35 飛鉱艇 5
飛鉱艇のデッキを吹き抜ける強い風でかき消されたエリックの言葉。
「なんでもない!」と誤魔化されたような気もするが、眼前を看板の元に真っ白な船員服のお仕着せを着こみ立っているこの艇の船員――あの服装からして結構な上等船員であろう――の方へと歩み始めたエリックの背中を追う。
船員の前にはガヤガヤともう人々が集まりだしてきていた。
中でもお調子者で騒がしいモーリーに年の割にとても落ち着いているマルクス――3人の中で一番年下だったのは驚きだ――そしてエリックと彼らの魔従キャロたちがいる一帯は悪目立ちしているようだった。
商人ギルドの仕事を求めてきた中では若手の部類が3人も軒を並べ、それに輪をかけて騒がしいときている。それに魔従キャロの3匹も「みぃーみぃー」と叫喚をあげ、一層のけたたましさを加えていた。
ウィルは近くにいた白のセーラーを着た下等船員らしき男に声をかけ、魔従キャロはどこに預ければいいのか尋ねた。一般客と同じ飼育部屋でよいらしい。
エリックたちの方へと足を運び、声をかけた。
「おーい。キャロを先に預けた方がいい。誰かひとり手伝ってくれ」
さすがにひとりでこの飛鉱艇の中を4匹の魔従を御して歩くのは骨が折れる。
「あ、僕が連れてく。みぃたん、クロウ、ブランディ」
エリックが3匹のキャロたちの手綱を引き、説明を聞くために集まった人ごみの中を抜けウィルの方へと進んでくる。珍しい茶と白のまだら模様のエリックの相棒みぃたんとモーリーの愛獣クロウは濃い茶色の気性の激しいやつだ。ブランディは魔従キャロに乗りなれないマルクスにモーリーが準備した薄茶色のおとなしい雌獣だ。
「マルクス、モーリー! 話ちゃんと聞いておいてね」
エリックの呼び掛けに2人とも白い歯を見せてニッと笑う。
「俺に任せとけ!」
ズンと突き出した胸板に右手の拳を置いてモーリーは返事をする。
「もちろん。ウィルさん、お願いします」
マルクスもエリックに目配せをし「大丈夫」と口だけ動かして伝えていた。
そんな2人を確認してエリックも頷き、ウィルの横へと並んだ。
一般客の搭乗はまだだ。今のうちにキャロ達を預けた方がいい。デッキから飛鉱艇の船底へ向かうスロープを下り、魔従や家畜、物資を保管する区域へ急ぐ。
「頼りになる友人をもったな」
エリックからモーリーの魔従キャロ、クロウの手綱を受け取りながら視線を向ける。
リーラベルでモーリー、マルクスの2人と合流してから、ここスワンボーンまで短くはない時を移動してきて、エリックたち3人が堅い友情で結ばれているのがわかった。まだ学究院で出会ってからそれほど長い時間は過ごしていないはずだが、エリックは親友という得難いものを手に入れたようだ。それもこいつの魅力のなせる技かもしれない。
「うん。モーリーとマルクスは大切な友達だよ。ウィル」
一所懸命細い腕で魔従キャロみぃたんとブランディーを御しながら、笑顔を向ける。
「そうか。よかったな」
「うん。僕はラッキーだよ。あいつらと友達になれて」
ここまでの信頼を得られている2人を羨ましく思いながら、リーラベルの酒場でエリックと出会ってからスビアコでこいつの上官として再会したことを口惜しく感じた。きっとあれからエリックはウィルに一線を引いている。当たり前かもしれない。自分が同じ立場なら監視役のように感じてしまうだろう。
それに実際エリックの不自然な出自も気になっていた。何かがおかしい。そうウィルの感が告げるのだった。
ヴィンセント魔法騎士団長から命を受けたエリックの守護ももちろん大切な役目だし、責任を持って取り組むつもりではある。しかし、実家ヘイフォード家の密命、異界から来たという女性を探しだすこともまたウィルに与えられ使命だった。
エリックは何か知っている。そんな気がする。
以前エリックが書き置きをしていった紙片。あれは失われた技術で作られたものだった。国策として失われた技術の復帰作業も行われていることも知っているが、その技術の恩恵はなかなか一般人にはいきわたるものではないはずだ。
だとすれば考えられる可能性は、高い技術力を誇っていたと言われるエリスの民に関係するものか、国策に関われるだけの身分をもった人物。おそらくは王族。
カスティリオーニ家の後見を得ているとなれば王族ということも考えられる。なにしろ白くてきれいな手をしている。あれは貴族の手だ。それに妙に世間の常識を知らないところも当てはまるような気がした。
だが、ウィルも大貴族ヘイフォード家の腐っても二男である。王族で顔を知らぬものがいるとは考えられなかった。隠された落胤か。その可能性は低いと思う。何しろ珍しいくらいに最近の王族たちの婚姻は上手くいっているともっぱらの噂だし、父カーティスの折り紙つきだ。父の情報は確実だし、それは真実なのだろう。
ウィルは魔法騎士団では、母方のアークライト姓を名乗っている。それは身分ではなく実力でどこまでできるのか挑戦してみたかったからだ。
魔法騎士団でウィルの身分を知っているのは、おそらくはヴィンセント団長のみ。団長にも秘密にするよう根回ししていたのだが、この間副団長職の打診があったのはそういうことなのだろう。
できれば実力で勝ち取ってみたかった。そう思わなくもなかったが、与えれた命をしっかりとこなし、その職に恥じない実力をつけようと決心した。