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ファンタジー小噺

宿屋のドラゴンスレイヤー

作者: 白猫商工会
掲載日:2025/12/18

王都の東第三地区。


旅人や冒険者相手の宿が立ち並ぶ区画だ。

夕刻になると、一日の埃を落とそうと、さまざまな種族、さまざまな装備に身を固めた連中がここへ流れ込む。

路地には客引きが現れ、黄金色に染まる石畳に、賑わいの声が反響している。


その街の片隅で、小さな宿屋の主人が、一人の冒険者風の男に向かって何度も頭を下げていた。


「ありがとうございます。

うちのような小さな宿に……いや、本当に」


声を向けられた男は、大きな荷物を背負った人間族(ヒューマン)だった。

年の頃は三十手前。年季の入った鎧は、革紐がところどころほどけ、傷や凹みも一つや二つではない。


男は、ふっと口元を歪め、宿の主人に向かって声をかける。


「そんなに頭を下げなくてもいいさ。

俺もこの辺には、いくつか馴染みがあってな」


少し間を置き、続ける。


「ただ、そういうところは決まって、もてなしが過ぎる。

性分じゃなくてね」


そして、大仰に眉を下げて言った。


「窮屈なのは勘弁だ。

粗末な寝床で、粗末な扱い――それで心を整えたい。

……ま、そういうわけだ。あまり構ってくれるな」


男の言葉に、宿屋の主人は恐れ入った声でうなずく。


「え……ええ、ええ!

見ての通り小さな宿で、人手も足りておりませんので。

あまりお構いできませんが……ごゆっくりなさってください」


「ああ、それでいい」


男は、軽く目を閉じて頷いた。


「何しろ、どこへ行っても構われてかなわん。

俺の身の回りの世話をしようというハーレムメンバーだけでも、三百人はいてな」


肩をすくめる。


「可愛いやつらではあるんだが……四六時中だ。

俺が何かしようとすると、すぐ競争が始まる。

やれ、あたしの回復魔法のほうが癒されるだの、ダーリンは風属性付与のほうが良いに決まっているだの……」


「はあ……」


宿屋の主人が、思わず感嘆の息を漏らす。

それを合図にしたかのように、男は続けた。


「たまには、独りで身も心も解き放たれたくなる。

人間、そういう時があるだろう?

それで、ギルドマスターに相談したんだ。

すると――粗末な身なりで旅をして、安宿に泊まり、余計なチップも置かなければ、誰も相手にしてこない。

それで、お前の望み通りだ、とさ」


軽く困った顔を作る。


「だからな。ここで余計なことをされると、苦労が水の泡……てなわけだ」


男がそう締めると、宿屋の主人は、また小さく頭を下げ、おずおずと声を返した。


「ええ、ええ……先ほども申し上げたとおり、あまりおもてなしはできませんが。

――お客様は、さぞかし高名な冒険者様で?」


その問いに、男の瞳が一瞬だけ揺れた。

だが、すぐ柔らかな笑みを浮かべる。


「高名な……なんて聞かれるのが、一番困るんだがな」


軽く手を振り、続ける。


「まあ、俺には大層な肩書なんてないさ。

冒険者ってのは、実力で語るもんだろう?」


少し間を置いてから続けた。


「ただ――どこへ行っても、戦いとロマンスが俺を捉えて離さない。

どういうわけか、そういう巡り合わせらしくてな」


冗談めかして、付け足す。


「運命の女神とやらまで、俺の腕の中がいいんだとさ。

……まったく、仕方のないやつだ」


宿の主人は、大きく息を吐く。


「戦い……でございますか。

私どものような小商いの者には、まったく想像もつきませんが」


男は腕を組み、「ふーむ……」と低く唸る。


「そうだな。敵も多いが、それも冒険ってやつだ」


遠くを見るような目をした。


「魔王を片付けたと思えば、その裏にさらに四天王と大魔王。

そいつを倒せば、今度は破壊神だ。

何代目だったかも、もう覚えちゃいない。

気づけば仲間も増えに増えて……千だ二千だって数えてたが、途中でやめた」


フンと鼻を鳴らす。


「一年戦っても、まだ終わらん。まあ、暇をするよりはマシだが……」


そう言って、軽く笑った。


宿屋の主人は、感じ入ったように深く頷いた。

その瞳に、小さな光が宿る。


「そうでございますか……。

夢のような、胸躍るお話でございますな」


そして、照れたように笑う。


「それに比べますと、私どもの宿なんて、本当にもう……。

ご覧の通り、お客様も少なくて。

宿屋だけでは、なかなか苦しくてでございます」


言葉を濁しつつ懐を探り、小さな紙きれを一枚、そっと差し出した。


「そんなわけで……こういうものも、扱っておりまして」


男の視線に留まったのは、一枚のガチャ券だった。


「至高神様のガチャ券でございます。

明日までの夏季限定イベントで、ピックアップのレジェンド武器は――

“魔剣ドラゴンスレイヤー”」


主人は、遠慮がちに続ける。


「お客様の戦いの日々のお役に、きっと役に立つかと存じます。

実は……一枚だけ売れ残っておりまして」


視線を伏せ、声を落とす。


「これを残しますと、うちが石を背負いこむことになりまして……。

その……助けると思って、お買い上げいただけませんでしょうか。

いえ、ほんの小金貨一枚でして、はい」


男は目を細め、ガチャ券から宿屋の主人へ視線を移した。


「今の俺に、ドラゴンスレイヤーなどあったところでな……」


一拍置く。


「しかし、小金貨?」


首をかしげ、思案するように言う。


「俺は聖王白金貨しか使ったことがないんだが……」


ふっと、思い出したように続けた。


「ああ、あれか。

釣りでよく渡されるやつだな。

鎧の隙間にポロポロ落ちて、まったく邪魔で仕方がない」


そう言って、男は懐から小金貨を一枚つまみ出し、主人の手に乗せた。


そして、そのまま何事もなかったように宿へ入ろうとする。


「あ、あっ……お客様」


慌てて、宿屋の主人が呼び止める。


「ガ、ガチャ券を……」


男は足を止め、ちらりと振り返った。


「こんなもので、ドラゴンスレイヤーが当たるなどと……」


鼻で笑う。


「要らんな」


宿屋の主人は、一瞬言葉に詰まり、そして――ぐっと身を乗り出した。


「い、いえいえ!

お客様のような――その、運命の女神を(かいな)に抱く冒険者であれば!

きっと、きっと当たりますとも!!」


男は一瞬きょとんとし。

それから「やれやれ」とでも言いたげな顔。


差し出されたガチャ券を受け取ると、宿屋の主人の目をまっすぐに見て、いたずらっぽく笑う。


「まあ……貰っておくか」


軽い調子で続ける。


「そうだな――本当にドラゴンスレイヤーが当たったなら」


わざと、少し間を置いた。


「暗黒竜デスヴルームを討伐してやる。

宝は――半分、お前にやろうじゃないか」


その言葉に、宿屋の主人の表情がぱっと輝いた。


「ほ……本当でございますか!?

お客様に、ドラゴンスレイヤーが当たるよう、至高神様に――」


「大げさなやつだな」


男はくっくっと喉を鳴らして笑う。

それから急に、すっと真顔に戻った。


「まあいい。

とにかく俺は、静かに過ごしたい」


淡々と、言葉を並べる。


「軽く酒と、腹を満たすものを……なんでもいい。

飽食の日々は、冒険の勘が鈍る。

粗末で、まずいもので研ぎ澄ますのがいい」


念を押すように続けた。


「……余り物でも何でも構わん。だから、構うんじゃないぞ」


そう言い残し、男は鍵を受け取ると、そのまま二階へ消えた。


***


部屋に入るなり、男はベッドに腰を下ろし、天井を見上げた。


――おい。


なけなしの小金貨なんだがな。

払っちまったじゃないか。


それにしても、あの主人……。

どういう育ちをしてやがる。疑うってことを知らないのか?


引っ込みがつかなくなって、言うだけ言ってしまったが……。


男は、ふう、と息を吐く。


しかし――まあ、あれだ。


あそこまで言い放ったんだ。

二、三日いたところで、宿代の催促などすまい。


せいぜい飲み食いして、頃合いを見て――消えるしかないな。


男は、ひとり深くため息をついた。


***


翌日。


男は宿の一階へ降りてきた。

カウンターから奥方が顔を出し、にこやかに声をかけてくる。


「あ、おはようございますー」


きょろきょろと見回しても、主人の姿はない。


「主は、不在かな?」


「はいー。

夏季限定ピックアップガチャが本日までですから、次の仕入れに出ております。

お客様も買っていただけましたよね。――当たりますように!」


……人のよさそうな笑顔を見ると、飲み食いして姿を消す算段が、少しだけ胸に引っかかる。


まあ、いずれ名を馳せる予定だ。

貸しを作っておく――そう考えておいてくれ。


男は、わずかに口角を引きつらせながら視線を逸らした。


「……そうか」


出口へ向かう男の背に、奥方の声が追いかける。


「あの、どちらへ?」


ぴたり、と足が止まる。


「……いや。どちら、ということはない」


一拍置き、男は言葉を選ぶ。


「この辺に、昔なじみの魔導士がいてな。

究極魔法アストラルバーンを伝授してくれる約束なんだ。

破壊神との戦いに必要でね」


「まあ! それは大変ですね!」


「……まあな」


男は曖昧に頷いた。


「夕方には戻る」


そう言い残し、男は宿を出た。


***


至高神の神殿の前に据え付けられたガチャ機には、長蛇の列ができていた。


人々はガチャ券を握りしめ、祈りとも罵声ともつかぬ声を上げる。

熱狂のままにハンドルを回していく。


至高神に願うのは、ただひとつ。

この一回だけは――自分であれ、と。


列の中で、ひときわ声を張り上げる冒険者がいた。

腰に日本刀を下げた、異国風の侍だ。


「おうおう、イベントも今日で最後だ!!

ここらでビシッと、ドラゴンスレイヤー決めたいところだな!!

あんたらもヤル気満々なんだろ、おい!?」


その声に応じるように、体格のいい戦士風の男が腕を組んでうなずく。


「まあな。

魔剣ドラゴンスレイヤーを引っ提げてダンジョン攻略……。

それこそ冒険者冥利に尽きるってもんだ」


侍は大げさに首を縦に振った。


「仲間のロードには、“ガチャなんてよせ”って散々言われちゃいるがな。

冒険者は夢を追ってナンボよ!!

カード限度額まで張って、一流ってやつだ」


そう言って、侍は前に並ぶ勇者へ声をかけた。


「なあ、勇者だってドラゴンスレイヤー狙いなんだろ?

完全に環境ってやつだからな!!」


しかし、勇者はゆっくりと首を横に振った。


「いや、ドラゴンスレイヤーは当たらない」


侍は一瞬、言葉の意味を測りかねた顔になる。


「……いや。

当たらない、じゃなくて――当てたい、だろ?」


だが、勇者は再び、静かに首を横に振った。


「違う。……当たらないのだ」


「なんだそりゃ?

欲しいんだろ? 強情なやつだな」


侍が眉をひそめると、勇者はどこか悟ったような表情で、淡々と言った。


「俺も、昨日まではドラゴンスレイヤー狙いで石を貯めていた。

だが昨夜、夢に至高神様がお出ましになってな」


侍が、思わず唾を飲み込む。


「至高神様いわく――

ドラゴンスレイヤーは与えられない。

その代わり、エピック装備・フレイムタンを排出させてやろう。

今回は、それで満足せよ、とな」


勇者はそう言って、静かに列の前を見つめ続けた。


侍は、皮肉げに口元を歪めた。


「へっ、至高神の神託とは大きくでたね。

……で、フレイムタンが当たったらどうするんだ?」


勇者は、遠い目で答える。


「そうだな……。

まずは、エピック装備に見合う鞘を用意する。

ミスリル製がいい。

それから、エルフの里だ」


侍は、思わず身を乗り出した。


「ほう。エピック装備をぶら下げて、エルフの里か。

……それで?」


勇者は、静かに息を吐き、続ける。


「あちらこちらの可憐な蝶に目を移しつつ、旅の冒険譚などを聞かせながらな。

だが――目当ては決まっている」


「ほう?」


「ハイエルフの長の娘、シンシアだ。

ずいぶん待たせてしまったが……。

ついに一緒に冒険する日が来たのだと伝え、彼女をパーティへ迎え入れる。

それが、前世からの星の巡りだ」


こめかみに手を置いた侍が、面白そうに呟く。


「前世ときたよ」


勇者は平然と続ける。


「彼女はこう言う――

“まあ、勇者さま。またお会いできるなんて。心躍るお話を聞きたいですわ”と」


一拍。


「だが俺は、こう答える。

“今日は、あなたを冒険の扉へと誘う日です”」


勇者は陶酔したような眼差しになった。


「彼女は、“でも、お父様の試練が……”と、ためらい顔を見せるだろう。

そこで――」


そっと、腰のエピック装備に手を当てる仕草を見せた。


「その瞬間だ。

彼女は、花の咲いたような笑顔を見せる」


そこまで聞いた侍は、呆れ顔で言った。


「それはお前、エピック装備が当たったらの話だろう?

当たらなかったらどうするんだよ」


「そのときは、女シーフの元に行くまでだな」


侍は、しばらく黙ってから、長い息を吐いた。


――そんな、大騒ぎの現場だった。


そのうちに列も進み、勇者の番。


ガチャの前に立つ至高神の神官へ、ガチャ券の束を叩きつけるように渡すと、腕まくりしてハンドルを勢いよく回した。


「こいよ……今日は500連。全ツッパだ」


ガチャ機が淡い光を発した――


***


宿屋を出た一文無しの男は、行く当てもなくほうぼう歩き回り、気がつけばガチャ会場の前に立っていた。


すでに人影はまばら。

喧騒の名残だけが石畳に残っている。


「祭りは終わっちまったか……。

他人の爆死を見るのも、それはそれで面白そうだったがな」


燃え尽きたように座り込む勇者を、ちらと横目で見る。


――いくらつぎ込んだかは知らないが。

ガチャなんぞ、当たるものじゃないだろうに。


乾いた笑いが喉を通る。

だが、男はすぐに口元を引き締めた。


……とはいえ。

俺も、回しに来ているんだがな。


撤収の準備に入っていた神官に近づき、男は黙ってガチャ券を一枚差し出した。


軽い調子で、ハンドルを回す。


――どうせ、こんなもの。


ガチャ機が淡く光り、次の瞬間、虹色のカプセルが転がり出た。


ほらな。


神官が、震える声で呟く。


「……ドラゴンスレイヤー……!」


だが、その声は思案にくれる男の耳に届いていなかった。


当たるわけがない。

レジェンド装備なんて、夢物語だ。


あの宿屋の主人、上手いことを言う。

運命の女神を(かいな)に抱く冒険者、か。


俺なんて――。


ふっと、笑みをこぼした、その瞬間。


両手に、ずしりとした重み。


「レジェンド装備!

魔剣ドラゴンスレイヤーです!!」


……。


…………。


…………………………。


――は?


男の喉から、声にならない音が漏れた。


「た……た……」


足の力が抜け、体がぐらついた。

神官が慌てて支える。


「だ、大丈夫ですか!?」


「あ……あた……当た……」


呼吸がうまくできない。

片手で胸を押さえ、もう一方の手に伝わる重みを確かめる。


――間違いない。


息を整える。

そして、次の瞬間。


「当たったーーーーーー!!

ドラゴンスレイヤーだとっ!?」


声を張り上げる男に、神官は穏やかに拍手した。


「おめでとうございます。

ドラゴン退治、頑張ってくださいね」


男の声が、ぴたりと止まる。


「……ドラゴン?」


神官は、静かに頷く。


「ええ。ドラゴンスレイヤーですから」


男は、手にした剣をしげしげと見つめた。


煌びやかな装飾の長剣。

確かに、ドラゴンの鱗を斬り裂き、心臓へ致命の一撃を与えるに相応しい威容――


……いや。


ちょっと待て。


ドラゴン退治だと?


途端に、男の顔から血の気が引いた。


暗黒竜デスヴルームを倒すなどと、宿屋の主人に言っちまった。


「……いや、いやいやいや……」


思わず、口から言葉がこぼれる。


当たるなんて思ってもみなかったから、でかいことを言ってしまった。


あの主人――

暗黒竜の宝を半分やる、なんて話を真に受けているに違いない。


……まずい。


これは、まずい。


男は神官に軽く会釈すると、足早にガチャ会場を後にした。


***


「あっ、おかえりなさい」


宿へ戻ると、カウンターに座る奥方がにこやかに迎えてくれる。


男は、ドラゴンスレイヤーを包んだ布を胸に抱えたまま視線を逸らす。

そのまま黙って二階へ続く階段へ向かった。


「お客様?

なんだか顔色がよろしくないようですけど」


男は立ち止まり、首だけをぎこちなく向けた。


「そ、そうかな?

季節の変わり目はいけないな。

破壊神より、風邪のほうがよほど凶悪だ」


苦し紛れに言葉を継ぐ。


「……少し調子を崩しただけだ。

構わないでくれ」


そう言い残すと、男は逃げるように階段を上がっていった。


奥方が首をかしげていると――

宿の主人が、息を切らして勢いよく戻ってきた。


「おいっ!

お客様は、もうお帰りか!?」


「え……? ええ。つい、今しがた」


その瞬間、主人の目が爛々と光を帯びる。


「至高神様の神殿で聞いてきたんだ。

あのお客様が――ドラゴンスレイヤーを当てたってな!!」


「まあ! それは……すごいじゃないですか!」


「すごいどころじゃないんだ……」


主人が階段へ向かおうとすると、奥方が慌てて声をかけた。


「あ……!

お客様、少しお風邪を召したみたいで。調子が良くないと――」


主人は一瞬だけためらう顔をした。

だが、次の瞬間には切り替えた。


「いや、それどころじゃない」


奥方は首を傾げる。


「でも……。

お客様が強運なのは分かりますけど、それ、私たちには関係ありませんよね?

そっとして差し上げたほうが……」


主人の中の何かが弾けた。


「関係あるんだよ!!

お客様はな、ドラゴンスレイヤーが当たったら、暗黒竜を討伐して――

その宝を、半分、私たちに分けてくださると約束してくれたんだ!!」


奥方は両手を口元に当てる。


「まあ……」


主人は階段を見上げて続けた。


「この貧乏暮らしとも、おさらばだ。

あの方の討伐――私は、何がなんでも見届ける覚悟だよ」


それ以上は奥方も引き止めず、主人は階段を駆け上がっていった。


***


主人が、バーンと扉を開け放った。


テーブルに足を乗せ、椅子にだらしなく座っていた男の肩が盛大に跳ね上がる。


「な……なんだ!?」


主人は、ずいと距離を詰める。

部屋の隅に立てかけられた、大きな布に包まれた“何か”を見て、にやりと口角を上げた。


「お客様……おめでとうございます」


しばしの間。


「さ、参りましょうか。暗黒竜の討伐へ……!」


「参りましょうか、って」


男は顔をしかめる。


「いまから?

ちょっと調子を崩しててな」


わざとらしく咳き込んでみせる。


だが主人はひるまない。


「知り合いに、腕のいい薬師がいますから。

それに。お客様なら、何てことないでしょう?」


そう言って、つかつかと壁際へ歩を進める。

布を、ばっとめくった。


そこにあったのは――

魔剣ドラゴンスレイヤー、ではない。


男の装備品の、傷だらけの大盾だった。


「あれ?」


主人の口から、間の抜けた声が漏れる。


男は少し照れたように頭をかく。


「ああ。

ドラゴンスレイヤーは、そっちだ」


間を置いて、付け足す。


「これはな。……俺の相棒」


宿の主人は、ゆっくりと男へ顔を向ける。


そして、静かに。

確信をもって言った。


「あんた――タンクじゃないか」

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