第3話・見守る大人の心情は ~最悪だけれど正しい導き~
第2章 幻影人形が穿つのは
第3話・見守る大人の心情は ~最悪だけれど正しい導き~
ディオネラが知る、アインという子供はとても優秀ないい子ではあるが、必要以上に怯えている子供だった。
保護されてまだ間もない、ほんの一週間ほどで呪師としての修業を課された記憶を持たない幼い子供。
いつも何かに怯えていて、周囲の顔色を、些細な感情の変化を、敏感に察知しては身を竦め、謝罪の言葉を繰り返す。
口癖のように「ごめんなさい。」と謝って、「分かりました。」と何でも受け入れる。
自分の気持ちなど、欠片も見せることなどなくて、求められるままに、与えられたものをただ黙って受け入れるだけ。
そこまで緊張しなくても良いし、自分の気持ちを伝えて良いのだと何度言っても「はい。」と頷くだけで改善される様子がなかったというのに……
(この二か月ほどの間に、一体何があってこんな……!)
素直に感情を見せるようになったのか?
いや。今日、久しぶりに皇宮で会ったアインは、それまでと変わった様子は一切なかった。
いつもと同じようにこちらの様子を気にかけていて……
(……ラント呪師の前でだけ……? ですか? あの変化は?)
気づく。
インスの姿を目にした直後に、アインの雰囲気が一瞬で変わったことに。
そうだとしたら……
(……ラント呪師は、それもすべて分かった上で、こんな……)
自分を対価に差し出すような訓練を強行したのかと。
背筋に冷たい汗が伝う。
「……あのバカ……っ」
ディオネラから、アインという子供が普段はどんな様子なのかを聞いたウスニーもまた、険しい表情で小さく吐き捨てた。
幻影人形による攻撃を受けた際、ダメージ判定として精神的なダメージを受ける。
何度もダメージを受けると、幻のようで本物の痛みが精神的な疲労として蓄積し、限界を超えると強制的に意識を奪い取る。
それが基本的な構造ではあるのだが、まれに、戦闘不能で気絶するのではなく、死亡判定を受けるようなダメージを繰り返されると、意識を遮断して、それ以上の『痛み』を感じることなく疲労の回復に移ることができず、ずっと『痛み』を受け続けることになってしまう。
当然、そんなことを繰り返せば精神に異常をきたし、最悪の場合は心が壊れて廃人となる。
その危険を、もちろんインスはよく知っている。
むしろ、だからこそ敵性対象を自分自身に指定した。
そんな痛みをアインに体験させないために。
それでなくても、心に深い傷を負って、壊れかけている……いや。もしかしたら、既に壊れてしまっているのに、体内に潜り込んだ神剣によって、無理やり繋ぎ止められているだけかもしれない幼子の心を、これ以上壊さないために。
けれど……
(アインのインスへの依存が、そこまで深いならむしろ逆効果だ! 先にわかっていれば何としてでも止めていたのに!!)
内心で舌打ちするが、すでに手遅れ。
ことは始まってしまっていて、インスはもう、アインを地獄の底に叩き落としてしまった後。
(最悪アインを自我の喪失にまで追い込む可能性があるとは言っていたが……もっと他にやりようはなかったのか! あのバカが……!!)
現状を見れば、インスがそういった理由も分かると言うもの。
それはそうだろう。
誰よりも、というより、唯一無二の拠り所となっているインスが、その信頼と敬慕を、逆手にとって地獄に落とすのだから。
「……けれど、これが、正解……なのでしょうね……」
痛まし気に眉を寄せて、目を背けたい気持ちを意志で押さえ込んで、二人の様子を見つめるディオネラの囁くような言葉に、ウスニーもまた無言で頷く。
頷かざるを得ない。
アインが、今後も攻撃魔法を使うためには、どんな状況になっても心を揺らさず……少なくとも、使う魔法に影響を与えない程度には平静を保てるようにならなければいけない。
追い込まれ、半ば無意識で使った結果、我に返った瞬間に精神崩壊を起こしそうになったのが先の事件の時。
あの時、魔族によって意識を刈り取られなければ、アインは既に自我を喪失していた可能性が高い。
偶然なのか、狙ってなのかまではわからないが、魔族がアインの意識を刈り取り、心や精神を結晶化させたものを身体から抜き出して……ある意味、心を隔離した結果、今はまだアインは自我を保っている。
アイン自身は覚えていないが、凄惨な悪夢を繰り返し見てもいるらしいのに、正気を保っていられるのは、一度そうやって完全に心と体が分かたれたから、一つに戻った時に、体内の神剣が完璧に保護したのだろう。
そうでなければもっと悲惨な影響が出ているはずだ。
だから今回。インスはアインに本当の意味で自分自身で選択し、決断させようとしている。
同じ状況を再現するために、わざわざ誘拐された呪師の家柄の子供たちの姿かたちを調べ上げて、該当の子供と一致していることを確かめた上で、全く同じ、そっくりそのままの幻影人形を作り出した。
アインが、どれだけ覚えているかはわからないが、わざわざ『室内』訓練場で、抱き着いてきたアインの代わりに、インスがアインを抱きしめて。
そっくりそのまま、瓜二つの幻影人形を作り出して……あの日と同じように『自分』を殺させようとしているのは、アインに本当に選択をさせるため。
ただそれだけ。
震えて、怯えて、息も絶え絶えになっているアインが、最初からうまくできるとは誰も考えていない。
だから、ウスニーは一つだけ、インスに条件を飲ませた。
この一つが飲めないのなら、今回の話は無しだ、ときっぱりと切り捨てた。
その条件をインスが飲んだから、今はまだ、ウスニーもディオネラも黙って様子を見つめている。
説明を終えたのだろう。
あえてどうなるのか。その詳細を語らぬままに、インスが訓練の開始を強行した。
第2章第3話をお読みいただきありがとうございます!
インスがアインに課した「幻影人形」を使った授業。
今回は、その魔法がもたらす恐ろしいリスク(ダメージ判定)と、インスがあえて攻撃対象を自分自身に設定した真意が大人たちの視点から語られました。
これ以上アインの心を壊さないためのインスなりの配慮でありながら、アインにとっては最も残酷な猛毒となる矛盾……。
見守る大人たちも痛ましさに目を背けたくなる状況の中、インスは容赦なくあの日と同じ「絶望の完全再現」をスタートさせます。
次回もお楽しみに!
【第1部はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~【第1部・レッド・フレイムの呪い】
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【第2部はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~【第2部・レッド・フレイムの残照】
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【番外編・第1弾はこちら】
皇宮呪師は護りたい!聖皇国列伝秘聞①~悪夢の海で瞑る翳・代償と贖罪の狭間で望まれる~
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【番外編・第2弾はこちら】
皇宮呪師は護りたい!聖皇国列伝秘聞②~滞留するのは魔力の残滓~
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【番外編・第3弾はこちら】
皇宮呪師は護りたい!聖皇国列伝秘聞③~重なり合うのは悪意の欠片~
(https://ncode.syosetu.com/n5078lu/)
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ノリト&ミコト




