10 義従兄妹
何だ、あんなに色々探していたみぃたんが、酒場の隣の飼育小屋にいたなんて、意外と灯台もと暗しだった。
みぃたんのことは、ちゃんと話していなかったから、午前中に紹介しようと思っていたのだ。
ジンやエヴァに理由を話して出かければ良かったかもしれない。そうすればこんなすれ違いはなかったはずだ。
今度からそうしよう――等と、エリカは熟々と考える。
「ねぇ、わたくしたちイトコになったんだから、もっとおしゃべりして仲良くなりましょうよ」
自称クリスティーヌの言葉がエリカの彷徨っていた思考を現実に呼びもどす。
「え?……あ、イトコ?」
エリカがヴィンセントの息子になって、ヴィンセントとエヴァは兄妹みたいだから……そうか、このクリスティーヌはエリカのイトコという関係なのか――。
「そう、イトコ。よろしくエリック」
ぞわっするよるような色香を漂わせて微笑するクリスティーヌ。何か一瞬おしとやかな美少女の仮面がとれた気がしたのだが、気のせいだろうか……。
「よ、よろしく。クリスティーヌ」
エリカの女の部分がクリスティーヌの色香に反応する。なんだセクシー垂れ流しな美人……うらやましい。
危ない危ない、この人の前では女だって絶対ばれないようにしないと。なんだか人たらしの気配を感じる。
「ねぇ、わたくしたち本当のイトコみたい。結構似ていると思わない?」
自称クリスティーヌがエリカの顔をじっと凝視して言う。
「な、何で? 全然似てないと思うけど……クリスティーヌさんみたいな美人さんに似てたら嬉しいけどさ。僕、もうちょっと男らしくなれたらなぁー……なんて」
(あんまりじっと見ないでほしい。女だってばれたら困るし)
エリカはクリスティーヌから顔を逸らしながら、だてメガネを無意識に触る。
「やっぱり似てますわ。菫色の瞳がお揃いですわね?」
エリカの背けた顔を覗き込むように、見つめてくるクリスティーヌと目が合い、エリカはなんだか赤面してしまう。
「かわいい。小さい顔。本当、女の子みたいですわね? エリック」
エリカを見つめ、クリスティーヌはクスリと笑った。
☆ ☆ ☆
「お父様、お母様、ただいま帰りました」
酒場に帰って来たエリカとクリスティーヌは、盛り場を通り越して居室部分の奥の部屋に入る。
「ああ、ジャックありがとう。エリック、遅かったから迷ったのではないかと息子を迎えに行かせたが会えたようだな」
ジンはふっと笑って、顔が引き攣っているエリカに手招きをする。
ジンに手招きされ、何だろうと怪訝に思いながら、エリカはジンの方へ歩く。
「俺の息子は、かわいい女みたいな姿をしているが、ああ見えて危険な男だ。絶対、女だってばれるんじゃないぞ。ジャックは女ったらしなんだ」
エリカの耳元で、本人には聞こえないようにコソコソと耳打ちする。
やはり男の娘だったか……とがっくり肩を落とすエリカ。
しかもそっちの趣味の人ではなく、女ったらしですか……なんで女装しているんだあの人、まぁ似合ってるんですけど、むしろ女として負けているような気がするんですけど……はぁ。
ジンとエリカがコソコソと何やら自分のことを話しているらしいと察したクリスティーヌ改めジャックは、じろりとこちらを睨み、腰までの長く美しい黒髪の鬘を外す。薄茶色の短髪になったジャックはさすが美人、イケメンだ。
「あーあ、もうバラしちゃうんだからな、父上は。俺はジャックだよ、改めてよろしくエリック。年も近いみたいだから、仲良くしような。弟が出来たみたいで嬉しいよ」
ジャックは妙に色気のある顔で二コリと笑い、エリカを軽く小突いた。
「お、帰って来たかエリック」
ヴィンセントが部屋に入って来る。
「お帰りなさい、エリック」
エヴァも一緒だ。
「朝食もまだだったでしょ? これからお昼にしましょう」
エヴァはテーブルに手をかざし指をならすと、湯気立つ良い匂いのおいしそうな料理が並んだ。魔法だ。本当にどうなっているんだろう。
うーん、おいしそうな匂い。
でも、ご飯の前にやることがある。みぃたんに会いたい。
「あの、僕の友達のキャロみぃたんに会いたいんだ」
そう言ったエリカの方をジン、エヴァ、ヴィンセント、ジャックの四人が見る。
「やっぱりあの魔従がお前の言ってたもふもふの友達だったか」
ジンは、何とも言えないような微妙な顔をしている。
「あの子なら隣の飼育小屋にいるわ」とエヴァ。
ほっと胸を撫でおろし、みぃたんは、なんだか四人が妙な雰囲気を醸し出しているのに気付く。
「ご飯の前にちょっとだけ会いに行ってもいいかな?」
とエリカが尋ねると、みんなそろって一緒に行くと言い出した。本当にどうしたんだろう。
「真っ白いキャロなんて俺、初めて見たんだけど」
こそこそとジャックがジンの脇腹を肘打ちし囁く。
☆ ☆ ☆
「みぃた~ん!」
昨夜ぶりにみぃたんと再会したエリカは、思わずもふもふの真っ白いふわふわの体に抱きつく。うーん、ふわふわしていて気持ちいい。
そんなエリカを遠巻きに、しかし凄く羨ましそうに見ている。
(ん? みんなどうしちゃったんだろう?)
「エリック、お父さんもその魔従に触ってもいいか?」
ヴィンセントがエリカに切り出す。
「お父様、もちろんいいよ。みぃたん、良い?」
エリカがみぃたんに問う。
するとみぃたんは今までエリカが見たことのないツーンとした態度をとってそっぽを向く。エリカに懐いている態度とは大違いだ。
もしかしてツンデレですか、みぃたん?
それで、エリカはあの妙な雰囲気の意味がわかったと思った。もしかしてみんなみぃたんに懐かれようと苦心していた……?
(みぃたんのツンツンしているところなど初めて見たよ。意外な一面発見だね。でも自分だけにデレデレ懐いてるのってなんだかちょっと気分が良いかも)
「みぃたん? ヴィンセントはわたしのお父様になってくれた人だよ。ほら、こんなに仲良し」
エリカはヴィンセントにぎゅうと抱きつき、仲の良い様子をみぃたんに示す。
「エリック……お父さんは、お父さんは、お前みたいな良い息子ができて本当にうれしい……」
うっすら赤くなりながら、破顔しているヴィンセントは、もはやみぃたんよりも、エリカが抱きついたことに感動している様子だ。
「みぃー」
そんなエリカとヴィンセントの様子をみてみぃたんもヴィンセントに対するツーンとした態度を軟化させヴィンセントに触らせることを許す。
「俺も仲良しイトコだよ」
と、どさくさに紛れてジャックも抱きついて来たが、身の危険を感じ、ひらりとかわした。
油断も隙もないやつだ。
最初は四人に対してツンとしていたみぃたんも、エリカと皆が打ち解けている様子をみて、だんだんと懐くようになってきた。
「良かったね、みぃたん。僕もみぃたんもここでしばらく暮らせるんだって」
みぃたんにそう語りかける。
「改めて皆さん僕と魔従キャロのみぃたんをよろしくお願いします」
エリカはそう言って、皆に頭を下げた。
「あぁ、よろしくな」
「よろしくね、エリック、みぃたん」
「よろしく、息子よ、白いの」
「よろしくー」
☆ ☆ ☆
みぃたんを飼育小屋に残し、酒場の居室に戻る。
昼食の後は、いよいよ新たな生活が始まる。
しばらくは、酒場の手伝いと、併設されている商人ギルドの簡単な依頼をこなし、この世界に少しづつ慣れていくことから、始めようか――と食事をしながら話し合い、相談して決めた。
ヴィンセントは魔法騎士団の仕事がある為、昼食後、王都に戻ってしまうらしい。忙しいらしく今度会えるのはエリカが魔法騎士団に入る一年後になりそうだ。