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君を喚ぶ声  作者: 佳月紫華
第2章 旅の支度
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27 おはようの朝

「はい、ウィル同じので良い? お父さんは何飲みますか?」


 エリカはグラスを2客出すと、エヴァから鋭い一瞥を投げかけられた。

 魔法で出せということらしい。まだ現出の魔法は苦手だ。グラスなどの割れ物は特に。グラスやお皿、酒瓶、そして居住スペースで使用する物など、色々な物にはエヴァによって座標指定の魔法がかけられている。

 エリカは酒瓶の座標に意識を集中して現出の呪文(スペル)を古語で唱える。

 勢いよく現れたそれに飛びつき、なんとか落とすことは免れた。


「ラキをくれ。水割りで」


 ヴィンセントが注文した銘柄の酒瓶も呪文で呼びよせる。

 ウィルは先程のケレスをまた頼んだ。

 冷えたグラスの片方には氷を入れ、ラキを注ぐ。そこに水を加えていくと透明だった蒸留酒がミルクのように白濁していく。

 さすがに中身を溢すと大変なのでカウンター越しにラキを渡し、ケレスをグラスに注いだ。

 ビールのように琥珀色の液体が泡立つ。

 エリカは物欲しそうな表情をしながらウィルにケレスの入ったグラスを渡す。


「どうぞ」

「ありがとな」


 ジンとヴィンセント、ウィルの3人が酒を飲み交わしてしているのをカウンター越しに見ながら、エヴァとつまみの追加の準備をする。

 

「……それでお前はなんでこんなに早くここに来てるの……かな? ウィル・アークライト」

 

 底冷えのするような凍てつく声とは裏腹に、穏やかな口調でヴィンセントが問いかける。

 その相対する一言が彼の怒りを表しているようで、不気味な迫力を宿していた。

 ウィルはそんなヴィンセントの怒りに当てられても顔色を変えることもなく飄々としている。


「なるべく早く着くように努力したんですよ。団長」

「お前には陸路で行くように言ったはずだが。ちゃんと陸路の安全を確かめて行けと言っただろう」

 

 言い争いになってしまった2人を諌めるようにエヴァが仲介に入る。


「兄様、もっと言って頂戴。ル・アークライト、本当貴方来るの早すぎよ? ちゃんと陸路から行ってもらわないと困るのよ。行きも安全性を確かめることが重要なの。それにこんなに早く来て何をするつもりだったの?」


 ……言いなおそう。諌めるどころか、火に油を注いでいた。

 さすがのウィルもエヴァからの攻撃は効くようで、狼狽している。

 ジンは……というと、ひとりで黙々とケレスを飲んでいる。話を挿む気はないらしい。


「ちゃんと陸路の安全性は確かめましたよ。少し前に休暇でリーラベルまで来たときに。その時エリックに会ったんだよな?」

「えっ? あ、うん。偶然リーラベルの酒場で会ったんだ。……まさかここで再会するとは思ってなったよ」


 この間リーラベルで出会った時にウィルは陸路で来たと言っているのだろう。

 確かに幾分も日がたっていないので彼の選択は間違っていないとエリカは思った。『時は金なり』と言うではないか。効率的で合理的な考えに賛同する。

 それにしてもなぜそんなにも陸路にこだわるのだろうか?

 エリカとしてはわざわざ時間をかけて大変な道を行くよりも飛鉱艇で行く方が良いように思えた。

 それに飛鉱艇という響きがワクワクするではないか。魔法の力で飛ぶという異世界ならではの乗り物に是非乗ってみたいと好奇心が疼くのだ。

 

「……そう。それならいいわ。だけど……エリックと王都に向かうときは必ず陸路で向かって頂戴ね」


 遠い目をしてそう言ったエヴァの横顔はとても悲しそうに見えた。きっといなくなった娘、クリスティーヌのことを思っているのだろう。

 だからなのかもしれない。ここまで陸路と安全性にこだわった理由がエリカにはわかった気がした。


「わかりました。約束します」


 力の籠った眼差しでしっかりとエヴァを見やるウィルの瞳に曇りはない。翡翠色の煌めきはエヴァに信頼するに値する理由を与えたようだ。エヴァも人の性質を見抜くことに長けている。

 少し気まずい空気も酒が進む頃には消えてなくなっていた。

 いい具合にホロ酔いの男性3人と、いつの間にかカウンターのジンの横に座り込み一緒にヴィヌムを飲み始めたエヴァ。

 ひとりエリカがカウンターで酒をつくっていた。

 

「……生殺しだわ」


 ボソッと独り言ちる。

 目の前でおいしそうに飲む姿だけ見せられて飲めないなんてエリカには耐えられない。大の酒好きにはどんな罰ゲームだろう。

 裏のキッチンにグラスを片づけ手早く洗いものだけ済ましてしまう。

 もう彼らは放っておいて、ひとり先に寝るつもりだった。まだ盛り上がっているので今のうちに入浴も済ましておいた方が色々と都合も良いだろう。

 エリカはそのまま2階の自分の部屋へ上がって行った。一応念の為に補正ベルトと幻術はかけておく。

 入浴を済ましたエリカは、自室へと戻りベッドに潜り込む。

 カーテンを硬く閉め、朝の光は届かないように、魔法でシェードを2重にかける。固定だ。

 明日は5時にコンパスでの上空発光をするギリギリに間に合うように起きようと、すぐ出発出来るように服も着たまま布団入った。

  

「飲んだくれどもめ……私だって飲みたいのに」


 ☆ ☆ ☆


 エリカがうつらうつらと深い眠りに落ちようとしている時、部屋の扉が開く気配がした。

 カラコンの入っていない視野のぼやけた目を凝らし、入口を凝視する。

 フラフラとまるで宙を歩くようにベッドへ向かって来る人影が見える。体格からして男性だということが辛うじてわかった。

 ヴィンセントだろうか。今晩は彼がエリカの部屋に泊まると恐ろしい形相でウィルに宣告していたのできっと義理の父(ヴィンセント)に違いない。

 エリカはベッドを抜け出し、真っ直ぐにベッドにふらつきながら向かってくる人物に手を貸し、ベッドの足もとにあるソファへ支えて歩く。

 部屋は真っ暗なので、良く知らない人にはおぼろげにしか家具の場所はわからないだろうと手引きした。

 がっしりとした腕を左手で掴み、逞しい背中に右腕をまわしソファに押していく。

 ラキの甘い香りがする。相当飲んだのだろう。

 ライオンのミルクと呼ばれるとても強いお酒だ。大の男(ライオン)でも飲みすぎると猫のように丸くなって寝てしまうという曰く付きのものだ。

 なんとかソファに横たえベッドに戻ろうとすると手を引かれた。思わず勢い余ってソファに座り込んでしまう。


「ありがとな」


 そう投げかけられた言葉に目を凝らして顔に見やると暗闇の中でも色彩の薄い髪が視界に入る。

 

「……ウィル」


 そのまま寝息をたてはじめたウィルに苦笑し、立ち上がろうとしたがウィルがしっかりと上着の裾を握って離さない。


「かわいい。おやすみ、ウィル」


 そうっと起こさないように指を外し、エリカも布団に戻り眠りに落ちていった。

 うとうとと微睡(まどろみ)の中を揺蕩(たゆた)っているうちに、夜の帳は明けていく。薄らと白み始めた空。だが、エリカの部屋はしっかりと朝の光を締め出して闇に包まれている。

 それでも魔法でおろされたシェードから漏れ出した朝日が1日の始まりを確実に運んできはじめていた。

 春の早朝は冷え込む。だが今朝はとても暖かい。


(温い……)


 エリカはぽかぽかの温もりに包まれる。

 日だまりの中のような居心地の良さ……?

 薄らと目を開けると金色の長い睫毛と彫の深い彫刻のように整った顔を縁どるブロンドの髪が目に入った。

 ウィルの左腕を枕に向かい合うように抱きしめられ寝ていたのだ。

 この状況には納得できないが、不思議とそんなに嫌ではなかった。きっと彼もエリカと同じように酔っぱらうと色々と失敗してしまうタイプなのだろう。

 エリカはウィルが目を覚ます前にカラコンだけ入れてしまおうとベッドサイドにあるケースに腕を伸ばすが、しっかりと抱きしめられていて身動きがとれない。

 部屋の中が薄暗いのがせめてもの救いか。ウィルが目覚めてもなるべく俯いておこう。瞳の色を見られても部屋の暗さを理由に誤魔化せばいい。

 そう考えまた瞳を閉じた。


「痛てぇ!」


 大きな物音と呻き声、そして狼の唸り声のような音が聞こえる。

 エリカは恐る恐る目を見開くと彼女を覗きこむ紫色の瞳と視線が合った。義理の父(ヴィンセント)だった。

 エリカに向ける眼差しは優しい。

 さっきまでエリカの隣で寝ていた彼はいない。起き上ってみると床に転がっているのが見えた。

 なんとなく状況が理解出来たエリカは、ヴィンセントとアイコンタクトし素早く扉へ向かう。


「おはよう! トイレ行ってくる……あぁ洩れそう」


 サイドテーブルのコンタクトケースを掴み洗面所へと向かった。

 ヴィンセントの助けがなくてもなんとかなったとは思うが、義父は頼りになる。ちゃんと見守っていてくれているんだなと再確認できた。

 レンズを入れ身だしなみを素早く整える。

 幻術に乱れはないか確かめ部屋へと顔を出す。


「おはよう。お父さん、ウィル。僕いつもの日課に行ってくるね!」

「おいっ……」

「うむ。行って来い、息子よ。こいつは俺が絞めとく」


 そう言い残し家を後にコンパスへと向かう。

 ヴィンセントがさらっと物騒なことを言っていたが、まぁ大丈夫だろう……きっと。


「みぃたん、おはよう。おいで!」

「みぃー」

 

 飼育小屋にみぃたんを迎えに行く。

 エリカの方へ駆け寄って来たそれのふわふわな首元に抱きつき顔を埋め、わしゃわしゃと身体を撫でると目を細め気持ち良さそうに鳴き声をあげる。

 

「みぃー」

「うふふ。今日もかわいいね! みぃたん」


 みぃたんの背に毛布をかけ鞍を置き腹帯で固定すると、エリカは手綱を引き外へと連れ出した。

 まだ5時前。日が昇り始めたばかりなので丁度目に射し込む角度の光が眩しい。

 陽光に目を細めながら鞍に跨ろうとするところで後ろから声をかけられた。


「エリック! 俺も行く」

「ウィル! 大丈夫だった?」


 先程の状況から彼がヴィンセントからの制裁を免れたとは考え難い。……いや、ウィルなら上手く誤魔化して抜け出してこれるかもしれない。優に今、彼はエリカの目の前にいる。

 それにエリカたちは何もやましいことはしていない。単に酔っぱらって寝ぼけでもしたウィルがベッドに間違って入ってしまったという笑い話だ。

 エリカは今、男性に身を(やつ)している。だから女性だから持っているであろう危機感もそんなには感じてはいなかった。ウィルの人格をかっている、信頼できているのも大きな要因だ。

 エリカはウィルを一瞥し、急ぐように声をかける。

 時間までにコンパスに辿り着かねばなぬのだ。今から他のキャロに鞍を置き準備する時間もまどろっこしい。


「ウィル。僕、急ぐんだ。この子の後ろに乗って。もう出ないと」

 

 エリカは自分の後ろに乗るよう声をかけ、自身もみぃたんに跨る。ウィルもフラップに足をかけようとするが、みぃたんはもの凄い速さで走り始めてしまった。

 

「ちょっ……! みぃたん?! ウィル! とりあえず行くから、ついてくるなら走って!」

「うをっ! わかった、先行けっ」


 スビアコ村の外れまで走りコンパスへと続く石段を駈け始めたみぃたんにしっかりと捉まり、終着点を目指した。チラリと後ろを見やるとウィルが怒涛の勢いで登って来る。


「速っ!」


 凄い脚力だ。

 最後の階段を登りきって巨石の遺跡にたどり着いたエリカは、魔従キャロのみぃたんの背から降りる。程なくしてウィルも姿を現した。本当に早い到着だ。

 左袖を捲り腕時計を見やると4時51分。そろそろ時間だ。


「お疲れ様。凄い速くてびっくりした。凄いね、ウィル」

「あぁ、さすがにキャロの脚力についていくのは大変だったよ。もう少し長い距離だったらもっと引き離されてたと思う」


 ウィルは乱れる息を整えながら額の汗を拭う。

 エリカはウィルの手を引き、遺跡の真ん中へと歩く。


「これが僕の日課なんだ」


 エリカは時計の針が5時を示す瞬間を待ち、上空へと光線を放った。


「……っ! お前っ、結構やるな。凄い魔力だ」


 ウィルは一瞬辺りを包んだ強い光に目を細めながら彼女に視線を向けた。


「え? そうなの? 僕魔法は苦手なんだ。調節が上手くできなくて……。唯一これだけかな、得意なのは」


 そう言い、エリカはにんまりと笑った。

 帰りこそはみぃたんに相乗りしていこうと試みたのだが、どうやらウィルはみぃたんの機嫌を損ねてしまったようだ。いくらウィルがみぃたんに近寄ろうとしてもふいっと頭を逸らしてしまう。


「みぃたん? あれ、どうしたんだろうね。うーん、なんか機嫌が悪いみたい」

「俺、なんかしたかなぁ」


 結局2人と一匹は家まで歩いて帰ることにした。

 エリカとウィルが並んで歩いているとみぃたんが間に入ってきてウィルをくちばしで突くのだ。


「え? 俺お前に何かしたか? ちょっ!」

「みぃたん! どうしたの? やめなよ」

「みぃ」


 本当に今日は機嫌が悪いみたいだ。どうしたんだろう。

 

「……嫉妬かよ。お前男だろ」


 ウィルがぼそっと呟いた。

  

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