14 小銭稼ぎ
「ジンのおっちゃん、何かお勧めの依頼ない?」
エリカはカウンター越しにジンにお勧めの商人ギルドの依頼がないか尋ねる。
エヴァとの魔法演習というなの酒場の裏方手伝いが一段落したエリカは、暫しの開いた時間を使って小金稼ぎをしようと依頼を受けに来たのだ。
こういう時って、住んでる所が酒場とギルドっていうのは、都合がいいと思う。少しでも空いた時間を使って色々な情報を集めることができるからだ。
「これなんかどうだ?」
ジンがそう言って差し出した依頼書は、バスティ山麓の町リーラベルまで小包を届けるというものだった。
リーラベルと言えば、エリカがこれから通う学究院のあるところだ。
魔法や武術はエヴァとジンという強力な家庭教師がいるので、これ以外の基礎教育を受けに定時制の学部に進む予定だ。
こちらの世界ハウメアではどのような学問を一般的に基礎科目というのかはわからないが、エリカとしてはハウメアでの一般常識やこの世界の歴史などなにも知らないので、それだけでも学びたいと思っている。
「リーラベルに届け物? おぉ、それ受けたい! 学校始まる前にリーラベルに行ってみたかったんだよね」
「じゃあ、依頼受諾で契約成立でいいな?」
そういうジンの言葉に頷き、エリカは手を差し出す。ジンは差し出されたエリカの手の平の上で呪文を唱え、依頼書はエリカの手の中へと消えた。契約成立だ。
「あぁ、それとエリック、お前のその変装じゃあ、まだまだ男として通用しないぞ。エヴァにその辺頼んでおいたから、出発する前にエヴァの部屋に行け。いいな?」
「え? これじゃダメなの? あーあ、結構様になって来たと思ってたのになぁ」
まぁ、酒場に入ってすぐにジンには『お嬢さん』と言われ見敗れた格好のままほとんど変えていないので、そう言われてしまってもしょうがないのだが……この国ヴァレンディア王国では女の人は肌を晒さないように長いスカートのワンピースのようなドレスを着るのが普通なので、男性が着るようなブリーチズを履くエリカのことを女性だと思う者はいないと思っていたのだ。
この村スビアコでもエリカがエリックとして暮らしていても女性だと見破る者がいなかったのも、エリカの自信を助長させる原因となっていた。
「ただ、男物の服を着て男言葉を使っただけで、見破られないと思っているあたりが危なっかしいんだ」 ジンにそう言われてしまい返す言葉もないエリカ。
「……」
(ごもっともな言葉です、正論だよ、ジン)
「わかった。エヴァのところに行って教授してもらう」
エリカはそう言ってヒラヒラと手を振り、カウンターを後にした。
☆ ☆ ☆
エヴァの部屋を訪ねたエリカを迎えたのはヴィンセントに良く似たハンサムな壮年の男性だった。
「えーと、どなたですか?」
部屋を間違えたのか、それともまずい場面に出くわしてしまったのか……エヴァの部屋に夫のジン以外の男性がいるのは拙いんではないだろうか。
その男性を見たまま大きな口を開けたまま固まるエリカを見て、目の前の男性が声をあげて笑う。
「エリック、どうしたの固まっちゃって。私、エヴァよ」
エヴァだという目の前の男性の言葉にやっと身動きするエリカだったが、あまりにも目の前の男性が逞しく、女性の鏡のようなエヴァとのギャップに驚きを隠せない。
「エ、エヴァなの? 本当に?」
そう聞くエリカにエヴァはもう爆笑だ。
「うふふふふ……こんなにだまされやすくて素直な子ね。面白い」
この話し方はエヴァだ、とやっと確信に至るエリカ。
「エヴァさん? わぁ、まじびっくり。男の人にしか見えないよ」
そう言うエリカにエヴァはにっこり笑って、のたまう。
「さぁ、なんでここに来させられたかわかっているわね?」
なんとなく後ずさるエリカをエヴァはギュッと腕をつかまえる。
「逃げないの。エリック貴方を一人前の男にしてあげる」
いやに色っぽいもの言いだが、男装しているエヴァに言われると、逆に引くというか、危ない扉を開けてしまった気になるのは気のせいだろうか……。
「凄く遠慮したいところだけど……よろしくお願いします」
しかたなくエヴァから教授を受けることとなったエリカは、エヴァの男装の技術に舌を巻く。
「凄い! なにこの技」
エヴァから一通りの技術を教えてもらい、その技を使って男装した自分の姿を見たエリカは、鏡に映る姿に唖然とする。これなら誰も疑わないだろう。
さすがに17歳の姿であるエリカには年相応の青年の姿になることはできなかったが、どうみても少年に見えることは間違いない。
エリカの細い腰を隠すように、腰回りを覆うように特殊な布を巻きつけ魔法で固定する。胸も押しつぶすように同じように特殊な布で固定する。
野外生活で大分痩せたので、胸もお尻も小さく隠すのは簡単だった。
その上からチラリと見えただけでは見破られないように幻影の魔法をかける。
エヴァから毎日みっちりと魔法を仕込まれているエリカではあったが、幻術はとても複雑で、この講義だけで完全に自分でかけられるようになるのは無理だった。
これから毎日エヴァの下この幻術をかけ男装するように言われた。とりあえず今日はエヴァが魔法をかけてくれる。
体系は少年のそれになったが、エリカの長い腰まである髪を見て、エヴァは首を傾げる。
「その髪どうしようかしらね?この国では女性はみんな髪が長くて、男性は短くするのが一般的なの。貴方とっても綺麗な髪をしているから切るのはもったいないけど……」
そういってエヴァはエリカの長い髪に手を触れる。
「切っちゃってもいいよ」
エリカはそう言うが、エヴァはまだ迷っているようだった。
「私はとても強い幻影の魔法をかけることが出来るけど……貴方が入るのがあの魔法騎士団だから、見破られないとも言いきれないのよね」
うーんと迷っているエヴァを横目にエリカはざっくりと風の魔法で髪をそぎ落とす。
まだ、上手く魔法を操れないエリカの左頬には、薄らと血の滲んだ痕が残った。
「……!」
なにもそこまで短く切らなくても……とエヴァはエリカの短くなった髪を見て顔をしかめた。
エヴァはエリカの左頬に左手をかざし、古語で呪文を呟く。
エリカが触ってみると、頬の傷跡はざらりとした瘡蓋になっていた。自然に剥がれる頃には、傷は跡かたもなくなくなっているだろう。
「髪は伸びるからいいよ。僕としても女だってばれて男ばかりの騎士団で、トラブルに巻き込まれても嫌だし」
エリカはそう言うと、すっきりとした笑みをもらした。
「そう、その意気よエリック。でも、この髪はもったいないから鬘にしておくわね」
エヴァはそう言い、エリカの切り落とした髪を大事に木箱に入れてしまった。
「そしたら、もう行くね、エヴァ」
エリカは完璧な男装にさらにだてメガネをかけ、リーラベルへと向かった。