24 星の巣
「エリック! こっちこっち!」
リーラベルの学究院の大講義室でエリカに向かい、大きく腕を振っている人物がいる。
ダークブラウンの波打つ髪に灰色の瞳をした逞しい身体の男性――モーリー・ビンデバルトだ。
すり鉢状に机が並ぶ教室の、後方上部の席を陣取っている。その横に、見覚えのない人物も一緒に座っていた。
赤褐色の髪に蜂蜜色の瞳にあどけない笑顔を浮かべている。彼は周りの生徒たちと比べると、どことなく洗練されており、なにか雰囲気が違って見えた。
エリカは、違和感を感じるのはどこだろう? と考えながら、彼らのいる席の方へ上方の扉から歩いていった。
服の着こなしが垢ぬけているのだ、と彼を目の前にした時に気付く。
ピッタリとしたブリーチズではなく、ゆとりのある長ズボンを腰のあたりで履き、シャツはウェストから出しており、クラヴァトは絞めていない。シャツの上から、素材の違うベストを着こみ、外套を羽織っていた。
もしかしたらこのハウメアでは、異端なだらしない着こなしと思われるかもしれない。エリカが彼のセンスを好ましいと思ったのは、たぶん彼に現代的なものを感じたからだろう。
「モーリー! こちらは?」
エリカは、彼を紹介してもらおうと友人のモーリーに促す。
年頃は今のエリカと同じ位だろうか?
だいぶ幼く見える。
「彼はマルクス・ヨッカー。マルクス、彼はエリック・カスティリオーニだ」
モーリーがエリカとマルクスをお互いに紹介する。
「はじめまして、マルクス」
「マルクス・ヨッカーです」
エリカはマルクスが差し出した右手を力強く握り返し、握手を交わした。
ざわざわと生徒で教室がいっぱいになってきたので、三人はモーリーがとっておいてくれた席に着くことにした。
今日は、この間のクラス分けの結果発表の日だ。
巣と呼ばれる母体のホームクラスと、それぞれの科目のクラスを決めるのだ。教室の方へ行く前にレセプションルームで尋ねて教えてもらった。
エリカはそれぞれの教室へと続く廊下に張られた虹色の薄い膜のような魔法陣の中をくぐると、この大講義室へとたどり着いた。
初めて経験する魔法だった。
通り抜ける時に、『エリック・カスティリオーニ。星のネスト。星のネストの教室まで運びます』という女の人の声が聞こえた。
この教室にいる生徒は、星の巣だ。星の他に、月、光星の巣があるらしい。
「なぁ、マルクスにはもう話してたんだけど、俺たち同じ巣同士、週末の課外活動一緒にやらないか?」
とモーリーが提案する。
課外活動とは、学校で斡旋している色々な活動を総称して言う。
参加は自由だ。
イーシュ川下りや、野営、小旅行など色々ある。日帰りのものや、2日間のもの、週末の3日間全てかけて行うものなど、種類は様々だ。
5番目の日から7番目の日を週末と呼ぶ。1番目の日から7番目の日があるのは、月曜日から日曜日まであるエリカの知っている1週と同じだ。
ただ、週末と呼ばれ、休みが入るのは、ここで言う5番目の日――金曜からなので、3日間も休みがもらえる。
働きすぎの日本とは大違いだ。これは嬉しい驚きだった。
課外活動の他にも、様々なクラブがあったり、友人同士でユニットを組み、商人ギルドの依頼をこなしたり、とコーワン学究院の生徒達の活動の幅は大きい。
その課外活動をモーリーは一緒にやろうと誘っているのだ。
楽しそうだ。
でも、毎週は無理かもしれない。今後の為に色々と貯蓄をしたいし、それにエリカには、エリスのことを調べるという目的もある。毎週一緒に遊んでばかりはいられないだろう。
「毎週は無理かもしれないけど……。モーリーとマルクスと一緒だったらすげぇ楽しそう!」
エリカがそう言うと、モーリーとマルクスは目配せして「だろっ?」と白い歯をみせて笑った。
「マイシュウは無理ってなんでナノ?」
とマルクスがエリカに尋ねる。
……マルクスはなんでカタコト? ……というか、話しは普通に通じるが、ときどき発音がおかしい。訛っている。
不思議そうにエリカが首を傾げていると、マルクスが苦笑してまた、聞き直す。
「あぁ、発音ワルカッタかなぁ? なんでマイシュウ無理?」
「あ、ごめん。マルクスって外国から来たの? 話はわかるよ、大丈夫」
そう言うエリカの疑問に、モーリーが横やりを入れる。
「マルクスは留学生なんだ。国名はなんだったっけ……マルクスもう一回教えてくれよ」
「言ってもキットわかんないとオモウな。だってモーリー覚えてナイデショ」
エリカは考えこむように、腕を組んでうーんと唸っていたが、マルクスにもう一度聞いてみる。
「何かマルクスの国の言葉で話してみてよ。僕もしかしたら話せるかも。僕の家庭教師、語学には厳しい人だからさ」
嘘だ。ただ、まったくヴァレンティア語がわからないエリカが、貴石の力で、普通に会話できているので、マルクスの国の言葉もわかるのではないか、と考えたのだ。
魔法詠唱の時に使用する古語もわかったのだ。もしかしたら、話せるかもしれない。
エリカがそう促すと、マルクスはちょっとだけ挙動不審になり頑なに拒否する。
「や、やだよ。きっとすごく遠いクニだからワタンナイとオモウし、せっかくヴァレンディア語覚えタばかっりナノニ、話したくナイヨ」
そういうもんかな、と妙に納得いかないような、小骨が喉に引っかかったような嫌な感じが残るが、マルクス本人が嫌がっていることを、無理やりさせるようなことは避けたい。
ふーん、とそのままその話は終わってしまった。




