38 飛鉱艇 8
部屋はこじんまりとしており、二段ベッドが両壁に向かい合うように並んでいる。1台が右側の壁に、左側にも1台という具合に。全部で4床だ。
二段ベッドにはそれぞれカーテンで仕切られているのが不幸中の幸いか。一応プライバシーには配慮してくれているようだ。
6帖ほどの狭い部屋に、ベッドの他に小さなソファーとテーブルがひとつあった。ソファーには枕と毛布が置かれていた。場合によってはベッドにもなるらしい。
「俺、左奥のベッドは嫌だなぁ。すっげぇ狭くて出ずらそう」
モーリーが左壁側のベッドの方を覗きこみ、狭い通路を両腕で測っている。
左側の二段ベッドの横にはソファーも置かれており、壁側から乗り降りするようになっていた。
「僕は、下のベッドがいいな。上のベッドは荷物を持って登るのが大変そうだ」
「そうだな。お前は身体も小さいし上は大変だし……。狭いのは大丈夫そうだな。左下にしろ」
エリカがそう言うと、ウィルがエリカの荷物を左壁側下のベッドに乗せてくれた。
「ありがとう、ウィル」
「マルクスも下でいいか?」
ウィルの言葉にマルクスも頷く。
「はい。俺はどこでもいいです」
荷物をエリカの隣のベッドへと置きおもむろに外套を脱ぎだした。
「じゃあ、俺とモーリーは上のベッドにしよう。モーリーお前は右上だ。早く荷物を片づけておけ。ここは狭いから邪魔になる」
「了解っす! ウィルさん」
モーリーも荷物を上に上げ着替えをはじめた。
勝手にみんなベッドのカーテンを引いて中で着替えるものと思っていたが、その場で脱ぎ始めるとは。
エリカだけベッドに戻りカーテンの中で着替えるのは不自然かもしれない。今は幻術がかかっているので誤魔化せるかもしれないが、明日には魔法は綻んでいるだろう。それに身体を洗うにしても、まさか皆の前で肌を晒せるはずがない。
エリカはエヴァ達の心配が杞憂ではなかったのだと今更ながら気付いた。本当にどうかしていた。安易に考え過ぎていた以前の自分に説教したくなる。前途多難な初遠征の仕事に不安が募ってきた。
せめて誰かひとりでも事情を話せたら……。
だが、それはできない相談だ。仲の良い友人だとしてもだからこそ話すわけには。
それに男たちがひしめき合っているこの大部屋で女性だと正体を明かすことこそ、余計危険だと思いなおす。いくら仲が良くても、信用していても、それは男友達だからかもしれない。もしかしたら、女性だとわかった途端、この心地よい関係も変わってしまうかも……。
これからの共同生活を男として送るのには、やはりばれるわけにはいけない。そう思いなおし、気を引き締める。
今後、魔法騎士団に入団することに比べれば、まだ今回はマシだと思わなくては。これ位のことを乗り切ることができなくては、先が思いやられる。
エリカは覚悟を決めて外套をサッと脱ぎ、Tシャツの上からセーラーを被った。特殊な生地をさらしのようにきつく巻いて胸をつぶし、腰回りを太く補正している部分が見えないように上衣のシャツのめくれに気をつける。
恥ずかしい気持ちをなんとか落ち着けながら、長ズボンも一気に下ろし、紺の半ズボンにはき替える。
女性用の下着の上に男性用の下着を重ねて履いているので、これはショートパンツなんだと暗示をかけたが恥辱感は拭えなかった。
そんなエリカの心情など知らずに3人は、上半身の裸体を晒し、セーラーに腕を通す。
「エリック、下着脱がないと暑くないか?」
マルクスが話しかける。エリカは赤くなりながら「いや、冷え症なんだ」と、か細く呟いた。
「ふーん。まぁ、細いから薄着だとつらいのかもね」と納得する。
そんなやりとりをしながらマルクスに目を向けると、エリカとはやはり身体の作りは違い、男の子という感じだ。若返った肉体はまだ少年のものだが、さすが西洋人。当然といえばそうなのだが、マルクスも少年のような相貌からは想像できない位に身体が出来あがっていた。
一緒に並んでしまうとエリカの男装にはやはり無理があるのを痛感した。
2人のやり取りを聞いていたらしいモーリーとウィルがぼうっとエリカを眺めていた。
「エリック、お前もう少し食べて鍛えた方がいいぞ。それじゃあまるで女の足だぜ?」
モーリーの言葉にドキリとする。
「まだ成長期だ。これから逞しくなるさ」
その慰めの言葉とは裏腹に、ウィルは何か考え込んでいる仕草をしている。
「僕だって、みんなみたいに筋肉つけたいけど……。遺伝だよ、だってお父さんはひょろっとしているし」
「お前の父親がひょろっとしてるって? あの団長が?!」
ウィルの言葉に墓穴を掘ったことに気がついた。
「……いや、若い頃の話さ。僕みたいに昔は細かったって慰めてくれたんだ」
「ああ、団長なら本当は違ってもそう言って励ますだろうな……」
ウィルは家族に対して異常な程執着をみせるヴィンセント団長を思い浮かべ納得した。
『臨時船員、清掃班は、二〇〇〇に第4層第3ホールに集まるように! 繰り返す臨時船員、清掃班は……』
部屋の入口近くの鉄製のパイプから声が響く。
「俺達のことだ」
マルクスが教えてくれた。
「俺たちの役目は飛鉱艇の清掃と、明日から乗船してくるお客様の荷物持ちなんだと。はぁ、俺もっと機関士とかやりたかったのにな」
モーリーが残念そうに頭を振る。
「へぇ。機関士か。めずらしいな。普通は魔術航空士や一般航空士が人気なのにな」
「俺は魔法が苦手なんです。それよりも魔導具とか失われた技術に興味があるっす」
人好きのする大きな笑みを浮かべ、ウィルにじゃれついた。
エリカは腕時計で時間をそっと確かめた。19時42分。そろそろ行った方がいい頃間だ。
「早めに行こうよ。なんたって初日だし遅れたくない……」
「それにお前は船長に睨まれてるからな!」
あははと笑いながらモーリーが余計なひと言を挿んでくる。
「俺たちだってとばっちりが来るかもしれないぞ」とマルクスが逆にモーリーをやりこめる。
「お前のせいだぞ!」
「モーリーだってきっとその口が災いして船長に睨まれればいいんだ」
負けじと言い返すエリカにニヤニヤしている。
カチンときたエリカはそのまま3人を残して部屋を出た。ただの悪ふざけだとわかってはいるが、今は余裕がなく苛々していた。
「大丈夫か?」
いつの間にか肩に置かれた手に振り返るとウィルだった。追いかけて来たらしい。
「うん。気にしてないよ。ちょっと時間がたてば落ち着くから……」
「何か悩みでもあるのか? 最近様子がおかしかったから、心配していたんだ」
ハウメアでも生活にも慣れてきて、余裕ができてたこともあってか、故郷や家族、友人のことなど思いだす機会も増えてきた。今までは驚くことの連続で考える余裕もなかったが逆にこうして思い浸るのは、それだけここでの生活に馴染んできた証拠だ。
男装自体を軽く考えていたのが今更不安で、今後のことが不安でたまらなくて苛々してしまうなんて言えるわけがない。それは打ち明けられないことだ。
何も言えず視線を彷徨わせていると、ウィルはフッと微笑み、ポンとエリカの頭を撫でた。
「言えないならいい。だけど、俺はお前の味方だ。いつでも言いたくなったら来い。お前の場所は残しておく。お前の上司だからな」
そんな彼の言葉に少し胸が軽くなった。