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君を喚ぶ声  作者: 佳月紫華
第1章 はじまり
15/45

15 リーラベル

「いってきます!」


 そう言い元気に酒場を出たエリカは真っ直ぐ魔従キャロのみぃたんのいる飼育小屋へと向かう。


「みぃたん、ひさびさにコンパス以外にお出かけだよ」


 エリカはみぃたんに鞍を付けながら話しかける。

 鞍はファミエール家の魔従キャロに使用していたものだが、今はもう乗っていない魔従の鞍を譲り受けたのだ。鞍を着けると遠出でも楽に乗っていられる。


「みぃー」


 ひさびさに遠出と聞いてみぃたんも嬉しそうだ。

 ジンから預かったギルド依頼の小包を鞍につけたサイドバックの中にしまうと、みぃたんを飼育小屋から外へと促し鞍に跨った。


「リーラベルへ出発!」

「みぃー」


 今いるスビアコ村からリーラベルの町まではバスティ山から下る一本道となっている。リーラベルまでは迷わず楽に行けそうだ。

 ギルド依頼は、ユベール商会のリーラベル店へ小包を届けるという内容だった。

 スビアコ村にもあるその店の看板は覚えているので、すぐに見つけられるだろう。一応、ユベール商会で買った地図も持って来てある。


「よしっ、ちゃっちゃと届けてリーラベル見物しようね」

「みぃー」


 エリカはみぃたんの背に乗って、リーラベルへと足を速めた。


 ☆ ☆ ☆


 スビアコ村の酒場の居住スペースの居間でジンとエヴァは何やら話しこんでいる。酒場と商人ギルドの扉には、まだ準備中と文字が浮かんでいる。


「あいつ『月が二つあったから』ってなんで符牒を知ってるんだ?」

 

「ジン、貴方は時々あの子につらく当りすぎるわ……あの子はエリスとは関係ないと思う。本当に何も知らないようだったわ。もしエリスから来ていたとしても組織とは関係ないわよ、若すぎるからそれはほとんど不可能だわ。ジン、貴方のことが心配なの。もう組織には潜入するのはやめましょう?」


 エヴァはジンに訴えかける。


「そうかもな……でも、もしかしたらと全て疑ってしまうんだ。あの子を、クリスティーヌを失ってしまってから、俺は誰かを信じることが怖くなってしまった。エヴァやジャックまで失ってしまうのが怖いんだ。俺たちみたいな思いをする人を少しでも減らしたい。そういう気持ちで始めた二重生活のはずだったのに……エヴァ、お前にまで心配をかけてしまってすまない」


 ジンはそう言って項垂れた。

 エヴァはジンの頭を抱き寄せ、囁く。


「大丈夫よ。私たちはいなくなったりしない。それにクリスティーヌだってきっとどこかで元気に暮らしているわ。そうでしょう? だって私たちの娘だもの」


 エヴァの胸の中でジンはふっと笑い、逆にエヴァを抱き寄せる。


「そうだな。きっといつかクリスティーヌを見つけ出して見せる。その為にもエリックのことを信じて、協力してもらわないとな」


「そうよ。エリックはきっと私たちの希望になる。あの子には不思議な雰囲気があるもの」

 エヴァはそう言い、ジンの腕の中で幸せそうな笑みをもらした。


 ☆ ☆ ☆


 迷わずリーラベルまでたどり着いたエリカとみぃたんは、ユベール商会を探して街中を彷徨う。こうしてみぃたんと歩いていると、後ろから急に声をかけられる。


「エリック、久しいのう。わしじゃ、ススじゃよ」


 振り向いたエリカの視界に入ったのは、以前メリーさんの牧場で魔従について色々教えてくれたススだった。


「ススさん! お久しぶりです。どうしたんですか? ススさんこの町に住んでいるんですか?」


 矢継ぎ早に次々と質問をぶつけるエリカに苦笑して、ススは答える。


「いいや、今日は少し買い物があってなぁ。もう帰るところなんじゃがお主を見つけて声をかけたんじゃよ」


 ススには色々と聞きたいことがあるエリカは、ススに時間があるか尋ねようとするが、ススが遮るようにこう続ける。


「エリック。その魔従は珍しい毛色をしておるな。リーラベルはバスティ山脈から麓で山道が交わる貿易の盛んな大きな町じゃ、そのような珍しい毛色の魔従を連れていると何かと物騒事に巻き込まれることもあるじゃろう。幻影の魔法をかけて一般的な茶色にすることを勧めるぞ」


 ススの言葉にエリカは、すぐに幻影の魔法をかける。上手くかけれたようだ。

 みぃたんの真っ白の毛色は薄い茶色へ変化した。

 少しまだらなのは目をつぶろう。


「おお、なかなか良い筋をしているのう。まぁ、ちょっとまだらなのは御愛嬌じゃ。それなら大丈夫じゃろう。魔従キャロよ、よい主を見つけたな」

「みぃー」


 ススはみぃたんの頭を撫でると上着の内ポケットから何かを取り出しみぃたんの首へとかけた。


「これはお前さんへの贈り物じゃ。受け取ってくれないかのう」

「みぃー」


 みぃたんの首にかけられたソレは、なめし皮で作られた首輪に古語で書かれた呪文が型押しされているものだった。


「これって……?」

 エリカが問うとススは教えてくれる。


「これは幻影の魔法を半永久的に留めるものじゃ。これを外さない限りは、この魔従の魔法は解かれないだろう」

「ありがとうございます。どうしていつも色々親切にしてくれるんですか?」


 エリカはこの間もらった漆黒の貴石についてだってそうだ、と思いながら尋ねる。


「わしは、長い時を彷徨って人を見る目はあるつもりじゃ。お前さんだから色々を手をかしてやりたいと思えるのじゃよ。いずれゆっくり話をしよう。今はまだその時じゃない」

 そう言うとススは笑い、人ごみへと消えて行った。


「行っちゃった。……不思議な人だなぁ」


 エリカはしばらく見えなくなった人ごみの中を見つめていたが、依頼の届け場所のユベール商会を探すことにした。


「みぃたん、行こうっか?」

「みぃー」


 エリカと茶色の幻影をまとったみぃたんは町の雑踏の中に歩きだした。


 大通りをみぃたんの手綱を掴み進んでいくエリカは、リーラベルの魔従キャロの乗り合い駅前まで来ていた。

 さすがは貿易の盛んなりーラベル、中心街から少し外れたこの場所でも凄い賑わいを見せている。むしろ整然と小綺麗な店の立ち並ぶ中心街よりも所狭しと露店がひしめくマーケットの方が、ガヤガヤと野次が飛びかい一層の賑わいを見せていた。

 初めて見る魔従キャロのクーペやコーチに興味深々なエリカとみぃたんは辺りを見渡しながら、近づいて行く。馬車の魔従キャロ版か。


「おぉ、馬車みたい! みぃたん、お仲間だね?」

「みぃー」


 何しろ以前は森の中をひたすら彷徨い、野宿の日々だったし、小さなスビアコ村しかこちらの世界に来てから知らないので、リーラベルの町は見たことのないものの連続で楽しく、驚きに満ちていた。


「坊主、そんなぁにキャロックが珍しいかぁ?」

 クーペの御者台にのるおじさんから声をかけられる。

「キャロック?」

 エリカは首を傾げる。

「ああ、お前田舎から出てきたばかりなんだなぁ? これだよ、おいらが乗ってるやつだぁ」

 そう言い御者のおじさんは乗っているクーペを指差した。

「おじさんの乗ってるやつが、キャロックって言うんだね? 一つ勉強になったよ。じゃあ、僕用事があるからもう行くね。ありがとう」

「みぃー」

 そう言うとエリカとみぃたんは乗り合い場を後にした。


 エリカはジャックのお古のショルダーバックからリーラベルの地図を出し、ユベール商会の場所を調べる。

 スビアコに支店があったので看板はわかっているが、リーラベルのあまりの大きさにやはりウロウロと歩き回っただけでは、見つけられなかったのだ。


「うーんと、ここはキャロック乗り場でいいのかな? マーケットもあるし。ユベール商会は……と。あった! おお、良い場所に立ってるじゃん、中心街のロクビー通りにあるんだ。ここからだと……このマーケットを抜けて、左折して真っ直ぐね。よし、みぃたん行くよ?」

「みぃー」


 エリカとみぃたんは地図を広げながらユベール商会に向かう。

 なんとか若干迷いながらも無事ユベール商会にたどり着いたエリカは、みぃたんを近くの酒場の飼育小屋に賃金を払って預け、小包を手に店に入って行った。


 カランカラン


「すいませーん。お届け物でーす」

 エリカは真っ直ぐ店の奥に進み、カウンターへ向かうと、若い女性の店主に声をかけた。

「あら、ギルドの方ね。御苦労さま。はい、これは報酬の900パルよ」

 そう言って銀貨を18枚くれた。

「まいどー。確かに届けました!」


 依頼が終わってユベール商会を後にするとエリカはみぃたんを預けている酒場の飼育小屋へと向かった。


「みぃたん、終わったよ! 今、酒場のカウンターでご飯買ってくるから待っててね」

「みぃー」


 エリカは酒場のカウンターへと向かうとキャロ用の餌を買い求め、みぃたんの元へと戻る。


「はい、これ。食べてね?」

「みぃー」


 みぃたんはおいしそうにパキーナの実を食べ始めた。


「帰ったらネズーラもあげるからね?」

「みぃー」


 嬉しそうに目を細めるみぃたんを飼育小屋に残し、エリカも食事をしに酒場へと戻った。


「すいませーん、本日のお勧めおつまみの盛り合わせと、シャルトリューズ下さい」


 実は今日のエリカの楽しみの一つに酒場で酒盛りをすることが含まれていたのだ。

 いつもファミエール家の経営する酒場で居候させてもらっているエリカだったが、17歳位に若返ってしまったのに加え、さらには男装をすることになったので、年端の行かない少年に見えてしまうので、酒場で飲ませて貰えなかったのだ。

 実年齢は27歳と日本でもこのハウメアでも18歳の成人を迎えており、酒を飲むことに何の問題もなったが、偽りの身分では、スビアコのあの酒場では堂々とこんな風には飲めなかった。


「あぁ、幸せー。ハウメアのお酒ってすっごく興味があったんだよねぇ」


 大の酒好きのエリカには堪らないひとときだ。


「旨そうに飲むな。君はハウメアのお酒は初めてなのか?」

 ちょっとホロ酔いのエリカに、若い男の声が尋ねる。


 声の方を向いたエリカの視線の先には、ストールを頭から首に廻し掛けている旅人風の男性が映る。

 ストールで髪は隠れているが、綺麗な碧の瞳が印象的な整った顔をしている若い男性だった。


「ああ、こんなにおいしいお酒は初めてかも。僕はお酒大好きなんだけど、地元じゃああんまり飲ませてもらえなくてね」


 男性の目が鋭くなるが、ホロ酔いのエリカには気付かない。


「隣良いかな?」

 そう言うと男性はエリカの隣へ座った。


「まだ、どうぞって言ってないけど。まぁいいですよ、一緒に飲みましょう」


 酒のせいで何時もよりも陽気になっているエリカは隣の男性にも酒を勧める。


「かんぱーい」

「……楽しそうだな。俺も飲むか。乾杯」


 こうしてエリカと旅人の酒盛りは始まった。


「これでも僕27歳なんですけどねぇ。何か変な石に触ったら17歳位になっちゃったんですよ。聞いてます?」

「ああ、聞いているが、お前もうそろそろ飲むのやめた方がいいんじゃないのか?」

「何いってるんですかぁ! 夜はこれからですよ。前は朝までだって飲んでたんだから、この位平気です、全然平気……野宿生活と居候生活で酒断ちしてて肝臓なんて元気なものですよ。マスターお代わり!」

「とんだ酒乱につかまっちまったな。まぁ、最後まで付き合うか。店主、俺にもシャトルリューズをもう一本貰おうか」


 酒場の店主は苦笑しながら、酒を出す。気がつけば、客はエリカたちの他にパラパラといるだけになってしまっていた。


「で、あんたはリーラベルに何の用で来てるの? 見たところ旅人みたいだけど」

「俺は、ちょっとした観光さ」


 ふーんと、エリカは男の答えに満足していない様子だったが、酒盛り中なのであまり気にしていない。


「じゃあ、お前は何してるだよ。この町に住んでるのか?」

「ああ、僕はギルドの依頼で届け物をしに来たついでにリーラベル見物とちょっと飲みに寄っただけだよ」


 エリカの答えに男は怪訝な顔をする。


「ちょっと飲みに来ただけって、こんなに飲んでちょっととか、お前の酒の強さどうなってるんだよ」

「えへへ。ちょっとだけ飲んだくれかな?」


 エリカが笑ってごまかすと、男はハァーっと大きなため息をつき首を振る。


「こいつは関係なさそうだな。ただの不思議なやつか」

「ちょっと何ぃー? なんか悪口言ったね、僕のこと」

「何でもない、こっちの話しだ。まぁ、飲もう。乾杯」


(何か誤魔化された気がするが、気のせいか?)


 エリカはまぁいっかと乾杯をする。

 こうして二人の酒盛りは延々と続き、夜は更けていった。


 ☆ ☆ ☆


 チュンチュンチュン

 外で鳥のさえずりが聞こえる。


「んー、頭痛い……へ?」


 そう言い目を覚ましたエリカの横には金髪の髪の毛が煌めいている。何故か見知らぬ男性の腕の中で目を覚ましたエリカは、状況が理解できなく口をパクパクとさせている。


「キャー!」


 一呼吸置いてからエリカが叫ぶと、もぞもぞと金髪の頭が動いた。


「あ、大声出すな……頭が割れそうだ」

「なんで、なんで一緒に寝てるの? あんた誰?」


 パニックになっているエリカに見知らぬ男はベット脇に落ちていたストールを被って見せると、昨日一緒に飲んでいた男性だった。


「あんた、そっちの趣味の人だったんだ。僕を無理やりベットに連れ込むなんてっ」

「……おい、誤解だ。あいにく俺は女好きだ。それに酔いつぶれたお前を運んできて俺の宿に泊めてやったんだぞ。文句は言うな。ソファに寝かしていたのにベットに入って来たのはお前だろ。ったく困った野郎だ」

「……え、あ、大変申し訳ありませんでした。あの、他に粗相はありませんでした……か?」


 恐る恐る尋ねるエリカにショルダーバックを指差して言う。


「お前の分の代金は、勝手に鞄の中の財布から払っておいた。確かめとけよ」

「す、すいません……」


 久しぶりのお酒にちょっと飲みすぎてしまったみたいだ。


「はぁ、まぁ昨日は楽しかったから、あんまり気にするな。俺は二日酔いだからまだ寝る。お前もソファで少し寝て行けば?」


 そう言う言葉に甘えてエリカは少しソファで寝て行くことにした。飲酒運転はいかんよね、魔従キャロに乗るのでも。


「あの、こんなにお世話になっておきながら、自己紹介がまだでした。僕はエリック・カスティリオーニと申します」

「……カスティリオーニ?」


 不思議そうな表情でエリカの瞳を覗き込むと、ふっと笑う。


「エリック。どうやらお前とは縁があるらしい。俺はウィル・アークライトだ。よろしく、エリック」


 ウィルはそう言うと、にやりと笑った。

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