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君を喚ぶ声  作者: 佳月紫華
第2章 旅の支度
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32 飛鉱艇 2

 気持ちのよい暖かな朝の日差しが開け放ったテラスと大きな飾り窓から居間へと射し込む。

 もう初夏の訪れが端々にみられる。

 いかにも田舎風な垢ぬけない素朴な外観と内装である酒場と商人ギルドの支部になっている店舗とは違い、住居空間である母屋の雰囲気はエレガントで落ち着いた趣味のよい家具が置かれており、保養地の貴族の別宅のような印象だ。

 心地よい風を受けながらウィルは、ダンスでも踊れそうな広さの居間でひとりくつろいでいた。

 ウィルが面倒をみることになったエリック少年の姿はない。隣の部屋からエリックとこの家の奥方エヴァの声が漏れ聞こえてくる。

 今日エリックは学校が午後からなのだろう。バスティ山の頂きにある古代遺跡、ストーンサークルが立ち並ぶあの場所での日課が終わった後、朝食をとり、今はエヴァに魔法の実技を習っているようだ。

 ウィルは奥の隣の部屋から聞こえるエリックとエヴァの掛け合いを聞きながら、テラスからのガラスドアと鮮やかな絵の描かれた大きな明かりとりの窓から朝日が差し込む東側の居間のカウチに腰かけ、新聞を読んでいた。

 時折エリックの弱音とエヴァの窘める声が届き、あどけなさの残るエリック少年にウィルは深く同情した。

 どののような教育を受けているのか以前様子を伺ったところ、基本的な生活魔法しか習っていないようだった。だが、本当に見る目のある人ならばその端々に高度な魔法技術を教え込んでいるのがわかるだろう。エリックは何気ない生活魔法の勉強をしながらとてつもない英才教育を受けているのだ。

「俺もエヴァさんとジンさんにしごかれたらきついだろうな」とウィルは嘆息する。

 しかしエリック本人はそれに気付いている様子はみられない。それは彼が言う「これが初級編だったらこれからどうなるの?!」という悲痛な叫びからも推察できた。

 ウィルは益々同情するとともに少し恐ろしくもあった。次の段階に進む頃にはあのエリック少年にどのような試練が待っているのか。またそのようなしごきに泣きごとを言いながらもひとつひとつ達成していっている彼の素質に末恐ろしいものを感じる。

 早朝の日課で放ったあの光線。その威力にウィルは驚きを隠せなかった。

 まだ変声期もきていない少年の将来の展望はきっと明るいに違いない。

「遺伝なのかもな……」

 カスティリオーニ家の血なのだろうか。ぐんぐんと成長していっているのがウィルの目から見てもわかる。

 それに様々な英雄伝を残し、悪魔のようなしごきが古い団員達の間で語り草になっている伝説の魔法騎士団元団長ジン・ファミエールに武術を直々に叩きこまれているのだ。

 あの2人の訓練を見ていると情け容赦ないジンに食らいついていくエリックの根性には感心するばかりだ。

 エリックを養子に迎えた父、現魔法騎士団団長のヴィンセントが伝説の元団長のジンやヴィンセントの妹君、女性で若くして学術院の副校長にまで上り詰めた魔法のエキスパートであるエヴァに預け、英才教育を行っている。

 エリック・カスティリオーニという少年は一体何者なのだろう。

 カスティリオーニの血を引く者?

 あの菫色の眼差しはヴィンセントやエヴァとそっくりに見えるが、今まで存在を隠されていたのか、それとも本当にどこかから養子にもらっただけなのか……。

 ウィルはこの不思議な少年から自然と目が離せなくなっていた。

 エリックが書き置きしたあの古代技術で作られているらしき紙片の存在や不自然な出生。そのどれをとってもエリックの存在はウィルの好奇心を刺激する。

「あぁ。疲れた。エヴァってばスパルタだよ」と言いながらエリックが居間に入ってきた。

 エヴァの姿はない。“スパルタ”という言葉はわからない。どこかの方言なのだろうか。

 たまに彼の口から出る聞きなれない言葉にウィルは何か言いようのない違和感を感じていた。これでもウィルは幼いころから休日を使って色々な地域や国をめぐる旅に出ていたのだ。魔法騎士団へと入団してからも遠征や友好な他国への視察などでも積極的に学ぶようにしている。

 いわゆる英才教育を彼自身も幼いころから受けてきている自負はあった。それなのにエリック少年は思いもよらないことを口走ったり、突飛な考えを披露することがたびたびあった。それも何の気負いもなく。さも当たり前のことのように……。

 本当に不思議な奴だ。

「スパルタ? なんだ、それ」

 そう聞くといつも慌てふためく。何か変わったことを言ったりするたびにウィルは彼に突っ込みを入れるのだが、そうすればエリックは急に落ち着きをなくすのだ。

 それが面白くもあり、そして益々違和感を深めることにもつながった。

 最近エリックが自分を避けていると感じるのはきっと気のせいではないはずだ。

「うーんとスパルタってのは最近学校で流行っているスラング……えーと、若者言葉だよ。やだなー。ウィルってばおじさんなんだから」

 はははは……と笑いながらエリックは目をそらした。

 こいつのこんな時は嘘をついている。

「おじさんって。俺はまだ23歳だ」

 ムッとしてそう言うと、エリックは笑って誤魔化すばかりで、斜め下に目をまた目をそらして逃げようとする。

「そろそろジンの訓練だなー」

 そう言いながら背を向けたままテラスから外へと向かう彼にやれやれとため息を吐いた。

 どうしても本当のところを話すつもりはないらしい。ウィルが怪訝な顔をしていることにちゃんと気づいていて、それでも絶対に口を割らない。こういうところは結構頑固な性格をしていると思う。

 こういう味方がいればさぞや心強いに違いない。

 基本的にとても良い奴なのだ。ただまだウィルに心を開ききっていないだけで。

「待てよ。俺も行く」

 そう言いエリックの後に続いた。約束を果たさないと。

 エリックに「協力しろ」と迫られた案件。

 飛鉱艇での依頼をそれとなくエリックが行えるように伝えること。もちろんウィルも一緒に。

 ヴァカンスの数日間、エリックの面倒をみさせてもらえるようにジンに頼まなくては。2人を心配させないようにこいつの面倒をみる。

 飛鉱艇という言葉はエヴァの前では禁句だ。

 ヴィンセント団長に聞いたのだ。エヴァは飛鉱艇の事故で娘を亡くしたらしい。

 伝説の元団長と謳われるジンとエリック少年の武術の特訓場所へと向かった。

「訓練内容も気になるんだよな」

 そこはウィルも一介の騎士だ。どんな訓練をしているのか気になる。

 できれば彼自身もジンに訓練をつけてもらいたいほどに。

 母屋の裏手の庭へと着くと鎧で完全武装したエリック少年を相手に普段着のまま向き合っているジンをみつけた。

 これは……すごい訓練だ。 

 

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