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君を喚ぶ声  作者: 佳月紫華
第2章 旅の支度
31/45

31 飛鉱艇 1

 生徒たちはこのところそわそわしている。もちろんエリカたち3人組も例外ではなかった。

 もうすぐこのヴァレンディア王国の建国記念休暇(ヴァカンス)だ。30日間の会談を経ての建国に至ったことから、ヴァカンスは30日間与えられる。

 かつて混沌とした時代、ハウメアでは豊かな土地をめぐっての戦いや略奪、殺人、凌辱など様々な犯罪が横行していた。今はヴァレンティア王国と呼ばれるこの地も溢れる星の恵み――魔力をめぐって無秩序な時勢を過ごしてきた。

 一説によると、現状を憂いたひとりの勇敢な若者が同じ志を持った仲間と一緒に混迷した世界を救うためにグリフォンと戦いこの地を守ったとか。グリフォンが何であったのかは諸説あるが、史実は本来の意味を長きにわたる時の経過で失った。今ではこの国の王の始祖であるジュラール・ルオット・ヘイフォード・コル・デ・ヴァレンディアをかのグリフォンを倒した英雄のひとりとして讃えるおとぎ話となっている。

 ジュラールとその仲間たちがグリフォンの住まいであった塵雨(じんう)腐砂(ふさ)を古代の秘術で封印し、この地の祝福を逃さないようオーロラで覆ったという。世界を救った勇者たちは30日の話し合いを経て、ハウメアの土地を分けそれぞれの国をつくった。

 それがこのヴァレンディア王国の創世記であり、他国の根源となる物語だ。

 図書館でエリカはハウメア記の教科書を閉じる。

「へぇ。これがヴァカンスの起源なんだ」とエリカが言う。

「そうだな。大体子供でもそのおとぎ話は知ってると思うぞ?」とモーリーが頷く。

「ふーん。ねぇねぇ、グリフォンって何ナノ?」

 最近とても言葉の発音が良くなってきたマルクスが尋ねた。

 彼の問いかけにモーリーが本棚から一冊の本を取り出して開くと、エリカとマルクスが囲んでいた長机の上に開いたままの頁を見えるように置いた。表れた紙面に描かれた挿絵を見て息をのむ。

「魔従……キャロ?」

 四足の逞しい胴体に大きな翼を持ち、鋭いくちばしの獣。これはみぃたんと同じ特徴だ。絵は恐ろしく描かれていたが、実物のキャロは愛嬌があってとても可愛らしい。

「これはキメラ……カナ?」とマルクスが呟いた。

 キメラ。グリフォン。ギリシア神話で語られる想像上の生き物たち。

 こういう共通点を見つけるとハウメアと地球の不思議な接点を実感する。

 地球への帰り方を見つける為に3人で図書館に籠っては方法を探していた。エリカはその他にエリスのこともクリスティーヌを探すために探っている。

「グリフォンのひとつの諸説に魔従キャロに乗って塵雨(じんう)腐砂(ふさ)へと去った人々だという説があるから、キャロの姿がグリフォンの原型になったのかもしれないな」

 モーリーが本を戻しながら言う。

「それはそうと、お前らヴァカンスはどうするんだ? もちろんどっか行くだろ。一緒に」

 へへへと笑いながらモーリーが出してきたのは一枚の羊皮紙。

 マルクスが奪い取ったそれを覗きこむ。

「ちょっ……! 飛鉱艇?!」とエリカ。

 魔法の力で飛ぶ飛行艇ならぬ飛鉱艇とやらに興奮を隠せない。魔鉱石を浮力に動く乗り物だ。まさにファンタジー。わくわくする冒険のはじまりだ。

「それ俺が商人ギルドの掲示板で見つけたやつ?」と流暢なヴァレンディア語でマルクスが問う。

 もうすっかり現地人並みの発音である。たまに訛りがでるが気付かない程度のものだ。貴石を着けての語学のレッスンが上手く作用したようだ。

 エリカも貴石なしで話せるようにマルクスと特訓しているが、理解はできるもののまだまだマルクスには遠く及ばない。もう練習あるのみだ。

「そうそう。マルクスがどうしても飛鉱艇に乗りたいっていうからさ。隣町のスワンボーンから出発する便のクルーに欠員がでたらしい。ヴァカンス中は結構あるんだよ。みんな休みたいからな」

 モーリーが詳しく説明してくれた。

 ヴァカンスに休みをとりたい人が多くでることから、商人ギルドではその穴埋めとなる人材を募集すること。ほとんどは経験や技術を必要としない簡単な仕事ばかりだが、18歳以下の学生には就きたい仕事に触れる機会となるため、人気のある職種の募集はこれからのコネクションになるのでとても倍率が高いこと。ヴァカンス中は書入れ時となるため、時期をずらして休暇をとる商人たちも多いことなどこの国の人々ならば知っている常識を教えてくれた。

「じゃあ早く申し込みしようよ。飛鉱艇って人気ありそうだから倍率高いんでしょ?」

 エリカが尋ねる。

「当り! 早く申し込もうぜ。で、もう用意してあるんだよ。これ」とモーリーが見せたのが、準備の良いことにギルド依頼の契約書だった。

「さすがモーリー! 準備早いな」

 マルクスがモーリーの肩に腕をまわしてにやりと白い歯をみせた。 

「モーリー最高! 楽しみだな」

 エリカも反対側の肩を抱き3人で小躍りする。

 もうすぐ来るヴァカンスにエリカたち3人を含めて生徒たちが浮足立っていた。夏休みの冒険。様々な問題は置いておいても今はこの世界を楽しみたい。そんな魔法がこのヴァカンスにはあった。

「エリック。何の計画だ?」

 いきなり表れたウィルにエリカはびくりと固まる。

 まるで悪戯を見つかった子供のようになってしまう自分にいら立つ。

「なんでもない」とエリカは机に広げていた羊皮紙を後ろ手に隠した。

「ん。出して、それ」とウィルが迫る。

 エリカの不審な行動はウィルの高い観察眼からは逃れられなかった。真っ直ぐに伸ばされた手に、穏やかな目におずおずと秘密を差し出す。

 そんな2人の様子にマルクスもモーリーもぽかんとしている。

 そう言えばまだ2人はウィルと初対面だった。

 ウィルがにこりと笑みを浮かべ挨拶する。

「ウィル・アークライトだ。俺はこいつの教育係」

 羊皮紙にさっと目を通してモーリーたちに向き合うと、余所行きの笑顔で愛想をふりまく。

「あ、俺はモーリー・ビンデバルトです」

「マルクス・ヨッカーです。はじめまして」

 好奇心を覗かせて2人はウィルと握手を交わした。

 チラチラとエリカを伺い見ることから、もっと詳しい説明を求められているのだと悟る。

 魔法騎士団に入団予定であることは話していないので何と説明しようか迷いながら紹介する。

「2人は僕の大切な友達だよ。ウィルは……」

「俺はこいつに勉強なんかを教えてるんだ」とウィル自ら助け船を出してくれた。

 彼の真意はわからないが助かった。まぁ、この2人になら秘密にする必要もないのだが、クリスティーヌのことに関わることなので慎重にならざるを得ないのだ。

「君の言ってたスパルタの家庭教師か」とマルクスに妙に納得されてしまった。

 違うんだけど。スパルタはジンとエヴァなのだけど。

「ウィル。ちょっといい?」

 エリカはウィルの外套の裾を握り図書室の奥へと引っ張る。

 モーリーたちから声の届かないところまで移動したのを確認するとエリカはウィルに詰め寄った。

「なんでそこまで干渉してくるの? 僕の休暇中のことまで口をはさまないでよ」

 向きになってそう食ってかかる。

「別に邪魔をしようなんて考えてないさ。俺も参加させろってだけだ」

 ウィルは不敵な笑みを浮かべる。

 エリカはフンっと鼻を鳴らす。

「なんで僕がウィルのいいなりにならないとならないんだよ」

 少し強気にでたが、後悔することとなった。

「へぇ。いいんだな? エヴァさんに話しても。飛鉱艇に乗るってこと」

 エヴァの飛鉱艇嫌いはこの間の酒場での一件でウィルにも知られることとなった。その結果がこれか。彼がエヴァにこのことを話せば確実に反対されるに違いない。そして悲しませることにも。

 もう良い大人。行動を他人にとやかく言われるのは我慢がならないが、そうせざるを得ない自身の立場に苛立ちが募った。

「わかった。ウィルも一緒に参加すればいいよ。モーリー達には僕から話すから」そう言い2人の場所へと引き返す。

 エリカはマルクスたちにウィルも一緒に申し込みをしてくれないかと、口うるさいお目付け役に辟易しているという皮肉も忘れずに頼んだ。

 モーリーたちは「大変だな」と苦笑しながらも快く了解してくれた。

 あとはウィルと共にジンとエヴァに予定をどう誤魔化して話すかだ。数日家を空けることになるので、エヴァに説明するには細心の注意が必要だろう。こうなったからにはウィルにはとことん働いてもらう。

 エリカは黒い笑みを浮かべふふんと乾いた声をあげた。

 

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