34 飛鉱艇 4
ウィルは空を見上げた。
ピンクと水色を筆で混ぜたような、鮮やかでそれでいて落ち着いた淡い色のグラデーションが、広がっていた。薄灰色の疎らに散った雲に沈みゆく光星の光があたり空というキャンパスに絵を描いたような夕暮れ時。
ウィルたち4人はリーラベルから南にバスティ山脈を抜ける洞門を通り、隣町のスワンボーンへとやってきた。
目的はもちろん飛鉱艇。
魔鉱石を浮力とし、風の力を魔法で助け天翔る魔導船だ。
ここスワンボーンはバスティ山脈から大河アルムフェルト川の豊かな水流が流れ込み、ラピスラズリを溶かしこんだような真っ青な水をたたえた大きな湖が佇む美しい場所だった。
湖――アルヴィナ湖は空が落ちてきたように澄んだ蒼い色をしている美しい水源郷だ。
アルヴィナ湖畔に面するここスワンボーンは本格的に暑くなっていくヴァカンスの人気の避暑地で、夏の時期は特に人気の観光地だ。
美しい湖は人を惹きつけてやまなかった。
そして何よりもこの街の花形である飛鉱艇がその湖面に浮かんでいる様は、大変幻想的だった。
水深深いこのアルヴィナ湖は、まるで海だと言えそうなほどに大きさをも誇っている。対岸に見えるのは魔法光が灯りはじめた家々の白い壁が小さくぼんやりと望めるだけ。
バスティ山脈寄りのこちら側、商業都市リーラベル、ここ観光都市スワンボーンなどが連なるバスティ地方とはうってかわって、対岸の芸術都市ベルジュや海運交易が栄えているルクス洋西岸に位置する港町フリーマントルなどの主要都市がある王都バリュスのお膝元には洗練された華やかさがある。
しかし、この街スワンボーンに立って飛鉱艇が浮かぶアルヴィナ湖を眺めていると、文明から離れて暮らす喜びを求めここに集う人々の気持ちがわかる気がした。
豊かな自然の中にそっと隠されたような理想郷。
夏の訪れとともに多くの人が押し寄せ休暇を楽しむ避暑地。
飛鉱艇はそんな彼らをせっせとこの地へと運んでいた。
湖上に浮かぶ飛鉱艇が停留している桟橋を2週間分の荷物を積んだ魔従キャロの手綱を引き渡る。
ウィルと上司ヴィンセント・カスティリオーニ魔法騎士団長に面倒をみると約束させられた彼の養子エリック、そしてその友人モーリーとマルクスはそれぞれ魔従キャロを引き連れ飛鉱艇へと乗り込んだ。
3人がデッキへと足を踏み入れキョロキョロと好奇心を隠せない様子であたりを見渡す様子は、何度も搭乗したことのあるウィルにとっては微笑ましいものだった。
兄フレッドの気持ちが少しだけわかった。妹のリズに抱く保護欲とはまた違った気持ちが芽生える。
弟がいたらこんな感じなのか――そんなことを考えながら、これからこのかわいい弟たちを見守りながらも、逞しい男に鍛え上げたいといった気持ちが湧き起こる。
左側を見れば、エリックが大きな澄んだ紫色の瞳をもっと見開いて感嘆の声をあげていた。
まだ少年の域を抜けぬこの青年の目に好奇心が覗く。
どのような生活をしてきたのだろうか。王都の魔法騎士団長の息子である彼はまるで全てがはじめて見るもののように関心を隠せずにいる。
飛鉱艇が主な長距離の移動の手段になってから何十年も経つ。
王都バリュスにももちろん飛鉱艇は運航している。にもかかわらず、この魅せられようは若さゆえなのか。
自身の17歳の頃を思い浮かべてみれば、やはりエリックたちと同じようにはしゃいでいるはずか、と納得し、自分も年をとったってことかなと首をふり自嘲する。そして我先にと飛鉱艇へと駈けだしていったエリックの友人モーリーとその彼にやれやれと付き添ってウィルたちの前を歩きはじめたマルクスに目を向け苦笑した。
23歳の自分とそんなに変わらないと思ってはいたが、少年から青年へと大きく成長していくこの時期の5、6年の差は思ったよりも大きいのかもしれない。
「何?」
じっと見つめていたウィルの視線に気づきエリックが首を傾げる。
「いや。若いっていいなと思って」
そう言ったウィルの言葉に「それはすごく思う」と綺麗な笑みを見せた。
エリックも含めた3人へ向けた言葉なんだが……と複雑な気分になりながら「お前が一番若いんじゃないのか」とわしゃわしゃと彼の真っ直ぐな黒髪を空いている方の左手で撫でまわす。
「あ……。そうだったっけ? いや、マルクスが一個下」とウィルの手を払いのけながら、「みぃたん、行こう」と魔法光で目立つように打ち上げられた『短期勤務の方はこちら』と書かれた看板の方へと歩き出した。
「……でも実際はモーリーが一番下で私が一番年上なんだけど」とエリックが小さく呟いたのには気付かない。
「なんか言ったか?」
湖上の上を吹き抜ける強い風が帆に当りバタバタと騒がしい。
さわさわと流れる風が気持ちよかった。
「なんでもない!」
大きく叫ぶようにみぃたんの頭を撫でながらエリックは返事をした。




