11 契約
「じゃあエリック元気でな。お父さん、お前に会えるの楽しみにしているぞ。うぅ……」嗚咽を漏らしながら、ヴィンセントは別れを告げる。
今後のことを相談しながらのゆったりとした昼食が終わり、ヴィンセントが王都へ帰る時間となった。 たった半日しか一緒に過ごしていない養子とした息子――ほんとは娘だけど――にここまで悲しそうに別れを告げる父親はヴィンセントをおいて他にはいないだろう。なんて純真な人なのだろう。――家族限定みたいなようだが。ジンやエヴァ達がからかうのがわかる気がする。反応が面白いのだろう。
それにしても一年後エリカが魔法騎士団に入団するまで会えないなんて、よっぽどヴィンセントは団長の仕事が忙しいのか。それとも王都が遠いのか……。それは追々調べてみよう。
「ヴィンセントお父様、遠路気をつけてお帰りください。次会う時には団長とお呼びしますね」エリカがそう言うとヴィンセントは少し寂しそうな顔をしてこう言う。
「休みの日はお父様と呼んでくれ」
半分冗談だったのに……真面目に返されてしまった。
「気をつけてね、兄様」
「おじ様、気をつけてお帰りになってね?」エヴァとふざけてクリスティーヌになりきっているジャックも見送る。
「おい、行くぞ」
ジンが濃紺のローブでフードを目深に被った格好で、部屋に戻ってきた。ヴィンセントを外に促すと、ヴィンセントも灰色のローブのフードを被る。
どこか人目を気にしているような姿に唖然としていると、ヴィンセントが苦笑して言う。
「これでも王都の魔法騎士団の団長だからね。こんな辺鄙な村にお忍びで来ているなんて知られたら困るんだよ。しかも仕事サボって来ちゃったし……」
(サボりって何しに来たんだこの男は。まさかエヴァに会いに? シスコン……)
「へー」すっかりエリカにもヴィンセントのシスコンぶりは、ばれていた。
「おい、早くしろ」ジンがヴィンセントを隣の飼育小屋へと促す。
「あんまり目立ちたくないんだ。見送りはいいから……」ヴィンセントはエリカにそう言うと「じゃあ」と隣の飼育小屋の中へジンに伴われて消えて行った。
飼育小屋には茶色の魔従キャロが数匹いる。みぃたんも今朝からそこにいるが、ヴィンセントはキャロに乗って行くのだろうか。そんなことを考えながらエリカはヴィンセントとジンの背中を見送り、酒場の閉じられたドアを見つめた。
「エリック、片づけを手伝って頂戴。魔法の勉強をしながら片づけるわよ?」エヴァが声をかける。
「はーい」
いったい食べ終わった食器の片付けと魔法にどんな繋がりがあるのだろうか。居候の身の上だから、むしろこき使うくらいいっぱい働かせて下さいとエリカは思った。せめて食費くらいは稼いで渡したいなと思い、エリカはエヴァに相談する。
「エヴァ。僕、食費くらいは入れたいなと思ってるんだけど……」
そんなエリカの言葉にエヴァはキョトンとした顔をしてこう言う。
「あら、話してなかったかしら? 一年間貴方のここでの生活の面倒を見る代わりに、私たちは貴方の来年の一年間をもらうわよ。来年の一年間は私たちの為に働いてもらうわ。魔法騎士団で」
(さらっと凄いことを言ったような……そんなこと聞いていない)
「……」
エヴァの言葉に絶句しているエリカに向かってエヴァは続ける。
「結構まっとうな取引だと思うけど。ここでの生活の知恵も私たち家族が教えるし、学校にも通わせてあげるわ。一年でこの世界で生きていけるようにしてあげる。その代わりに一年間を私たちのために働いてほしいだけよ。はい、コレ」
エリカはエヴァから渡された羊皮紙を受け取ると、その内容に目を通す。
ギルド 特別依頼書
依頼内容:ファミエール家の為に一年間魔法騎士団に入り働くこと。詳細は追って伝える。
報酬:1000000パル
依頼人:ファミエール家
何だろうこれは? ギルドって何だろう。契約書のような羊皮紙をいきなり見せられ目を通した。
エヴァが今言ったエリカの生活の面倒をみるかわりに、交換条件として魔法騎士団とやらで一年間働く……?
これがまっとうな条件なのかどうかもわからないのに決めてしまっても大丈夫なのだろうかと脳裏をよぎる。ジンとエヴァは身元もわからないエリカを受け一泊させてくれ、仕事も件付きで与えてくれた。それは感謝している。でもそれはこのためだったのだろうか?
「他の人にも募集してるの?」エリカは私ではなくても良いはずではと思い、エヴァに尋ねた。
「そうね。条件が当てはまる人が依頼を受けてくれればファミエール家としてはよいのだけど。……残念なことにその条件にある人がエリック、あなたを除いてはいなかったのよ」
「条件? それって……」
「息子のジャックと共に潜入捜査ができるスキルよ」
(もしかしなくても、それは女装スキルですか……?)
「えーと、それはもしかしてクリスティーヌがジャックだから……女装してどこかに潜入する捜査をしなきゃならいっていうこと?」
(あぁ。それならば高額な報酬につられて依頼を受けたとしても、屈強な男性たちは無理な条件に弾かれてしまう。成程、それで条件に合うものがいなかった訳だ。でもそんな条件どこにも書かれていないけど……)
エリカは条件を書かずに募集したからピッタリの人物が集まらなかったのではとエヴァに詰め寄った。
「条件が書いていないようだけど、だから集まらなかったんじゃないですか?」
「最初は書いていたんだけど、うちの息子と一緒にという条件を見て敬遠されてしまったのよ。あの子の女装に対する情熱をこのあたりの人は嫌というほど知っているからかしら」
(……ジャックだめじゃん。あいつのせいか)
「あぁ、それはなんかわかる気がします」エリカは遠い目をしてそう言った。
「でも、エリック。あなたならあの子の合格が出ると思うの」
出なかったら女としてどうなんだろう。それは悔しすぎるとエリカは思うが、ジャックの女装、クリスティーヌの姿を見ているだけあって、高い完成度を求められるのだろう。もしかしたら結構ヤバいかもなどとも思った。
「でもこの依頼は必ず受けてもらうわよ? ソレじゃないとこの世界での生き抜き方の授業料と、学校代、この家の宿泊費として、1000000パル頂くわ」
逃げ道を塞がれてしまったエリカは、依頼を受けることとなった。――ほぼ強制的に。
(これってある意味押し売りの詐欺だ。ファミエール家恐ろしい)
「わかった。でも一年たったら自由でしょ? それはちゃんと保障して下さい。約款に書いておいて」
「それは保障すると約束するわ」
エヴァは依頼書の羊皮紙の上にエリカの手を重ねさせ、何か呪文のようなものを呟いた。すると羊皮紙はエリカの手の中に吸い込まれていった。手には目に見える変化はないが、なんだか気持ち悪い。
「これで正式に契約成立よ。よろしくエリック」