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君を喚ぶ声  作者: 佳月紫華
第1章 はじまり
21/45

21 帰宅 1

 王都バリュスのダウンタウン、ノースブリッジの一角でこの界隈では少し浮く小綺麗な身なりをした男がフラットから出てくる。ウィルだ。

 目立つ金糸の髪を隠すように、頭から首まで、大きな灰色のストールをまわし掛けているが、たまに道端を歩いている女たちがウィルの方をチラチラと窺い見ることから、あまりその整った相貌を隠す役には立っていないようだ。

 ウィルはそんな周りの目など、いつものことなのか全く気にする様子を見せず、大きな荷物を背負い裏通りの人ごみの中を縫って歩く。 裏通りを抜け、放射線状に延びる大通りへ。 アルムフェルト川沿いの邸宅へと入っていく。貴族の豪邸だ。

 ウィルは正面玄関を避け、裏庭へと回り込みテラスから屋敷へ入って行った。

 頭を覆っていたストールを外しながら、大広間、応接室を抜け、図書室へ急ぐ。

「坊っちゃん、お帰りになるなら大鴉(レイヴン)を遣わして下さればいいものを。そうすればもっと準備をいたしましたのに……」

 図書室へと急いでいたウィルの背後から、呼び止めるしわがれた声が聞こえる。

 ウィルは声の方へ振り向くと温かみのあるハシバミ色の瞳に優しさを湛えた、ロマンスグレーの髪をした60代位の執事が笑みを浮かべ立っていた。

「家には有能な執事がいるから、予告なしで帰っても何も問題ないと思うのだが。それに鴉は苦手だ……考えただけでもゾッとする」

 執事に向かってニンマリと悪戯っぽい笑顔を浮かべる。

 そんなウィルに彼はフッと笑い、ウィルの外套を預かる。

「坊っちゃんは嬉しい言葉で直ぐに誤魔化すんですから……それに大鴉(レイブン)は坊っちゃんが鴉がお嫌いだから、稀なアルビノの白鴉にしたのですよ?」

「それでも嫌いなものは嫌いなんだ。お前も知っているだろう? ファーガス。色が白かろうと、駄目だ。もちろん真っ黒な鴉ほど嫌なものはないけどな!」

 ウィルはまるで駄々をこねる小さい子のように、屁理屈を並べ立てる。

 ファーガスと呼ばれた執事は、不得手な鴉のことを話題にされて少し不機嫌なこの家の子息ウィルに臆することなく、図書室へと歩き始めたウィルの後に続く。

「では、せめて従者をキャロで遣して言付けて下さい。ご主人様も奥様も、フレッド様もリズ様もいつも心配していらっしゃいますよ。ご兄妹たちは、心配というよりもウィリアム様の冒険話しを聞きたいようでしたが」

 図書室の扉の前まで来て、歩みを止めた二人は、今までよりも声のトーンを落とし、ささやき声で続ける。

「……定期的に手紙は商人ギルドの配達人に届けてあるし、従者は必要ないと断っているだろう? 俺は今はただの魔法騎士団の一介の騎士ウィル・アークライトとして慎ましく生活しているんだぞ。従者など持てる訳がないだろう」

 扉のドアノブに手をかけながら、ふとウィルはファーガスを振り返る。

「……まさかもう中に?」

 ウィルが尋ねると、ファーガスが申し訳なさそうに静かに頷いた。

 ハァとため息を吐きながら扉を開け放つと、本に手を伸ばしていた、明るい栗色の髪をしたすらりと均整のとれた体躯の人物が、振り返った。

 ウィルと同じエメラルド色の悪戯っぽい瞳が、微笑む。

「ウィル!」

 その人物は、満面の笑みを浮かべウィルを抱きしめる。

「フレッド」

 ウィルはフレッドの腕から逃れ、正面から見据える。

 にやにやと嬉しそうに笑いながらウィルを見る相貌は、淡い栗色の髪の毛以外はそっくりだ。特に好奇心を覗かせ煌めく碧色の瞳が。年頃は同じくらいか少しフレッドの方が上か。

「ウィル、王都に帰って来たんだったらもっと早く家に帰ってこいよ。かわいい弟の話が聞きたいだろう? ……ファーガス、ありがとう知らせてくれて。もう下がっていい」 

 フレッドはファーガスを下がらせ、弟のウィルと図書室に引っ込んだ。

 四方を本に囲まれ、縦に整然と書籍でいっぱいの棚が並び、部屋の真ん中から中二階に続く階段が続いている。

 二人は階段を上り、本棚でたくさんの階下を見渡せるロフトに向かい合って置かれた、落ち着いた濃茶の革製の一人掛のソファに、腰を落ち着けると話し始めた。

「……で、どうだった?」

 フレッドはウィルを見やるとこう始める。

「どうだったって……何が?」

 唐突に投げかけられた質問をかわすとウィルは、やれやれとため息を吐く。

 ウィルが18歳で魔法騎士団に入った時から、いや、物ごころついた時からこの兄フレッドは、ウィルが体験したことを聞きたがる。特にフレッドが18歳の成人の儀を終えた辺りからその傾向は益々強くなってきたように感じる。

 フレッドはウィルよりひとつ年上の24歳だが、長男ということもあり、家族のことを気にかけ守ろうとする意識が高いのだろう。何でも把握しておきたいという性格は、ウィルにとって迷惑この上ないが、愛すべき頼れる兄であることも確かだった。

「もちろん休暇中の旅のことだよ。それで見つけたのか? 彼女を」

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