表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

嘘の世界1

逆針の時計塔前

作者: ハル

朝になると、村の時計は逆に進んだ。


それはずっと昔からそうだったらしい。

誰が最初に気づいたのかは分からない。

気づいた時点では、もう当たり前になっていた。


針は朝に戻り、昼に近づき、昨日の方へ進んでいく。

人々はそれを時間と呼んだ。



逆に進むことで、村は保たれていた。


割れた皿は、夜になるとひびが薄くなり、朝には棚に戻る。

投げた言葉は、眠っている間に口から離れ、意味を失った。


忘れるよりも早く、なかったことになる。それがこの村の秩序だった。



人々は決断を急がなかった。急ぐ理由がなかった。

失敗は消える。選ばなかった道も、選んだ道と同じ重さで戻ってくる。


違いは、朝には残らないというだけだった。



時計番は毎日、塔に上った。

針が逆に回っているかを見る。それだけの仕事だった。


理由を考える必要はなかった。

針が逆であることが、この村の正しさだったからだ。


彼は時計を直したことも、触ったこともなかった。

確認するだけで、世界は続いた。


確認できる限り、何も変わらなかった。



ある昼、針が遅くなった。

ほんの少し。

気のせいと言えるほど。


それでも時計番は気づいた。

彼は毎日、同じ距離を目でなぞっていたからだ。


夕方になっても、針は止まらなかった。

逆に進み続け、朝の位置を通り過ぎようとした。


時計番は初めて迷った。

止めるという行為が、何を意味するのか分からなかったからだ。



その頃、村ではいつも通りの一日が流れていた。


皿は割れ、声は荒れた。

だが夜になっても、戻る気配がない。


人々は黙った。

騒ぐと、戻らないものが増える気がした。



時計番は手を伸ばした。

針に触れたのは、それが初めてだった。

冷たくも熱くもない。


ただ、そこにあった。


彼は止めなかった。

止める理由も、進める理由もなかった。ただ、手を離した。


針はどこかで引っかかり、小さく震える。

逆にも、前にも進まず、その場で揺れ続けた。



翌朝、朝は来なかった。

空は明るくなったが、朝という言葉は使われなかった。


人々は起き、歩き、話した。

昨日が終わったのかどうか、誰にも分からない。


謝られなかった言葉が残った。戻らない皿が床にある。

それをどう扱えばいいのか、決まりはなかった。


時計番は塔に上った。

針は動いていなかった。

確認できることが、何もなかった。



彼は塔を降りなかった。降りる理由がないから。

仕事は失われたが、立つ場所は残っていた。


夕方、誰かが言った。今日は昨日より重い、と。

別の誰かは言った。重さは前からあった、と。


どちらも確かめられなかった。

針は揺れをやめ、そこに留まっていた。

時間が止まったのか、最初からなかったのか、誰も口にしない。


時計番はそれを聞き、何も言わなかった。

彼は世界を置いたまま、そこに立っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ