33 飛鉱艇 3
向かい合う2人。
まだ成長の余地のある華奢な少年であろう甲冑を身にまとった人物。対するのは、注視すれば仕立ての良い運動には適さないような布製の普段着をまとった人物――屈強な肉体を持ち数多の困難を潜り抜けてきたであろう経験豊かな壮年の男性だ。
エリック少年ことエリック・カスティオーニと彼の師匠でここの酒場の主人であるジン・ファミエール。
かの人たちの訓練の場面である。
ウィルは深い興味をもって彼らの武術の鍛錬を眺める。
場所は母屋の裏の庭である。魔法騎士には馴染み深い魔従キャロの小屋と垣根の陰になっており、母屋のテラスからしか辿りつけないこの庭は格好の訓練場だった。
裏庭は表通りからは隠され、回り込んで入ろうとしてもすぐに広がる鬱蒼とした林に遮られる。
まるで堅い意思をもって隠されたようなところだった。
エリックの着こんでいる鎧は何百年も前の国同士で争った対人の戦で先人達がまとったものだ。和平が結ばれ何百年も経ち、平和の訪れたこの現代では過去の遺産であり、お目にかかれるのは式典の時か武装した凶悪な犯罪者を捕える我ら魔法騎士団の特殊部隊だけであろう。
古くからいる先輩たちはこの甲冑は馴染み深いものらしい。それはジン・ファミエール元団長の訓練では欠かせないものだったからだ。
ウィルは18歳で入団してから6年。先輩たちからみればまだまだ経験も浅く、もちろん伝説の元団長の鎧をまとって行う訓練は、話に聞くだけのものだった。
今ではこれよりももっと軽く動きやすい革製の簡易の防具をつけての訓練をしている。
もちろん訓練時は刃のついていない木刀で行ったり、キャロに乗っての訓練は的当てであり、弓もまた標的を模した的に当てるといったものだ。
木製の訓練用の武器は凶器になり得る鋭さはないが、怪我をしない程生易しい訓練ではない。
鍛え抜かれた屈強な男たちが思いっきりやり合うのだ。命にかかわるようなへまはしないように考えながら打ち合いをしていても毎回回復魔法の世話になるものはいた。ウィルもそれは免れなかった。
それに実践を模した訓練もあった。
使用する武器もサーベルにキャロの鞍上から振り回す槍、長距離の攻撃に適している弓矢、そして最近古代技術を紐解き開発されたばかりの拳銃だ。
どれもウィルは幼少のころから修練してきている。
だが、今眼前で繰り広げられている鍛錬は今までウィルが目にしてきたものとは大分違っている。
よく見知った長剣や短剣、槍、弓矢、そして銃もなめした皮を広げた大きな石台の上にずらっと並べ置かれた武器の中にある。
しかし今2人が手にしているのは何だろう。あれは農耕具であろうか。
何でも身を守る武器になるように教え込んでいる――?
容赦のない打ちこみはエリックの鎧に何度も何度も襲いかかる。エリックは受けるのに精いっぱいのようだ。
肩が上下している。
息があがっているのだろう。
隙を見せれば防具の隙間を狙いついてくる打撃を避けるように体制を保っているが、もうもたないだろう。小手の隙間や関節、プレートがなくなっている身体の裏を狙いすました攻撃がとぶ。
鎧に当っただけでもよろけているエリックが執拗に攻めてくる打撃に倒れるのは時間の問題だろう。
ウィルがそう思った時にはエリックはジンのタックルに投げとばされ地面に転がっていた。
エリックは腕から離れた転がった武器に手を伸ばす。微かに右手に触れた柄を握ろうとするが、ジンは不敵な笑みを浮かべ農具を蹴りとばした。
エリックに馬乗りし関節の隙間を狙う。
もうだめだろう。そう思ったウィルは嘆息した。
ジンのあまりの容赦のなさに驚きを隠せない。
だがまだエリックはあきらめていなかったようだ。
空気が変わった。
2人のまわりに砂埃が舞い渦が生み出される。
見えない。砂が、ウィルの視界を遮る。
あれではジンも視界を奪われたかもしれない。
風の魔法か。
何かがウィルの視界の端に飛んでいくのが見えた。
爆風が巻き起こり、一瞬の後に一気に砂埃がたち消え晴れた。
エリックは地面に倒されたままだ。しかしジンは最後の一撃を構えエリックを縫いつけていた身体を離し、不自然に腰を捻り後ろを振り返っている。
地面にはおられた何本もの矢が転がっている。後方から飛んできた矢を叩き落としたのか。
そして長剣や短剣、鍬や鋤、槍までもがそこにはあった。ジンの身体中に赤のインクで書かれたような跡が滲む。
傷だらけの顔にフッと笑みが浮かんだ。
「いいだろう」
ジンがエリックの手をとる。そして彼を助け起こした。
訓練は終わりらしい。
体術で押されっぱなしだったエリックが最後に見せた魔法を使った反撃。攻撃魔法ではない物を座標に呼びよせるだけの生活魔法を使って繰りだした攻撃だった。絶対絶命だったピンチを凌げるようにあの一瞬で考え対応できたのには脱帽した。
何倍もの力の差がありながらも最後まであきらめなかった。
もちろんジンに負わせられたのはかすり傷だけで、大した損害もなかったようだ。あのまま続けていればとどめを刺されていたのはエリックの方だろう。
最初からずっと押されていたし、実力の差がありすぎる。
それでも一瞬垣間見せられた才能の片鱗に、これからの可能性にウィルは末恐ろしいものを感じた。
荒削りだが、光るものがある。
ジンもそう感じたのだろう。あの笑み。
満足そうに細められた深蒼色の瞳。
その瞳がはじめてウィルを捉えた。
「どうだった? なかなかいい筋をしているだろう」
自慢の息子を誇らしげに紹介するような優しげな声で問いかけてくる。エリックは彼の甥にあたる。
喘鳴をさせながら小手や兜、鎧を脱ぎ石台に広げた武器や地面に散らばった武器を片づけている彼へと視線を向ける。
「ええ。最後の反撃には目を奪われました。あきらめが悪いところがとてもいい」
ウィルの言葉に満足そうに頷く。
「君もどうだい? 稽古をつけるかね」
ジンにそう問われウィルの胸は熱くなった。
しかし今日はそれをねらってきたのではなかった。
魔鉱石の浮力で空を翔る飛鉱艇での依頼をエリックとその友人たちが受けられるように頼みにきたのだ。
「いえ。今日はお願いがあって来ました」
彼の眉が弧を描いた。
「……お願い? それは許されるものかな」
虚を突かれたような顔をしている。まさか頼みごとをされるとは予想もつかなかったのだろう。
「はい。エリックたちが飛鉱艇での仕事をすることを許可していただきたい」




