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君を喚ぶ声  作者: 佳月紫華
第2章 旅の支度
26/45

26 再会

「よっ! エリック」

「な、なんでウィルがここにいるのっ?!」


 スビアコ村の住居である酒場のカウンターに座っている人物を見て、エリカは驚きを隠せない。

 彼はエリカがリーラベルの酒場で一緒に酒盛りをし、酔いつぶれたエリカを彼の宿屋へ泊めてくれた人物だった。

 ウィル・アークライト。休暇中に旅をしている、と言っていた人。

 この世界ハウメアに来てたら初めて出来た同世代の友人と呼べる人。

 リーラベルの酒場の掲示板に『来月の建国記念長期休暇にまた来る』とエリカに書き置きしていなかったか――?

 『来る』と書いてあったのは、リーラベルの酒場のはずだ。来るならリーラベル。

 まだ、あれから1週間ほどしかたっていない。というか、なんでここ、スビアコ村の酒場にいるのだろう? 

 エリカがここに住んでいるのを知っていてここに?

 ……それとも、これは偶然?


「あぁー、もう! わけわかんないよっ。なんでウィルはここにいるの?!」

「ふはははは。……これは何でしょう?」


 不気味な笑いと共にウィルがエリカに見せたのは、一枚の羊皮紙で……。


「はっ?! 何コレっ?」


 エリックが持っている羊皮紙を奪い取り、内容を見て唖然とする。


(何だこれは?! え、もしかしてウィルが私の直属の上司になるの?!)


 まさか……と思いながら見たそれは、ウィルがエリック・カスティリオーニの教育係として、魔法騎士団で面倒をみること、そして住居まで迎えに行き、王都まで安全に送り届けること、が義理の父ヴィンセントの署名で書かれていた。

 しかし、魔法騎士団に入るのは一年も後のはずだが……。来るのが大分早くないだろうか。

 様々な疑問が脳裏をよぎったが、色んな種類の感情が混ざりあった震えに揺れる手で握られた羊皮紙を、その動揺の原因となったウィルに奪われてしまった。


「ってゆうことだから。よろしく!」

「……っう」


 声にならない叫びを漏らし、しばし呆然とするエリカを傍目に、ウィルは飄々とカウンターで飲食をしている。

 あまりにもエリカがウィルの方を直視したまま固まっているからか、「……食べる?」などプレートをよこしてくる始末。

 

「や、いらない……じゃなくて、説明してよ、ウィル! どうゆうこと?!」


 やっぱり何度考えてもさっぱり意味がわからない。エリカは混乱した頭を冷やし、冷静に考えを廻らそうと試みたが、できない。どう考えてもこの間偶然リーラベルで出会った男性と義理の父の書状の内容があまりにも出来すぎていて、不自然きわまりない。冷静になるどころか混乱してしまう。


「説明って言われてもなぁ……そこに書かれてる通りっていうか……。うーん、何が聞きたい?」


 ウィルは何でも質問していいぞ、とエリカに向き合う。

 エリカは一番聞きたかったことを尋ねてみる。


「あの……さ、こないだリーラベルの酒場で一緒に飲んだのは、これがあった……から?」


 リーラベルでの偶然の出会いだと思っていたのでさえ、何かの目的があってのことだったら、と思うとエリカの気分は沈んだ。

 はじめて異世界ハウメアで同世代の友人ができた、と嬉しく思った、感動した気持ちを返してほしい。

 エリカはウィルの翡翠色の瞳をじっと見つめ、答えを待った。


「あれは、本当に偶然。俺もびっくりしたんだ。団長にお前のこと頼まれて、話を聞いてみたらエリックのことみたいだったから」

 

 ウィルの瞳に揺らぎはない。どうやらあの出会いは本当に全くの偶然だったのだ、ということがウィルの言葉からわかると、エリカはやっといいようのない不安感から解放された。

 これでちゃんと信じられる。

 異世界で、僅かな頼れる人たちのことが信じられなければ、いったい何を指標に生活していけばいいのか……。そんな不安が、あの羊皮紙を見た瞬間に過ったのだ。

 でも大丈夫、この人なら信じられる。ウィル・アークライトの澄んだエメラルド色の瞳を見てそう思った。


「よかった。誰も信じられなくなるかと思った。……ウィルを信じるよ。最初から教えて?」


 エリカがそう頼むと、ウィルはリーラベルから王都の魔法騎士団で義理の父ヴィンセントにエリックの教育係を頼まれたこと、エリックを迎えに行くことを頼まれたこと、そしてそれがウィルの魔法騎士団の副団長の実地試験代わりになること等、順を追って教えてくれた。

 それにしても迎えに来るのが早すぎるのではないか、という疑問が残る。

 そう尋ねようと思ったところに、エリカを呼ぶ声で遮られた。


「ねぇ……ウィル来るの早く――」

「エリック! 少し手が足りないの。手伝ってくれないかしら?」


 エヴァがカウンターの裏の部屋から呼んでいる。

 エリカは「はーい、今行くー!」と返事をし、ウィルを残しカウンターの奥のキッチンへと入って行った。

 キッチンの奥にはエヴァとジンが並んで待っており、エリカが来たのを確認すると、無言で奥の部屋へ来るようにジェスチャーする。

 2人について行き奥の部屋へ着くと、心配そうな顔をして顔を見合わせている。

 2人はもうウィルと話したのだろうか?

 

「エリック、兄様から手紙が届いたのだけれど、彼が貴方の面倒をみるそうよ。……貴方、彼と面識があるようだけれど、どうして?」


 エリカはリーラベルでウィルと偶然酒場で一緒になり飲んだことを、酔いつぶれて一泊ウィルの宿屋に厄介になったことを省いて2人に説明した。

 どうやら納得してくれたようだ。義理の父(ヴィンセント)の手紙のことを聞く。


「それでお父さんからは、なんて?」


 エリカの質問にジンとエヴァの2人は頷き合い、羊皮紙の封筒を渡してくれる。

 

「今日尋ねてきた青年に貴方を任せたいそうよ。……でもこんなに早く来るなんて書いてなかった。彼には陸路で来るように指示したそうだけれど……」

 

 エヴァは考え込むように、言葉を噤む。

 エリカは封筒の中の手紙に目を通した。大体のところウィルが言っていたこと、エヴァ達の言葉の整合性は合う。

 ヴィンセントの手紙にも同じようなことが書いてあった。それにウィルには陸路で往復するように言ったから、1か月くらいしたら訪ねてくるだろうことも。

 ウィルはどうやら陸路で来なかったようだ。

 それでなければ、どう考えても早すぎる到来だ。


「状況はわかったよ。……で、どうすればいいの? まだ魔法騎士団に入るのには時間があるし、学校にも通い始めたばかりだし。もう王都に向かわなきゃいけないってこと?」


 論点はそこだ。今後どうすればいいのか、話し合う必要がある。

 まだまだ魔法も上手く使えず、この世界ハウメアの常識や歴史などもほとんどわからない状態で、旅立つのには不安が残る。

 しかもウィルにはエリカの素性を明かしていない。

 エリカが性別を偽っているのは、秘密にしておいた方が良いと判断したのだ。

 エリカが女性であるというのを知っているのは、ジンとエヴァとヴィンセントだけだ。ジンとエヴァの息子のジャックにも、それは明かしていない。

 

「それなんだが、エリックはここで学ぶことがあるから、王都にはまだ向かわせない、とはアークライトには釘を刺しておいた」


 ジンがそう言うのを聞いてエリカは少し安心する。

 まだ猶予はあるみたいだ。早く学ばなくては。

  

「そっか……よかった」

「エリックまだ安心するのは早いわ。ちょっと相談しておきたいことがあるの。貴方の瞳のことなんだけど……」


 エヴァは右手をエリカの頬に触れ、エリカの菫色の瞳をじっと見つめる。

 

「そうだな。それは俺も聞こうと思っていた」


 ジンもそう言って数歩近づく。

 エリカの瞳のこと、といったらカラーコンタクトのことだろうか?

 そう言えば、風呂上がりに裸眼で過ごしているときや、寝起きに廊下をウロウロしている時など、2人の視線をやけに感じる気がしていた。

 視界があまりクリアではなかったから、気のせいかと思っていたのだが……。

 きっとこの世界にはコンタクトなどないのかもしれない。ましてやカラーコンタクトなんてきっとないに違いない。

 レンズを外した裸眼はもちもん日本人としては当たり前の黒い瞳。

 幻術で毛色を変えることや、男らしい姿形に見せることも出来るのだから、カラーコンタクトという発想すらないのかもしれない。

 魔法で色を変えられるのであれば、わざわざ目に異物を入れることもないのだろう。

 そんなことを思いエリカは片眼の紫色のカラーコンタクトを外してみせる。


「……目に色のついたのを入れていたのか」

「はじめて見たわ。瞳に色をつけるなんてできないもの」


 2人は不思議そうにエリカのコンタクトを外した方の黒い瞳を覗きこんでいる。

 意外だと思った。魔法の方がエリカにしてみればもっともっと不思議なのに、こんなことで驚いている。


「魔法で自在に色を変えられる人たちから見たら、わざわざカラコンを入れる必要はないよね」


 エリカは苦笑する。

 そんなエリカを見て「そんなことはない!」とジンが否定する。


「本当に驚いているのよ。私たちは魔法や幻術を使うから必要ないって思うかもしれないけど、あり得ないことなの。瞳の色は絶対に魔法では変えられないのよ。だから……とても驚いたわ」


 エヴァが詳しく説明してくれた。

 髪の毛や、見た目をそれらしく幻術で誤魔化すことができても、瞳など、デリケートな部分に幻術はかけることは出来ないのだそうだ。

 それならエリカの瞳の色が時々変わっていたのを見て、さぞ驚いたに違いないと納得した。


「そうだったんだ……っていうことは、もしかしてカラコン外したところ、誰にも見られたら拙いってことだよね?」


 エリカは思い当った事実に唖然とする。

 それはこれからの生活ですごく不便で、大変ではないだろうか。いや、確実に辛いに決まっている。唯でさえドライアイなのに……。

 

「そうゆうことになるな。……おい、大丈夫か?」


 嘆息しているエリカを気遣うようにジンがポンっと頭に手を置く。


(お父さんみたいだ)


 心配そうに覗きこむジンの深い蒼色の瞳を見てエリカは微笑んだ。

 大丈夫、きっとその解決策をきっとこの2人は一緒に考えてくれる。頼りになる。本当にお父さんとお母さんみたいだ。

 この世界の家族。頼りになる。


「どうすればいいと思う? ウィルはこの家に泊まる……んだよね? ばれないように過ごすにはどうすればいいかな?」


 エリカの相談に知恵を絞ってみるが、とりあえず今すぐの解決策を得るにはいたらなかった。

 少し時間がもらえれば、カラコンをどうにかもう少し何日かつけっぱなしでも大丈夫になるように魔法でどうにかならないか、エヴァが研究してみてくれるそうだ。

 問題はそれまでどう乗り切るかだ。

 それはエリカの努力と2人の協力でどうにか乗り切るしかない。


「がんばってみる。エヴァ、お願いね」

「わかったわ。任せておいて」


 エヴァはニッコリとウィンクしてエリカを二つ隣の部屋のカウンターへと送り出した。

 エリカがカウンターに戻ると、ウィルが顔をあげる。

 エリカはエヴァが持たせてくれた小料理とお酒をカウンター越しに給仕する。


「はい、どうぞ」

「お、ありがとな。……あ、ありがとうございます!」

 

 ウィルがエリカの後ろに目線を移したのを見て、エリカも振り返ってみると、ジンとエヴァも酒場の方へやって来たようだ。

 ジンはウィルの隣の席に腰かけ、エヴァに酒を頼んでいる。

 一緒に飲むつもりなのかもしれない。うらやましい。


「いいなぁ」

 

 羨ましそうにエリカが呟くと、ジンとエヴァがキッと鋭く睨みを利かせ、「だめっ!」と声をそろえて言われてしまった。はぁ、飲みたい。

 ウィルはそんな様子のエリカを見て笑っている。

 

「俺、いや、私はジン元団長殿と一緒に飲めて光栄です。ヴィンセント団長から色々と伝説を聞かされていたので、本当にうれしいです!」


 ウィルが少年のように翡翠色の瞳を悪戯っぽく輝かせてジンに話しかけている。

 そんな様子にジンも、カウンター越しに給仕していたエヴァも顔を見合わせて笑っている。


「アークライト、君の部屋なんだが、息子のジャックの部屋を使ってくれ。とりあえず、こんなに早く迎えが来るとは思ってみなかったから、客室の準備がまだ出来ていないんだ」

「ごめんなさいね。2、3日中にはちゃんとした貴方の部屋を用意するわ」


 ジンとエヴァの言葉にウィルは恐縮している。

 元はと言えば、ウィルが早く来すぎたのにも問題はあるのだ。義理の父(ヴィンセント)の命令を破って陸路以外の方法できたのは彼だ。文句は言えないはずだ。


「いや、本当に俺が早く来すぎたんですから、気にしないでください。それに息子さんの部屋なんてわざわざ用意してもらわなくていいですよ。数日なら、こいつの部屋に厄介になりますから。な、エリック」


 ウィルはそう言うとエリカに向かって「頼むなっ」と右手を挙げた。


「駄目だぁぁぁぁぁ!!!!」


 急に部屋の温度が下がったようにヒヤリとした空気が流れ込んだ。

 外へのドアが開いている。

 酒場の中へ喘鳴(ぜいめい)をさせながらフラフラと侵入してくる怪しい人影が濃灰色のローブの裾を引きずりながら近づいてくる。


「ヒィィィっ」

 

 エリカは思わず小さな叫び声を漏らしてしまう。


「駄目だったら、駄目だァー!!」


 ウィルは椅子から立ち上がり怪しいローブの人物の前で膝を折って礼をする。


「団長、わざわざ様子を見にいらしたんですか?」


 ウィルの言葉を聞き、ハッと見てみると丁度ローブをはいだところだった。

 義理の父(ヴィンセント)だ。人騒がせな……。


「ヴィンス、来たのか」

「あら、兄様」

「お……お父さん?」


 ヴィンセントはズカズカとジンの隣に陣取り、ウィルの飲みかけの酒をあおった。


「絶対にエリックと同じ部屋はだめだ。今日は俺が息子の部屋に泊まる」

「えっ?」


 どうやら今夜はまだまだ長丁場になりそうだ。エリカは嘆息し、やれやれとヴィンセントとウィルのために新しい酒を用意した。

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