20 依頼
リーラベルからバスティ山脈を抜ける洞門を通り、スワンボーン、アルヴィナ湖、ベルジュを越えると長閑な田園風景は終わりを告げ、貴族たちの格式高い優美な住宅が見え始める。王都の玄関だ。
王都バリュスの郊外には、ハイゲートと呼ばれる高級住宅地がある。
ヴァレンディア王国の貴族たちは、ハイゲートに屋敷を構え、また王都の中心にある王宮へと続く12本の放射線状に広がる大通り沿いに別邸を持つことが、ある種の身分証明となっていた。
特に王都を貫くアルムフェルト川畔と並行する大通り沿いは非常に人気があり、そこに居を構えられるのは、一部の特権階級か王立の施設だけだ。
12本の大通りを網目状に結ぶ雑多なバイパスや裏通りは、メインストリートとは違った趣がある。
上品な大通りの邸宅や美術館や図書館、劇場や百貨店などが立ち並ぶ表参道にはない雑多な町並みや、庶民の雰囲気が裏通りにはあり、12の表参道、多くの裏道、バイパス、が交差する対照的な多様な通りが混在する町並みは王都の魅力となっていた。
外側西部にはセンヌの森、外側東部にはローニュの森が広がり、大都会ながらも自然と調和している姿はハウメアでも、ヴァレンディアの美しい王都バリュスは一見の価値あり、と名を馳せていた。
そんな王都バリュスの中でも一層優美な魅力を湛える王城アルバニーの魔法騎士の館の一室に、ウィル・アークライトがベッドに腰掛け、紙切れをじっと眺めている。
エリカの書き置きだ。
「エリック・カスティリオーニ……か」
そう独り言つ。
「ウィル! 団長が呼んでるぞ。何やらかしたんだ、お前?」
騎士団員だと思われる男性が部屋の戸を半開けし、顔を突き出す。
「何だろうなぁ。俺は何もやらかしてないと思うが……休暇で王都を離れてたし。まぁ、行ってみるよ。団長の部屋でいいのか?」
「あぁ。早くしろよ。団長がお待ちかねだぞ」
「失礼します。俺をお呼びとか?」
「ウィル。入ってくれ」
執務室の奥にある大きな木製の重厚な机の前までウィルが入って行くと、ヴィンセント団長が黒の革張りの肘掛椅子に腰かけ、羊皮紙の束を置き、視線を上げた。
「まぁ、掛けろ」
ウィルは向かいの椅子に腰を下ろす。
「それで俺に何の用です?」
「頼まれて欲しいことがある。副団長にお前を推薦したい」
「は?! 何かの冗談でしょう? 俺はまだまだ経験も足りないし、もっと他に相応しい人がいる……それに副団長が戻ってくるかもしれないじゃないですか?」
「お前はそう言うだろうと分かっていたよ。だから、今すぐとは言わない。少し考えてみてくれ。あともう一つやってもらいたいことがある。これは頼みじゃなく、命令だ……」
ウィルは大きくため息を吐く。
「命令? また碌でもないことじゃないでしょうね」
椅子の肘掛を人差し指でトントンと叩きながら顔を顰める。
「まぁ、そう言うな。ちょっと私的なことなんだが、息子が来年ここに入団することになってな。お前にあいつの支援をしてもらいたいんだ」
「新人の御守ですか。それも貴方の息子だなんて。初耳ですね。いつご結婚を? たしか団長は独り身だったはずでは?」
ウィルの応酬にヴィンセントは苦笑いをして、中指の指輪を右手で弄ぶ。
「最近できた息子だ。養子をとったんだ」
「はぁ、何かきな臭いですね……で、支援って具体的に俺は何をするんですか?」
「用意が出来次第、お前にはリーラベルへ行ってもらう。ただし、陸路で」
「陸路?! どれだけ時間がかかると思ってるんですか? 今は便利な飛鉱艇があるのに」
ヴィンセントは皺になった眉間を右手で揉みながら、左手で羊皮紙を机上を滑らせウィルの方へ押し出した。
「何ですか、これ?」
ウィルは羊皮紙を手に取ると、ざっと目を通して突き返す。
「副団長の実地試験内容だ」
「……結局もう、決定事項なんですね」
「そうだ」
「その実地試験が団長の御子息を陸路で迎えに行くことだと? なぜ、陸路なんですか」
「……言う必要のないことだ。ただ、息子は世間知らずだから、色々経験させたいと思ってな。それにお前も言ってたじゃないか、経験不足だと」
ウィルはヴィンセントの机を指で打ち鳴らす。
「で、何で行きも陸路なんですか?」
「……それは陸路の安全を確かめてもらいたいからだ……」
ウィルは左手で顎をさすり、考え込む。
「団長の息子って……エリック……というのでは?」
「!」
ヴィンセントは先ほどまで机上の羊皮紙にを落としていた目を見開き、ウィルの顔をまじまじと見つめる。
「……なぜ、それを?」
「あ、当たってました? 俺ってすげぇ。内緒です」
クスリと笑うと、
「いいですよ。引き受けましょう」
と承諾した。
「やっぱり、やらなくていい。違うやつに依頼する。お前は何か信用ならん!」
ヴィンセントは慌てた様子で、ワタワタと先ほど驚きで机に散ばした羊皮紙の束を集めている。
「もう駄目です。俺やるって決めたから。団長の頼みは断れませんから!」
そう言うとウィルは、ひらひらと手のひらを振って執務室を後にした。




