03 白のもふもふ
「よしっ! 昼休憩終わりっ」
エリカは、自分を奮い立たせるように、大きく宣言し、立ち上がった。焚き火の近くに置いてあった鞄の方へ向かい、鞄から洗面セットを取り出す。
「あぁ、鞄に入れといてよかったぁ」
ハロウィンパーティーでしていた魔王メイクを、パーティーが終わったら落とそうと、入れていたのだ。
まぁ、酔っぱらって、落とさず今に至るわけだけれど……。
やっと顔洗を洗えることが純粋に嬉しい。お風呂も入りたいけど……後で考えよう。
エリカは、急流に流されないように気をつけながら、川で顔だけ洗う。
もう少し穏やかな川だったら、水浴びもできようが崖下まで流されたらかなわない。
せっかく陽気が暖かいのに残念だ。
朝と夜は少し冷え込むが、日が照っている間は暖かい。
川岸から戻ったエリカは、焚き火を消し鞄を寝床の草葉の中に隠す。
近場で何か食べられるものを探しに行くつもりだ。川にはきっと魚がいるだろうが、道具もないのに釣れる技術は持っていない。せめて穏やかな小川とかだったら、川をせき止め魚を閉じ込め手づかみでもいけると思うんだけど…… など考えながら、魚はあきらめ山の幸を探すことにする。
そろそろ、飴などの食料はは尽きかけていた。
「山の幸といったら、キノコとかタケノコとか木の実とか、山菜とかかな?」
キノコは素人には無理、毒キノコとかだったら怖いし……と考えながら、元来た山道沿いに探そうと、道に入って行く。
「何かないかなぁー? 山菜、木の実でもいいから、何か食べられるものあるのいいな」
川からあまり離れたくないと、山道の入り口近辺で探していたのだが、木が疎らにしか生えていないこの辺で探すのには、やはり限界があるのか見つからない。意を決して、もう少し深い森の中へ足を延ばすことにする。
「私、方向音痴なんだけど……日が暮れるまでに切り上げよう。22時くらいが日の入りだから、まだまだ大丈夫だよね?」
エリカは、時間を確かめる。腕時計は2時。14時だ。なるべく早く切り上げようと思いながら、注意深く森の奥の方に、入って行った……。
そのかいもあって、野イチゴ、たらんぼの芽、わらび、ヨモギ、フキを見つける。
「大量、大量! さて、帰りますか!」
エリカは、着ていたローブを脱ぎ、それを風呂敷のように、戦利品を包み、背負った。
「ずいぶん奥に来ちゃったなぁ」
元来た道に、引き返そうと歩き始めた時、草むらから、何かの鳴き声が聞こえた。
「みぃー、みぃー」
「……何だろう? 何かいる……?!」
エリカは、鳴き声のする草むらへ、近寄る。
背の高い草をかき分けると、そこには、小さな白のもふもふがいた。
見たこともない生き物……初めは、子猫かと思ったが、それには、薄ピンク色のの大きなくちばしと、真っ白な翼が生えていた。それは真っ白な柔らかな羽毛と猫のような滑らかな毛皮とが合わさったような毛で覆われていて、頭の上にはかわいい丸い耳がちょこんと付いている。四足の肉球はぷにぷにと柔らかそうだ。
「何コレ? かわいいー!」
そっと手をソレに伸ばすと、みぃーと鳴き、エリカの方へ近寄ってくる。
「お前、どこから来たの? かわいいね」
「みぃー」
「私、もう帰らなきゃならないの。お前も来る?」
「みぃー」
ソレはうれしそうに、パタパタと羽をはばたかせ、少しだけ浮き上がる。
「お前、なんていうの? 名前は?」
「みぃー」
みぃとしか答えられないソレに、エリカは色々話しかける。
やっと自分以外の誰かに会えたのだ、たとえそれが、見たことのない生物だったとしても、エリカはうれしかった。
「……みぃたん、みぃたんはどう?」
「みぃー」
「決まりだね! 一緒に帰ろう? みぃたんも迷子なの?」
「みぃー」
「そっかぁ……でも、大丈夫、これからは私がいるよ? 行こうっか!」
「みぃ」
エリカは歩き始め、白のもふもふを振り返ると、みぃたんと名付けたソレは、エリカの後ろから、トコトコと歩いてついて来ていた。
それにしても、このもふもふ……まさかとは思うけど、異世界トリップフラグですか?! 誰だ喚んだ奴。……もうちょっと、人里に召喚してくれたらよかったのに。
異世界トリップ……そんな予感を感じつつ、エリカは、みぃたんと帰路につくのだった。
「ただいまぁ」
「みぃー」
滝上のベースキャンプに戻ってきた1人と1匹は、じゃれ合いながら、夕食の準備を始める。
エリカは焚き火をつけ、今日ゲットした食材を川で洗う。
その横で、みぃたんは、水の中に前足やくちばしを、バシャバシャと突っ込んで、遊んでいる。
「みぃたん、魚でもいたぁ?」
「みぃ?」
みぃたんは、きょとんと、もふもふの顔を傾ける。
エリカは、隣に寝そべり、川をじぃーと見つめ、スッと腕を挿し入れる。
「ありゃ、かすりもしないや。ぜんぜん駄目かぁ」
魚を獲ろうと、試みたが、やはり駄目みたいだ。
明日は川沿いに歩いて、魚を獲れそうな、穏やかな場所を探してみるか……とエリカは考えながら焚き火の方へ戻り、継木をする。
川の水で洗った野イチゴを大きな葉の上に置き、フキの皮を剥く。大きな葉を水で濡らし、その中に皮を剥いたフキや、たらんぼの芽、わらび、ヨモギを包み入れ、そのまま焚き火の端に置く。
蒸し焼きになれば……と考えたのだが、どうだろうか。
「みぃたん、明日は魚が獲れるといいね?ちょっと川沿いを探検してみようか?」
と、川で遊ぶのに夢中になっているかわいらしい白い生物に話しかける。
みぃたんは、「みぃ」と返事だけし、川岸で、じゃれている。
「こっちおいで? みぃたん、そろそろご飯食べよう?」
焚き火の前で、エリカは、みぃたんを呼ぶが、来る気配がない。
(もしかしたら、炎が怖いのかな?)
エリカは、焚き火から離れ、みぃたんを呼んでみる。
「おいで!」
すると、「みぃー」と鳴きながら、トコトコと駈けてきた。
「お前、火が怖かったんだね?」
「みぃ」
(あぁ、癒されるなぁ)
エリカは、みぃたんの柔らかな毛で覆われた頭を撫で、ぎゅっと抱きしめる。じっと抱かれたままになっているみぃたんを、連れて、えりかは焚き火から少し離れたところに一緒に腰かけた。
「ご飯にしよう。お前の分はコレだよ、これは火を通してないの。食べれる?」
みぃたんは、恐る恐るエリカが差し出した山菜と野イチゴをくちばしでつついて、やがて食べ始めた。
「みぃー!」
「おいしい? よかった! 食べれたね。草食なのかな、雑食かな?」
みぃたんが、食べ始めたのを、見届けると、エリカも、蒸し焼きにしていた山菜をそうっと口に含んでみた。
まぁ、こんなもんかという味だ。調味料がないから味気ない。不味い。
「いつまでもこの森にはいられないな。はやく人がいる場所を見つけたい……」
独り言ちていたエリカを、不思議そうに、みぃたんが見つめ、エリカの止まっていた指先を、くちばしで甘噛みする。
「あ、ごめんね。みぃたんもいるのにね。私やっぱり人間なんだなぁ……みぃたんだけじゃ寂しいや」
そう呟いたエリカに、みぃたんはすり寄り、じっとエリカを見つめ、いつの間にか沈んできた太陽の方を振り返り何か考え込むように、その方向を見続けていた。
エリカは、そんなみぃたんの様子には、気付かず、日が暮れ始めてきたので、寝る準備をし始めた。
「もう、夕方かぁ……ん? あれ? 22時じゃない、20:13だ。やっぱり時差では、なかったんだ……」
腕時計の針は、8時13分を示していた。
ふぅとため息をつき、寝床に寝転がり空を見つめる。そこにはうっすら姿を現し始めた2つの月が並んでいた。
「異世界」
エリカは、ぎゅっと目を瞑り、一瞬、顔を背けたが、まっすぐ2つの月を見つめなおし、そしてそのまま逸らすことはなかった。
エリカのそばで、横たわる白き生物も、また、2つの月を見つめていた。