宿屋のドラゴンスレイヤー
王都の東第三地区。
旅人や冒険者相手の宿が立ち並ぶ区画だ。
夕刻になると、一日の埃を落とそうと、さまざまな種族、さまざまな装備に身を固めた連中がここへ流れ込む。
路地には客引きが現れ、黄金色に染まる石畳に、賑わいの声が反響している。
その街の片隅で、小さな宿屋の主人が、一人の冒険者風の男に向かって何度も頭を下げていた。
「ありがとうございます。
うちのような小さな宿に……いや、本当に」
声を向けられた男は、大きな荷物を背負った人間族だった。
年の頃は三十手前。年季の入った鎧は、革紐がところどころほどけ、傷や凹みも一つや二つではない。
男は、ふっと口元を歪め、宿の主人に向かって声をかける。
「そんなに頭を下げなくてもいいさ。
俺もこの辺には、いくつか馴染みがあってな」
少し間を置き、続ける。
「ただ、そういうところは決まって、もてなしが過ぎる。
性分じゃなくてね」
そして、大仰に眉を下げて言った。
「窮屈なのは勘弁だ。
粗末な寝床で、粗末な扱い――それで心を整えたい。
……ま、そういうわけだ。あまり構ってくれるな」
男の言葉に、宿屋の主人は恐れ入った声でうなずく。
「え……ええ、ええ!
見ての通り小さな宿で、人手も足りておりませんので。
あまりお構いできませんが……ごゆっくりなさってください」
「ああ、それでいい」
男は、軽く目を閉じて頷いた。
「何しろ、どこへ行っても構われてかなわん。
俺の身の回りの世話をしようというハーレムメンバーだけでも、三百人はいてな」
肩をすくめる。
「可愛いやつらではあるんだが……四六時中だ。
俺が何かしようとすると、すぐ競争が始まる。
やれ、あたしの回復魔法のほうが癒されるだの、ダーリンは風属性付与のほうが良いに決まっているだの……」
「はあ……」
宿屋の主人が、思わず感嘆の息を漏らす。
それを合図にしたかのように、男は続けた。
「たまには、独りで身も心も解き放たれたくなる。
人間、そういう時があるだろう?
それで、ギルドマスターに相談したんだ。
すると――粗末な身なりで旅をして、安宿に泊まり、余計なチップも置かなければ、誰も相手にしてこない。
それで、お前の望み通りだ、とさ」
軽く困った顔を作る。
「だからな。ここで余計なことをされると、苦労が水の泡……てなわけだ」
男がそう締めると、宿屋の主人は、また小さく頭を下げ、おずおずと声を返した。
「ええ、ええ……先ほども申し上げたとおり、あまりおもてなしはできませんが。
――お客様は、さぞかし高名な冒険者様で?」
その問いに、男の瞳が一瞬だけ揺れた。
だが、すぐ柔らかな笑みを浮かべる。
「高名な……なんて聞かれるのが、一番困るんだがな」
軽く手を振り、続ける。
「まあ、俺には大層な肩書なんてないさ。
冒険者ってのは、実力で語るもんだろう?」
少し間を置いてから続けた。
「ただ――どこへ行っても、戦いとロマンスが俺を捉えて離さない。
どういうわけか、そういう巡り合わせらしくてな」
冗談めかして、付け足す。
「運命の女神とやらまで、俺の腕の中がいいんだとさ。
……まったく、仕方のないやつだ」
宿の主人は、大きく息を吐く。
「戦い……でございますか。
私どものような小商いの者には、まったく想像もつきませんが」
男は腕を組み、「ふーむ……」と低く唸る。
「そうだな。敵も多いが、それも冒険ってやつだ」
遠くを見るような目をした。
「魔王を片付けたと思えば、その裏にさらに四天王と大魔王。
そいつを倒せば、今度は破壊神だ。
何代目だったかも、もう覚えちゃいない。
気づけば仲間も増えに増えて……千だ二千だって数えてたが、途中でやめた」
フンと鼻を鳴らす。
「一年戦っても、まだ終わらん。まあ、暇をするよりはマシだが……」
そう言って、軽く笑った。
宿屋の主人は、感じ入ったように深く頷いた。
その瞳に、小さな光が宿る。
「そうでございますか……。
夢のような、胸躍るお話でございますな」
そして、照れたように笑う。
「それに比べますと、私どもの宿なんて、本当にもう……。
ご覧の通り、お客様も少なくて。
宿屋だけでは、なかなか苦しくてでございます」
言葉を濁しつつ懐を探り、小さな紙きれを一枚、そっと差し出した。
「そんなわけで……こういうものも、扱っておりまして」
男の視線に留まったのは、一枚のガチャ券だった。
「至高神様のガチャ券でございます。
明日までの夏季限定イベントで、ピックアップのレジェンド武器は――
“魔剣ドラゴンスレイヤー”」
主人は、遠慮がちに続ける。
「お客様の戦いの日々のお役に、きっと役に立つかと存じます。
実は……一枚だけ売れ残っておりまして」
視線を伏せ、声を落とす。
「これを残しますと、うちが石を背負いこむことになりまして……。
その……助けると思って、お買い上げいただけませんでしょうか。
いえ、ほんの小金貨一枚でして、はい」
男は目を細め、ガチャ券から宿屋の主人へ視線を移した。
「今の俺に、ドラゴンスレイヤーなどあったところでな……」
一拍置く。
「しかし、小金貨?」
首をかしげ、思案するように言う。
「俺は聖王白金貨しか使ったことがないんだが……」
ふっと、思い出したように続けた。
「ああ、あれか。
釣りでよく渡されるやつだな。
鎧の隙間にポロポロ落ちて、まったく邪魔で仕方がない」
そう言って、男は懐から小金貨を一枚つまみ出し、主人の手に乗せた。
そして、そのまま何事もなかったように宿へ入ろうとする。
「あ、あっ……お客様」
慌てて、宿屋の主人が呼び止める。
「ガ、ガチャ券を……」
男は足を止め、ちらりと振り返った。
「こんなもので、ドラゴンスレイヤーが当たるなどと……」
鼻で笑う。
「要らんな」
宿屋の主人は、一瞬言葉に詰まり、そして――ぐっと身を乗り出した。
「い、いえいえ!
お客様のような――その、運命の女神を腕に抱く冒険者であれば!
きっと、きっと当たりますとも!!」
男は一瞬きょとんとし。
それから「やれやれ」とでも言いたげな顔。
差し出されたガチャ券を受け取ると、宿屋の主人の目をまっすぐに見て、いたずらっぽく笑う。
「まあ……貰っておくか」
軽い調子で続ける。
「そうだな――本当にドラゴンスレイヤーが当たったなら」
わざと、少し間を置いた。
「暗黒竜デスヴルームを討伐してやる。
宝は――半分、お前にやろうじゃないか」
その言葉に、宿屋の主人の表情がぱっと輝いた。
「ほ……本当でございますか!?
お客様に、ドラゴンスレイヤーが当たるよう、至高神様に――」
「大げさなやつだな」
男はくっくっと喉を鳴らして笑う。
それから急に、すっと真顔に戻った。
「まあいい。
とにかく俺は、静かに過ごしたい」
淡々と、言葉を並べる。
「軽く酒と、腹を満たすものを……なんでもいい。
飽食の日々は、冒険の勘が鈍る。
粗末で、まずいもので研ぎ澄ますのがいい」
念を押すように続けた。
「……余り物でも何でも構わん。だから、構うんじゃないぞ」
そう言い残し、男は鍵を受け取ると、そのまま二階へ消えた。
***
部屋に入るなり、男はベッドに腰を下ろし、天井を見上げた。
――おい。
なけなしの小金貨なんだがな。
払っちまったじゃないか。
それにしても、あの主人……。
どういう育ちをしてやがる。疑うってことを知らないのか?
引っ込みがつかなくなって、言うだけ言ってしまったが……。
男は、ふう、と息を吐く。
しかし――まあ、あれだ。
あそこまで言い放ったんだ。
二、三日いたところで、宿代の催促などすまい。
せいぜい飲み食いして、頃合いを見て――消えるしかないな。
男は、ひとり深くため息をついた。
***
翌日。
男は宿の一階へ降りてきた。
カウンターから奥方が顔を出し、にこやかに声をかけてくる。
「あ、おはようございますー」
きょろきょろと見回しても、主人の姿はない。
「主は、不在かな?」
「はいー。
夏季限定ピックアップガチャが本日までですから、次の仕入れに出ております。
お客様も買っていただけましたよね。――当たりますように!」
……人のよさそうな笑顔を見ると、飲み食いして姿を消す算段が、少しだけ胸に引っかかる。
まあ、いずれ名を馳せる予定だ。
貸しを作っておく――そう考えておいてくれ。
男は、わずかに口角を引きつらせながら視線を逸らした。
「……そうか」
出口へ向かう男の背に、奥方の声が追いかける。
「あの、どちらへ?」
ぴたり、と足が止まる。
「……いや。どちら、ということはない」
一拍置き、男は言葉を選ぶ。
「この辺に、昔なじみの魔導士がいてな。
究極魔法アストラルバーンを伝授してくれる約束なんだ。
破壊神との戦いに必要でね」
「まあ! それは大変ですね!」
「……まあな」
男は曖昧に頷いた。
「夕方には戻る」
そう言い残し、男は宿を出た。
***
至高神の神殿の前に据え付けられたガチャ機には、長蛇の列ができていた。
人々はガチャ券を握りしめ、祈りとも罵声ともつかぬ声を上げる。
熱狂のままにハンドルを回していく。
至高神に願うのは、ただひとつ。
この一回だけは――自分であれ、と。
列の中で、ひときわ声を張り上げる冒険者がいた。
腰に日本刀を下げた、異国風の侍だ。
「おうおう、イベントも今日で最後だ!!
ここらでビシッと、ドラゴンスレイヤー決めたいところだな!!
あんたらもヤル気満々なんだろ、おい!?」
その声に応じるように、体格のいい戦士風の男が腕を組んでうなずく。
「まあな。
魔剣ドラゴンスレイヤーを引っ提げてダンジョン攻略……。
それこそ冒険者冥利に尽きるってもんだ」
侍は大げさに首を縦に振った。
「仲間のロードには、“ガチャなんてよせ”って散々言われちゃいるがな。
冒険者は夢を追ってナンボよ!!
カード限度額まで張って、一流ってやつだ」
そう言って、侍は前に並ぶ勇者へ声をかけた。
「なあ、勇者だってドラゴンスレイヤー狙いなんだろ?
完全に環境ってやつだからな!!」
しかし、勇者はゆっくりと首を横に振った。
「いや、ドラゴンスレイヤーは当たらない」
侍は一瞬、言葉の意味を測りかねた顔になる。
「……いや。
当たらない、じゃなくて――当てたい、だろ?」
だが、勇者は再び、静かに首を横に振った。
「違う。……当たらないのだ」
「なんだそりゃ?
欲しいんだろ? 強情なやつだな」
侍が眉をひそめると、勇者はどこか悟ったような表情で、淡々と言った。
「俺も、昨日まではドラゴンスレイヤー狙いで石を貯めていた。
だが昨夜、夢に至高神様がお出ましになってな」
侍が、思わず唾を飲み込む。
「至高神様いわく――
ドラゴンスレイヤーは与えられない。
その代わり、エピック装備・フレイムタンを排出させてやろう。
今回は、それで満足せよ、とな」
勇者はそう言って、静かに列の前を見つめ続けた。
侍は、皮肉げに口元を歪めた。
「へっ、至高神の神託とは大きくでたね。
……で、フレイムタンが当たったらどうするんだ?」
勇者は、遠い目で答える。
「そうだな……。
まずは、エピック装備に見合う鞘を用意する。
ミスリル製がいい。
それから、エルフの里だ」
侍は、思わず身を乗り出した。
「ほう。エピック装備をぶら下げて、エルフの里か。
……それで?」
勇者は、静かに息を吐き、続ける。
「あちらこちらの可憐な蝶に目を移しつつ、旅の冒険譚などを聞かせながらな。
だが――目当ては決まっている」
「ほう?」
「ハイエルフの長の娘、シンシアだ。
ずいぶん待たせてしまったが……。
ついに一緒に冒険する日が来たのだと伝え、彼女をパーティへ迎え入れる。
それが、前世からの星の巡りだ」
こめかみに手を置いた侍が、面白そうに呟く。
「前世ときたよ」
勇者は平然と続ける。
「彼女はこう言う――
“まあ、勇者さま。またお会いできるなんて。心躍るお話を聞きたいですわ”と」
一拍。
「だが俺は、こう答える。
“今日は、あなたを冒険の扉へと誘う日です”」
勇者は陶酔したような眼差しになった。
「彼女は、“でも、お父様の試練が……”と、ためらい顔を見せるだろう。
そこで――」
そっと、腰のエピック装備に手を当てる仕草を見せた。
「その瞬間だ。
彼女は、花の咲いたような笑顔を見せる」
そこまで聞いた侍は、呆れ顔で言った。
「それはお前、エピック装備が当たったらの話だろう?
当たらなかったらどうするんだよ」
「そのときは、女シーフの元に行くまでだな」
侍は、しばらく黙ってから、長い息を吐いた。
――そんな、大騒ぎの現場だった。
そのうちに列も進み、勇者の番。
ガチャの前に立つ至高神の神官へ、ガチャ券の束を叩きつけるように渡すと、腕まくりしてハンドルを勢いよく回した。
「こいよ……今日は500連。全ツッパだ」
ガチャ機が淡い光を発した――
***
宿屋を出た一文無しの男は、行く当てもなくほうぼう歩き回り、気がつけばガチャ会場の前に立っていた。
すでに人影はまばら。
喧騒の名残だけが石畳に残っている。
「祭りは終わっちまったか……。
他人の爆死を見るのも、それはそれで面白そうだったがな」
燃え尽きたように座り込む勇者を、ちらと横目で見る。
――いくらつぎ込んだかは知らないが。
ガチャなんぞ、当たるものじゃないだろうに。
乾いた笑いが喉を通る。
だが、男はすぐに口元を引き締めた。
……とはいえ。
俺も、回しに来ているんだがな。
撤収の準備に入っていた神官に近づき、男は黙ってガチャ券を一枚差し出した。
軽い調子で、ハンドルを回す。
――どうせ、こんなもの。
ガチャ機が淡く光り、次の瞬間、虹色のカプセルが転がり出た。
ほらな。
神官が、震える声で呟く。
「……ドラゴンスレイヤー……!」
だが、その声は思案にくれる男の耳に届いていなかった。
当たるわけがない。
レジェンド装備なんて、夢物語だ。
あの宿屋の主人、上手いことを言う。
運命の女神を腕に抱く冒険者、か。
俺なんて――。
ふっと、笑みをこぼした、その瞬間。
両手に、ずしりとした重み。
「レジェンド装備!
魔剣ドラゴンスレイヤーです!!」
……。
…………。
…………………………。
――は?
男の喉から、声にならない音が漏れた。
「た……た……」
足の力が抜け、体がぐらついた。
神官が慌てて支える。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ……あた……当た……」
呼吸がうまくできない。
片手で胸を押さえ、もう一方の手に伝わる重みを確かめる。
――間違いない。
息を整える。
そして、次の瞬間。
「当たったーーーーーー!!
ドラゴンスレイヤーだとっ!?」
声を張り上げる男に、神官は穏やかに拍手した。
「おめでとうございます。
ドラゴン退治、頑張ってくださいね」
男の声が、ぴたりと止まる。
「……ドラゴン?」
神官は、静かに頷く。
「ええ。ドラゴンスレイヤーですから」
男は、手にした剣をしげしげと見つめた。
煌びやかな装飾の長剣。
確かに、ドラゴンの鱗を斬り裂き、心臓へ致命の一撃を与えるに相応しい威容――
……いや。
ちょっと待て。
ドラゴン退治だと?
途端に、男の顔から血の気が引いた。
暗黒竜デスヴルームを倒すなどと、宿屋の主人に言っちまった。
「……いや、いやいやいや……」
思わず、口から言葉がこぼれる。
当たるなんて思ってもみなかったから、でかいことを言ってしまった。
あの主人――
暗黒竜の宝を半分やる、なんて話を真に受けているに違いない。
……まずい。
これは、まずい。
男は神官に軽く会釈すると、足早にガチャ会場を後にした。
***
「あっ、おかえりなさい」
宿へ戻ると、カウンターに座る奥方がにこやかに迎えてくれる。
男は、ドラゴンスレイヤーを包んだ布を胸に抱えたまま視線を逸らす。
そのまま黙って二階へ続く階段へ向かった。
「お客様?
なんだか顔色がよろしくないようですけど」
男は立ち止まり、首だけをぎこちなく向けた。
「そ、そうかな?
季節の変わり目はいけないな。
破壊神より、風邪のほうがよほど凶悪だ」
苦し紛れに言葉を継ぐ。
「……少し調子を崩しただけだ。
構わないでくれ」
そう言い残すと、男は逃げるように階段を上がっていった。
奥方が首をかしげていると――
宿の主人が、息を切らして勢いよく戻ってきた。
「おいっ!
お客様は、もうお帰りか!?」
「え……? ええ。つい、今しがた」
その瞬間、主人の目が爛々と光を帯びる。
「至高神様の神殿で聞いてきたんだ。
あのお客様が――ドラゴンスレイヤーを当てたってな!!」
「まあ! それは……すごいじゃないですか!」
「すごいどころじゃないんだ……」
主人が階段へ向かおうとすると、奥方が慌てて声をかけた。
「あ……!
お客様、少しお風邪を召したみたいで。調子が良くないと――」
主人は一瞬だけためらう顔をした。
だが、次の瞬間には切り替えた。
「いや、それどころじゃない」
奥方は首を傾げる。
「でも……。
お客様が強運なのは分かりますけど、それ、私たちには関係ありませんよね?
そっとして差し上げたほうが……」
主人の中の何かが弾けた。
「関係あるんだよ!!
お客様はな、ドラゴンスレイヤーが当たったら、暗黒竜を討伐して――
その宝を、半分、私たちに分けてくださると約束してくれたんだ!!」
奥方は両手を口元に当てる。
「まあ……」
主人は階段を見上げて続けた。
「この貧乏暮らしとも、おさらばだ。
あの方の討伐――私は、何がなんでも見届ける覚悟だよ」
それ以上は奥方も引き止めず、主人は階段を駆け上がっていった。
***
主人が、バーンと扉を開け放った。
テーブルに足を乗せ、椅子にだらしなく座っていた男の肩が盛大に跳ね上がる。
「な……なんだ!?」
主人は、ずいと距離を詰める。
部屋の隅に立てかけられた、大きな布に包まれた“何か”を見て、にやりと口角を上げた。
「お客様……おめでとうございます」
しばしの間。
「さ、参りましょうか。暗黒竜の討伐へ……!」
「参りましょうか、って」
男は顔をしかめる。
「いまから?
ちょっと調子を崩しててな」
わざとらしく咳き込んでみせる。
だが主人はひるまない。
「知り合いに、腕のいい薬師がいますから。
それに。お客様なら、何てことないでしょう?」
そう言って、つかつかと壁際へ歩を進める。
布を、ばっとめくった。
そこにあったのは――
魔剣ドラゴンスレイヤー、ではない。
男の装備品の、傷だらけの大盾だった。
「あれ?」
主人の口から、間の抜けた声が漏れる。
男は少し照れたように頭をかく。
「ああ。
ドラゴンスレイヤーは、そっちだ」
間を置いて、付け足す。
「これはな。……俺の相棒」
宿の主人は、ゆっくりと男へ顔を向ける。
そして、静かに。
確信をもって言った。
「あんた――タンクじゃないか」




