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君を喚ぶ声  作者: 佳月紫華
第2章 旅の支度
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37 飛鉱艇 7

 鋭い視線がエリカを刺した。

「てめぇも人のこと言えねぇだろうが。女みたいな顔しやがって……」

 船長と呼ばれた彼の悪態を聞いたのは、隣の船員と最前列にいる一部だけだった。

 まさに海賊か空賊というような風貌で口も悪いときている。

 飛鉱艇といえば貴族の社交場だという一面ももっているのに、この船長はちゃんとやっていけているのだろうか。運悪く呟きを聞いてしまったモーリーは、マルクスと顔を見合わせ苦笑いする。

「あれが船長?!」と後ろから飛んだ感嘆の声はエリックのものだった。

「バカ野郎。それは思っても言っちゃだめだろう」とモーリーは息をひとつ吐いた。

 誰しもがあの瞬間考えたに違いない言葉。思わず口からこぼれ出たのだろう。ご愁傷様。きっとエリックは目をつけられたに違いない。自分たちにもとばっちりがきそうで思わず首を竦める。

 マルクスもエリカの方をチラリと振り返り、心配の面持ちだ。

エリカはしまったというように両手で口をおさえている。そんな彼女を安心させるようにウィルは、ポンと肩に手を置いた。

「気にするな。彼はそんなに狭量な人物じゃない」

 面識があるのか意味深な言葉を残す。

「えっ?」とウィルを見上げると笑いをかみ殺している。

「笑えばいいのに! 堪えられた方が逆に嫌だ」

 先程までの嫌な緊張感が、いつの間にか消えていた。

「船長のガイ・フォースナーだ。先程バウアー二等航空士から詳細の説明があったと思うが、そういうことなので各自気をつけてくれ。2週間の短い期間だがよろしく頼む。あとはそれぞれ持ち場についてから上司に指示を仰いでくれ」

 広いデッキの後方まで良く通る声で挨拶をする姿は、堂々としておりエリカの先入観が間違いだったのだと悟った。こんなに船長らしくなく見えるのに、一声挨拶するだけで船長は彼にしかあり得ないと思わせる存在感、カリスマ性があるのも稀有だ。

「はい、船長!」

 方々から一斉に声があがった。

「はい。……フォースナー船長」

 エリカも一拍後、小さく返事をした。

 そんなエリカの様子を知ってか、船長がにやりと笑いウィンクをよこした。

「ほら、な?」

 そう言いながら、ウィルは思わず後ずさったエリカを見てまた笑っている。そんなウィルを軽く小突いて文句を言おうと口を開きかけたが、あまり小さなことに拘るのも男らしくはないと思いなおす。

 説明が終わり人がばらけはじめたところにモーリーとマルクスがやってきた。

「やっちまったな、エリック。あんな人相悪い船長に睨まれたら、これからの仕事が思いやられるよ。まぁ、下っ端の俺たちにはあんまり接点もないし、関係ないとは思うけどな!」

 モーリーがそう言い、エリカの肩に腕をまわし顔を覗きこんでくる。

「戻ってたんだな。最後の説明は聞けた?」

 マルクスが苦笑しながら質問する。敢えて話題を逸らしてくれたのかもしれない。目礼し、すぐ横で覗きこんでいるモーリーの顔を手のひらで押し出すと、ウィルがモーリーの腕をよけてくれた。

「痛てて……! ウィルさん、力入れすぎですってば」

「こいつのひょろっこい肩にお前の体重は、毒だ。自粛しろ」

「はぁー? 何いってるんすか。いつものことだから大丈夫ですよ」とウィルを振り返ったモーリーの顔が一瞬固まったが、あまり気にした様子もないようだ。またエリカの肩にもたれかかろうと腕を伸ばした。

 モーリーの気配を感じたエリカはさっとウィルの後ろに移動した。いつもなら別段気にしないが、今日からはじまる2週間の寄宿生活では用心を重ねた方が良い。誰にもエリカが女性だとは気付かれないようにしなければ……。

 そんな事情を知らないモーリーははじめて拒否されたことにしゅんとなる。

「エリックー。俺なんかした? なんかさみしいなぁ……」

 モーリーの様子に申し訳ない気持ちになりながら苦笑する。

「男同士あんまりくっついてたら暑苦しいだろ」

 そう言ってモーリーの肩をポンポンと叩いて慰めた。

「はぁー。俺、いつも頭で考える前に行動しちゃうから、なんか気に障ること知らないうちにしたのかと思って焦ったぜ」

 エリカのフォローにもう笑顔だ。エリカは微笑ましい気持ちになった。まるで犬っころか弟のようだ。身体は学究院の(ネスト)で一番逞しいのに、エリカたち3人の中で一番幼く感じる。

 実際はエリカもマルクスもモーリーよりも大分年上なのだが、それはモーリーには話していなかった。別に秘密にしたわけではなかったのだが、マルクスにまたあの日々の話をさせることが躊躇われたのと、モーリーとは気の置けない関係をこのまま続けたかったからだ。

 地球から迷い込んだエリカとマルクスは2人とも大体10年程、身体が若返っていた。

 本当ならエリカがウィルを含めても一番の年上で、マルクスが2番目のはずだった。でも不思議なことにこのハウメアでは時の歩みが地球よりもゆったりしているようで――それは地球の時を刻む腕時計でも確認できた――実際この世界の人々は年齢よりも大人びているように感じた。

「さて、まずは割り当てられた部屋に行って着替えてこようぜ。さっき配布されたセーラー服がここにある」

 そう言ってモーリーがエリカとウィルに制服を数着手渡した。バウアー二等航空士が着ていたものと似ている。襟の線の数が一本しかない。一番下っ端のしるしだ。

 エリカたちは荷物と制服を抱え、第4層の部屋へと向かった。

 

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