶のような水の中、そうっと目を開いてみると、何かがキラッと川底で光る。
(ん? 何か光った?)
川底の砂に半分埋もれ、あまりはっきりは見えないが、日の光が、ちょうどソレに当たった時だけ、キラキラと輝く。
(お宝、発見?)
エリカは川底に潜り、太陽の光を浴びて黄金色に光る細い鎖の先端に手を伸ばす。
繊細な金の鎖を引っ張ると、その先には、見たこともない大きな紫水晶が鎮座していた。
ピーマンくらいの大きさ、いや、形からするとちょっと角ばったメークインと言うところか……などとエリカは考えるが、宝石を例えるのには失礼すぎる形容である。エリカの庶民っぷりが知れる。
エリカが見つけたソレは、大きなアメジストのような宝石が金の鎖に繋がれているペンダントだった。
エリカはソレを首にかけ、息継ぎをするのに水面に上がる。
ぷはーっと空気を吸い込み胸元に輝くお宝を見つめ、ニンマリと黒い笑みを浮かべる。
「ラッキー! これはもう私のものね」
ちゃっかり自分のモノにしている。
価値ある拾いものをしてすっかりいい気分になったエリカは、川岸でエリカを心配そうに眺めているみぃたんに手を振り、再び対岸に向かって泳ぎだした。
「みぃたぁーん、お前も来る? おいで!」
川岸に手を付きながら、川の中から叫ぶ。
「みぃー」
みぃたんは川岸から逆に遠ざかり、そしてこちらに向かって走り出した。助走をつけている……?
勢いよく走り川岸から大きくジャンプし、羽をパタパタと羽ばたかせる……が川の半分ほど来たところで、失速してしまう。
「あっ!」
急いで、みぃたんの救出に向かう。
「みぃ」
なんとか対岸にたどり着いた一人と一匹。みぃたんは川に落ちそうになったところをエリカの頭に乗っかり、なんとか溺れるのを免れ、よほど怖かったのかブルブルと震えていた。
「みぃたん、大丈夫?」
「みぃー」
なでなでと頭を撫でてやると、みぃたんの震えは収まった。
「行くよっ」
みぃたんに声をかけ石の建造物の方に歩きだす。みぃたんもトコトコと横に並んでついてくる。
好奇心に胸をワクワクさせながら、たどり着いたソコは環状に巨石が立ち並ぶ場所だった。
「本当にストーンヘンジみたい……」
エリカは巨石の表面を手でなぞりながら、環状の石たちを時計回りに廻っていく。すると、半分ほど進んだところ――12番目の石だろうか――の巨石の陰に、それまでの巨石と比べると異質な白く輝く宝珠のような巨石があるのを見つけた。
(これだけ何か違う……?)
明らかにそれは他と異なっていた。これ以外の巨石はゴツゴツとした、何処にでもありそうな石が大きくなったようなつくりなのに対しコレは明らかに違う……六角形に整えられ、表面は滑らかだ。
白く輝くその表面をそっと撫でると、ぽうっと文字が浮かび上がった。
「……っ!」
見たこともない文字。でも、エリカの心に直接響くように理解できる。
『会いたい。帰りたい。君のいる世界へ』
ぐわんっっ
(何? コレ……)
急に頭が重くなり、立っていられなくなり体が揺れる。
(助けて……)
視界の端に、みぃたんが駆け寄ってくるのが見える。
(もう……ダメっ……)
エリカはそこで、意識を手放した。
◆ ◆ ◆
「みぃー」
体が揺すられる感覚がする。体に感じる大きな肉球の感覚。
(……重い)
「みぃたん?」
うっすらと目を開けると、目の前に大きなくちばしが……!
(食われるっ!)
思わず、素早く地面に座ったまま後ずさったエリカに、「みぃ」と恨めしい声をあげる。
「え? みぃたんなの? どうしたの、その姿?!」
エリカがビックリしたのも頷ける。目の前のみぃたんらしき白のもふもふは、エリカが見上げるほど大きくなっていた。
子猫位の大きさから虎並みに大きくなっている。翼もあるのでいっぱいに広げると迫力があり、威圧感すらある。
「……成長期? ……んなわけあるかいっ」などと自分に突っ込みをいれつつ、もふもふのもとに戻り、瞳を覗きこむ。
「ごめんね、みぃたん?」
くりくりの瞳をみて懐かしいものを感じたエリカは、コレがみぃたんだと確信する。
そんなエリカに「みぃー」といつもどうりの鳴き声で応えてくれた。
(ゆるしてくれたのかな?)
くいっくいっと、首で背中を示すみぃたん。
「背中に乗れっていうこと?」
「みぃー」
エリカは、恐る恐るみぃたんの羽の根元をつかみ、背中によじ登る。みぃたんの背中はふかふかで暖かい。するとみぃたんが、走り出した。
「待って、まだ心の準備が……ギャーッ!!!」
勢い良く走り出したみぃたんに必死にしがみ付きながら目を開くと、川を目の前にバサバサと羽ばたこうとしているところだった。
「ギャーッ!!」
叫ぶエリカに動じることなく、みぃたんはエリカを乗せたまま軽々と川を渡り切ってしまった。あっという間に元いた向こう側についてしまった。焚き火はくすぶっているが、まだ消えてはいない。
「お前、すごいね?」
エリカを乗せたまま、川を飛び越えてしまった大きくなったみぃたんに賞賛をおくる。
「みぃー」
みぃたんは誇らしそうに目を細める。
「それにしても、なんでみぃたん大きくなっちゃったんだろう? ……急成長? ……ってことは、私は老けちゃった?!」
エリカは慌てて鞄を漁り鏡を探す。鏡に映っていたのは、いつもの……自分……ではなかった。
どう見ても27歳ではない。この肌の艶、ぴちぴちとした肌。これは10代の肌だ。
どうやら、エリカはみぃたんとは逆に若返ったようだ。
高校生くらいに見える。17歳位だろうか。10歳くらい若返ったことになるのかなと意外と冷静に受け止める。
(老けていなくてよかった……)
切実な安堵感が漂う。
そんなこんなで、若返った女人が一人と立派に成長した一匹の新しい生活がはじまった。