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第六章 交響詩「フィンランディア」

文化祭をむかえて。

文化祭の日は、朝から音がしていた。

廊下の足音。楽器ケースのぶつかる音。誰かの笑い声。

それらが混ざって、ひとつの大きなざわめきになっていた。

体育館の舞台袖は、少し暗かった。


そこだけ、時間の流れが違うように感じた。

譜面台。椅子。楽器。

並んでいるものは同じなのに、空気だけが違っていた。


指先が、少し冷えていた。

スティックを握り直すと、木の重さがやけに意識された。


シベリウスの《フィンランディア》は、最初はとても静かだった。


木管の細い音が、空気の表面をなぞるように流れていた。

打楽器は大人しい。

その間、自分はただ待っていた。

数える。呼吸を合わせる。指揮を見る。

息を吸う音が、やけに大きく聞こえる。

それだけの時間が続いた。


音は少しずつ厚くなっていった。

最初は気づかないほどの変化だった。

けれど、確実に何かが膨らんでいた。

舞台の上の空気が、少しずつ重くなるのが分かった。

その中心に、指揮の先生がいた。


タクトの動きは、最初は小さかった。

やがて大きくなり、音を引っ張るようになった。

そのたびに、体の中のどこかが遅れていく感じがした。

見ているうちに、それ以外のものが見えなくなっていった。


視界の端が少し揺れていた。

音だけではなく、その流れそのものに引き込まれていく感覚だった。

そして、その瞬間が来た。


合図ははっきりとは分からなかった。

ただ、身体のほうが先に動いた。


ティンパニを叩く。


一打目が、少し遅れた気がした。

二打目で、ようやく音の中に入れた。

流れるように叩き続ける。


音が出たというより、何かが破れたようだった。

腕が、自分のものではないように動いていた。


そのあとは、よく覚えていない。

音の中にいた。頂点だ。


気づくと、曲は終わりかけていた。

指揮のタクトが、ゆっくりと止まる。


その瞬間、すべての音が静かになった。

静けさは、急に来た。

拍手が始まるまでの間、少しだけ時間があった。

その空白が、妙に長く感じられた。


手の中のスティックだけが、まだ熱を持っていた。

その中で、自分がまだ舞台の上にいることだけが分かった。


拍手が大きくなっていく。

けれど、その音は遠かった。

ただ、さっきまでの音の中に、自分がいたという感覚だけが残っていた。


それが何なのかは、うまく説明できない。

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