来られないのではなく、来なかったのですね
華やかな夜会会場で、アロン伯爵令嬢のセレニアは、一人壁際に佇んでいた。
セレニアの波打つ豊かな金髪が、シャンデリアの明かりに照らされキラキラと輝いている。憂いを帯びた青い瞳は、どこか儚げでつい守ってあげたくなるような雰囲気を漂わせていた。
いつもは、セレニアの両親や兄がそばにいて、明るい笑顔で社交界の中心にいる。そんな彼女が、今は暗い表情で身を潜めるように会場の隅にいた。
(ギル様……。今日も来られないのかしら?)
彼女をエスコートするはずだった婚約者ギル・ガルツ男爵令息は、いつまで待っても夜会会場に姿を現さない。
楽しそうに過ごす他の貴族たちをぼんやり眺めていると、「アロン伯爵令嬢」と声をかけられた。目の前に銀髪の青年が佇んでいる。セレニアに向けられた紫色の瞳は、とても優しい。
「ハウエル侯爵令息様」
「アルバートでかまわない。君の家族は一緒じゃないのかい?」
「今日は、婚約者と参加する予定だったので……」
「その婚約者殿は、どこに?」
「まだ来ていません。きっと忙しいのでしょう」
セレニアの言葉に嘘はない。ギルは、寝る間を惜しんで、魔術の研究をしているのだから。
「なるほど。高名な魔術師様は、ほんの少し夜会に参加して、婚約者をエスコートする時間すらないのか」
「……」
うつむくセレニアに、アルバートが手を差し出す。
「私でよければ、忙しい婚約者の代わりに君をエスコートさせてくれないだろうか?」
戸惑うセレニアに、アルバートは穏やかに微笑みかける。
「私に婚約者はいない。まだ婚約する気はないんだ。それなのに、この美貌だろう?」
冗談っぽく笑うアルバートにつられて、セレニアの口元にも少しだけ笑みが浮かんだ。
「私に好意を持っていない君が一緒にいてくれたら助かる。人助けだと思って、ね?」
それでもセレニアは、その手を取らなかった。
「ごめんなさい。私は、ここでギル様を待ちます。そのお誘いは、どうか別の方に」
「そうか……」
そうつぶやいたアルバートは、それ以上、話しかけてこなかったが、セレニアのそばを離れる様子がない。不思議に思っていると「私もここにいたい気分なんだ」と言われてしまう。
結局、その日は最後までギルが夜会に来ることはなかった。この日だけではない。ギルは、セレニアと参加する予定の夜会に参加せず、婚約者としての義務を怠っている。
それをセレニアは、悲しいとは思うが責めるつもりはなかった。
ジクジクと痛む胸を押さえながら、セレニアは馬車に乗り込んだ。
(仕方がないわ。だって、この婚約は、私のわがままで成立したものだから……)
*
セレニアが、ギルに出会ったのは、今から十年前のこと。
子どものころのセレニアは病弱で、すぐに熱を出してしまっていた。
食も細く、ベッドの上で過ごすことが多い日々。
その日も、高熱を出してベッドでうなされるセレニアを、両親と兄はとても心配していた。
医者曰く、このまま熱が下がらなかったら、危ないとのこと。
涙を浮かべる夫人と兄の肩を、アロン伯爵が抱き寄せる。
「大丈夫だ。セレニアは大丈夫」
二人を励ますその言葉は、自分自身に言い聞かせているようでもあった。
朝方になるとようやく熱が下がった。うっすらと瞳を開けたセレニアを、父と母が慌てて覗き込む。
「大丈夫か?」
「何かほしいものはないかしら?」
セレニアは、うつろな瞳で「……見たい」とささやいた。
「なんだって?」
「何が見たいの?」
「虹が見たい。絵本にあった、あの……7色のきれいな」
ゆっくりと目を閉じたセレニアからは、スースーと寝息が聞こえてくる。
「虹なんて、どうしたら……」
そうつぶやいた夫人に、アロン伯爵は真剣な目を向ける。
「魔術だ。魔術師を探そう」
夫の言葉に、夫人の顔は青ざめていく。
「魔術師だなんて……。恐ろしい」
この国では、魔術を使える者達は疎まれ蔑まれる存在だ。それは、数十年前に魔術師たちが引き起こした凄惨な事件が原因だった。
事件後に多くの魔術師が処刑されたことによりその数は減り、生き残った者達も魔術が使えることを隠しながら身を潜めている。
どうにかして、娘の望みを叶えたかったアロン伯爵は、様々なツテを駆使して、ようやく唯一の王宮魔術師であり人々から恐れられているガルツ男爵にたどり着いた。
「お願いだ。なんでもするから娘に虹を見せてくれ」
必死に頭を下げる伯爵に、ガルツ男爵は「魔術師の地位を向上させると約束してくれ」と願い、アロン伯爵はその契約書に迷わずサインした。その結果、ガルツ男爵は「後日、最高の魔術師を送る」と約束してくれた。
数日後。
ガルツ男爵と共に来たのは、セレニアとそう年が変わらない男の子だった。
アロン伯爵は『騙された』と思ったが、ガルツ男爵は「私の息子で長男のギルだ。魔術の天才でもある」と紹介してくれた。
ベッドで横になっていたセレニアの元に彼らを案内すると、ギルは聞いたことのない言葉をつぶやいた。
セレニアの部屋に、一本二本と七色の虹がかかっていく。
「わぁ、きれい」と感嘆の声を上げたセレニアの表情は輝いていた。
夫人は、「娘のこんなに明るい表情が見られるなんて……」と涙ぐんでいる。
セレニアはというと、絵本でしか見たことのなかった虹を見られて、その美しさに感動していた。
虹を見せてくれた真っ黒な髪の男の子は、金色のきれいな目をしている。
「ありがとう。私はセレニアよ。あなたは?」
「……ギル」
ぶっきらぼうな物言いも、セレニアは気にならない。
「ギル様は、すごいのね。私とお友達になってくれる?」
「別に、いいけど」
そう言いながら、ギルは確認するように、ギルの父を見上げる。ガルツ男爵は「それはいい」と嬉しそうだ。
こうして、友達になったことで、セレニアは変わった。
「また、ギル様に虹を見せてもらうの」
そう言いながら、苦手な薬も積極的に飲むようになり、体調が悪いときでも一口だけ食べるように努力した。
そうして、少しずつ少しずつセレニアは健康になっていった。
一年が経ったころには庭に出て、散歩ができるようになっていた。もう一年経つと、めったに熱を出さなくなった。
庭園の奥まった場所にあるガゼボは、セレニアとギルの秘密の遊び場だ。
今日も二人は肩を並べて、ベンチに座っている。
「ねぇ、ギル様。また虹を見せて。お願い」
「しかたないなぁ」
可愛くおねだりするセレニアに、ギルはまんざらでもなさそうに、虹を見せてあげる。
「わぁ、すごいわ。いつもありがとう! もっと元気になったら、今度は私がギル様のお願いを叶えてあげるね!」
「本当か?」
「うん、ギル様のお願いってなぁに?」
そんな日々が三年続き、セレニアが「ギル様とずっと一緒にいたいわ」と言ったので二人は婚約することになった。
*
セレニアは、子どものころを思い出すのをやめて、馬車の窓から夜空を見上げた。
(あれから五年……)
アロン伯爵家から献身的な援助を受けて、魔術師の地位は劇的に向上した。
人々が魔術のすごさを知れば知るほど、ギルの優秀さも認められていく。それはとても喜ばしいことだが、それと同時にセレニアとギルの距離は開いていった。
(天才と称えられるギル様に、私がふさわしくないことは分かっているわ。それでも、私は彼のことが大好きだった)
ギルのぶっきらぼうな物言いや、照れたときに鼻をこする癖、魔術を語るときのキラキラした表情をセレニアは忘れることができない。
(でも、もう終わりなのね……)
見上げた満月は、いつか見たギルの瞳のようにキラキラと輝いていた。
***
朝日が昇り、月が薄れて消えてしまったころ。
王立魔術研究所の一室で、ギルは目を覚ました。
昨晩は分厚い魔術書を解読しているうちに、そのまま力尽きて、机に突っ伏す姿勢で眠ってしまったらしい。
(今、何時だ?)
酷使しすぎて霞む目をこすりながら、ギルは置き時計に手を伸ばす。その途中で、美しい封筒を見つけて思わず舌打ちした。
(そういえば、昨日はパーティーだったな……)
この封筒は、セレニアが直接ギルに届けたものだ。
『この日だけは必ず来てほしいの。お願い』
そう寂しそうに笑ったセレニアが脳裏に浮かぶ。
「お願い、か」
ギルはこれまでセレニアのお願いをたくさん叶えてきた。
そんなセレニアが今度はギルのお願いを叶えると言ったので、ギルはこう答えた。
『俺は、ずっと魔術の研究がしたい』
そう伝えると、セレニアは『そうなのね! じゃあ、私がそうできるように頑張るね!』と笑った。
そんな無邪気で病弱な少女が、たった四年で誰もが見惚れるほどの美しい女性に成長するなんて、ギルには予想外だった。
(セレニアが社交界デビューするまでは良かった)
小さな世界で、二人だけの優しい時間を重ねていけた。そのころの思い出は、今でもギルの中で輝いている。しかし、現実は甘くない。
(何度、見知らぬ男に『汚らわしい魔術師め! おまえは、セレニア嬢にふさわしくない!』と罵られたことか……)
ときには暴力を伴う警告もあったが、大人しく殴られる趣味はなかったので、魔術で反撃しておいた。その結果、面と向かって罵られることはなくなったが、『ふさわしくない』という言葉は、今でもギルの心に影を落としている。
(どうして俺がこんな目に遭わないといけないんだ。セレニアもセレニアだ! 彼女には『魔術の研究がしたい』とお願いしたのに、夜会だのなんだの、それ以外に押しつけてくる雑用が多すぎる!)
社交界なんてギルからすれば、無駄でしかない。
そのとき、研究室の扉が開き、同僚の魔術師が入ってきた。そして、ギルを見たとたんに目を吊り上げる。
「おまえ、またセレニア様のエスコートをさぼったのか!?」
「さぼったんじゃない。魔術の研究で行けなかったんだ」
同僚は、机の上に置かれた分厚い魔術本をバンッと叩いた。
「まだ解読されていない難解な魔術書を、どうして昨晩、急に解き始める必要があるんだ!」
視線をそらしたギルに、同僚はため息をつく。
「誕生日の贈り物もしていなかったじゃないか! 今まで花くらいは贈ったことあるよな? さすがに、手紙の返事はしているよな!?」
「そんな無駄なこと、する必要はない」
「無駄って……。なぁ、おまえには感謝しているんだ。数年前まで隠れ住むしかなかった俺たち魔術師を救ってくれたから。だがな、アロン伯爵家にだって同じくらい感謝しているんだよ! お願いだから、これ以上セレニア様を傷つけるのはやめてくれ!」
「俺が望んで婚約しているとでも!? 傷つくのが嫌なら、さっさと婚約解消でもなんでもすればいいんだ! どいつもこいつも、俺ばかり責めやがって!」
それを聞いた同僚の目には、怒りではなくあきれが浮かんでいる。
「おまえ、何がそんなに不満なんだよ……。こんなに立派な研究室を使わせてもらって、あんなに献身的に愛してもらえて……」
その言葉に、ギルは『何も分かっていないくせに』と心の中で悪態をつく。
不相応なきらびやかな世界で、誰もがうらやむ美しい婚約者の隣に立つことが、どれだけみじめなのか。その苦しみをギル以外、誰も知らない。
(このままセレニアと結婚したら、一生このみじめさを味わうのか?)
そんなの嫌だと思いつつ、自分に執着しているセレニアが離してくれるとは思わない。
同僚は「そんなに気に入らないなら、もうセレニア様を解放してやれよ!」と言い捨てて研究室を出ていった。
乱暴に閉められた扉に向かってギルは舌打ちをする。
「傷ついているのも、解放してほしいのも俺のほうだ」
セレニアは暴力を振るわれたり、暴言を吐かれたりしていないのだから。
それに、ギルは他に女を作って浮気をしているわけでもない。
犯罪をおかしたわけでもない。
魔術の研究は、セレニアの実家を金銭的にも潤している。
責められる理由なんて、ひとつもない。
「どうして、俺がここまで言われないといけないんだ……。約束を守ってくれないのは、セレニアなのに」
***
朝日が差し込み、セレニアは目を開けた。
昨日はさんざん泣いたので、まぶたが腫れてしまっている。
でも、そのおかげで、張り裂けてしまいそうだった胸の痛みは昨晩よりましになっていた。
(こんな顔を見せたら、お父様とお母様、お兄様をまた心配させてしまうわね)
今回の夜会の招待状は、セレニアが直接ギルに手渡した。そして、「この日だけは必ず来てほしい」とお願いした。ギルの父に頼んで、魔術師の仕事を入れずにスケジュールも空けてもらっていた。
これで、ギルが来なかったら、来られなかったのではなく、自分の意志で参加しなかったことになる。
その結果、ギルは来なかった。そうして、セレニアの初恋は終わった。
ギルの気持ちが分かったので、これ以上、この婚約にしがみついて迷惑をかけるわけにはいかない。
食堂には顔を出さず、部屋で朝食を終えると、両親が入ってきた。
娘の腫れたまぶたを見た父が「来なかったのか」とつぶやく。
小さく頷いたセレニアの肩に父は優しく手を置いた。
「これで諦めはついたか?」
「はい、お父様。今までわがままを言って、申し訳ありませんでした」
「気にすることはない。以前、ガルツ男爵とも話したのだが、婚約を解消してもアロン家とガルツ家が仲たがいすることはない。男爵も『息子がすまない』と謝っていた」
「そうですか……」
小さく微笑んだセレニアの瞳から、涙があふれて頰を伝っていく。
「セレニア……」
母は、悲痛な表情を浮かべながらセレニアを抱きしめた。その腕の中は、とても温かい。
(私が泣いてしまったら、愛する両親まで悲しませてしまうわ。こんな気持ち、早く手放してしまわないと)
それからの流れは早かった。
数日後には、両家の当主が集まり婚約解消の手続きを淡々と進めた。
その場にギルも呼ばれたが、姿を現すことはなかった。
ガルツ男爵は「セレニア嬢と、大切な話があるから必ず来るようにときつく言っていたんだが。あの研究バカめが」と申し訳なさそうな顔をしている。
「当主の座は、ギルではなく次男に譲ることにした。ギルは、魔術師としては優秀だが、それ以外のことは壊滅的だと今回のことで分かったからな。あれでは貴族としては、やっていけない。研究だけがしたいのなら、お望みどおりすべての責任から解放してやろう」
セレニアは、力なく微笑むことしかできなかった。
(そうね、ギル様の願いは『魔術の研究がしたい』だったもの。だとしたら私は、ずっとギル様の研究の邪魔をしていたのね)
そう考えると、一方的に恋心を押しつけていたことを恥ずかしく思う。
その後、あっさりとセレニアとギルの婚約は解消された。
それでも、ギルの世界は何も変わらない。
ギルは相変わらず天才魔術師の名をほしいままにしているし、アロン伯爵家が建てた立派な研究所で暮らしている。
ギルの研究から得た収入は、引き続きガルツ男爵家とアロン伯爵家を潤わせた。
今のところ、変わったのはセレニアの隣にいる男性だけだ。
セレニアは、ニコニコしながら自分の隣を歩くアルバートを見た。
「あの、ハウエル侯爵令息様?」
「アルバートと呼んでほしい。今は君の婚約者候補なのだから」
セレニアが婚約解消した数日後に、アルバートがアロン伯爵家に押しかけてきたときは驚いた。しかも、いつも余裕たっぷりな彼が、額に汗をにじませながら必死にセレニアの父に頭を下げたから、何事かと恐怖すら覚えた。
「セレニア嬢に、婚約を申し込ませてください!」
勢いに圧倒されながらも父は「セレニアは、先日、婚約解消したばかりです」とやんわり断ってくれた。
それなのにアルバートは引き下がらない。
「では、婚約者候補で! セレニア嬢に拒絶されたらあきらめます」
「そ、そこまで言うなら……」
そうして、婚約者候補になってから、アルバートは毎週セレニアの元を訪れている。セレニアから会いにいかなければ、顔さえ見られなかったギルとは大違いだ。
戸惑いながらセレニアが、「お忙しくないのですか?」と尋ねるとアルバートは、はにかんだ。
「もちろん、忙しいよ。だから、こうして君に会って癒されているんだ」
「……」
その言葉は、セレニアの心をゆらした。
「私といるとアルバート様は、癒されるんですか?」
ギルに会いに行ったときは、いつも面倒そうな対応をされていた。そして、最後は「研究の邪魔をしてごめんなさい」と謝ってから帰ってきていた。
「わ、私……。邪魔じゃないですか? 迷惑じゃない?」
アルバートは、相手を労わるように微笑んだ。
「もちろん、邪魔じゃないよ。迷惑でもない。それに私は、君のことを素晴らしい女性だと思っている。貴族でありながら社交を一切しないギル卿の評判を下げないために、君はひとりでずっと頑張っていたじゃないか」
ギルのエスコートがない理由を「偉大な研究のためだ」と周囲に伝えて、その研究の素晴らしさを貴族達に説いていたとアルバートは褒めてくれる。
セレニアとしては、婚約者としてあたりまえのことをしているだけだった。
アルバートは、穏やかに話し続ける。
「ギル卿が今の地位につけたのは、もちろん彼の努力と才能だ。でもねセレニア、君の献身のおかげでもあると私は思っている」
「そんな……。私はギル様に迷惑がられていただけで……」
「いつの世でも天才とよばれる者たちは、常人には理解できないことが多い。さらに、ギル卿は魔術師だ。そんな彼を世間に好意的に受け入れられるように、間を取り持っていたのが君だよ」
どれほど素晴らしい才能があっても、誰かに見いだされなければ、それは世に出ることはない。才能ある者が輝けるのは、素晴らしい支援者がいるからだとアルバートは持論を語る。
「もちろん、支援者がいなくても輝ける一握りの天才もいるけどね」
セレニアは、首をかしげた。
「でしたら、才能あるアルバート様は、私から支援が受けたくて婚約を希望したのですか?」
紫色の瞳を大きく見開きながら、アルバートは笑った。
「まさか! 逆だよ」
「逆?」
「そう、逆。私が君を支えたいんだ」
「わ、私を?」
「天才を支えられる者も、才能あふれているに決まっているじゃないか。ギル卿はもう十分世に認められたんだ。次は、君が活躍して認められる番だろう?」
そんなことを言われても、セレニアは自分に才能があるなんて思えない。
「セレニアの才能は、他人を引き込む会話術、お互いに損をさせないようにする交渉感覚も素晴らしい。それを使って商売をするのもいいし、外交官になるのもかっこいいよね」
「そんな、まさか……私が?」
アルバートは「まだまだ、君のいいところはたくさんあるよ」と笑う。
セレニアは『ああ、彼は私のパトロンになりたいのね』と理解した。
(私がギル様を尊敬していたように、アルバート様もきっと私の何かしらの能力を尊敬してくださっているんだわ)
そう考えると、すべて納得できる。
「そういうことでしたら、わざわざ婚約しなくても……」
セレニアの言葉に、アルバートは困った顔をした。
「伝わってなさそうだから、改めて言うよ。君に惹かれてどうしようもないんだ。愛している。誰にも渡したくない」
カァとセレニアの頰が赤く染まる。
「からかわないでください」と言いながらアルバートを見ると、セレニアより真っ赤になっていた。その瞳は、どこか不安そうだ。それは、以前のセレニアがギルに向けていたものにそっくりだった。
(ああ、アルバート様は、私に恋をしてくださっているのね。その上で、私を支えたいと言ってくれているのだわ)
セレニアは、今度こそ状況を正しく理解した。
*
研究室にこもっているギルは、いつもと変わらない毎日を過ごしていた。
しかし、そう思っているだけで、少しずつ確実に何かが変わっていっていた。
口煩くギルを攻め立てた同僚は、新しくできた魔術研究所の所長に抜擢され、ここを出ていった。
そのあとも、優秀な者達が次々に辞めていった。しかし、ギルにはどうでもいいことだった。
(そういえば、セレニアから夜会の誘いもなくなったな)
その分、研究する時間を確保できるので喜ばしい。セレニアの顔も長く見ていないような気がするが、そのうちまた押しかけてくるだろうと高をくくる。
(どうせ俺は、セレニアと結婚するしかないんだ)
それはみじめさと共に、優越感も与えてくれる。
机の隅に置かれた、婚約解消を知らせる父からの手紙の封は切られず、ホコリにまみれていた。
外の世界に興味のないギルは、社交界から天才ギル・ガルツの名がどんどん消えていっていることにも、より優秀な魔術師たちが台頭してきていることにも気がついていない。
アロン伯爵家は、たとえ婚約がなくなろうとも、彼の研究がまったく成果をあげなくなったとしても、娘の命の恩人であるギルを生涯支援することを決めていた。
世界から切り離された場所で、今日もギルは研究を続けている。もう誰も彼を天才と呼ぶことはないだろう。
こうしてギルは、彼がのぞむ、最高の幸せを手に入れた。
*
その日は、あいにくの雨だった。
純白のウェディングドレスに身を包んだセレニアは、窓越しに灰色の空を見上げている。
「雨、降ってきちゃったわね」
「そうだね」
セレニアの肩を優しく抱き寄せながら、アルバートは微笑む。
真っ白のタキシードを着こなしている彼は、いつも以上に輝いていた。
「素敵だわ」
「君のほうこそ」
神殿で愛を誓い合ったあと、外に出ると空は綺麗に晴れていた。
そこには、大きな虹が二人を祝福するようにかかっている。
虹を見たセレニアは、久しぶりに初恋の人を思い出した。そして、心の中で感謝を送る。
(ありがとう、ギル様。あなたは命の恩人で、私の初恋だったわ。どうか、お幸せに)
アルバートが満面の笑みで、セレニアの手を引いたので、ギルのことはすぐに忘れてしまった。
「あなたのおかげで、私はとても幸せだわ。ありがとう」
彼の愛情深い支援を受けたセレニアは、今では数々の商売を成功させ、王族から特別外交官に任命されていた。
そして、これからはハウエル侯爵夫人の役割も、優雅にこなしていくことになる。
「こちらこそだよ、セレニア。私を選んでくれてありがとう」
二人は大きな虹の下で口づけを交わし、微笑み合うのだった。
おわり
【以下、2月発売の宣伝です】
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小説1巻
『軍神悪役令嬢ロアンナの救国譚 ~英雄の能力と幽霊の知識を借りて、勝利をつかみ取ります~』
2/16
コミックス1巻
『最恐魔法使いの愛が一途すぎる 封印された元聖女は禁忌の愛でお目覚めです』
上記以外にも、コミックシーモア様で、短編読み切りのコミカライズ『これが婚約破棄なのですね』が先行配信中です♪
他にもいろいろ書籍化やコミカライズしていただているので、興味があるかたは『来須みかん』で検索してやってくださいませ!
では、ここまで読んでくださり、ありがとうございました!




