親の承認
二月の終わり。道久は完全に復帰していた。誰からも襲われる事も、誰かに守ってもらう事もなく、大学に通いながらボクシングを続けている。大学は春休みが始まっていたが、道久は学内の図書館で勉強していた。
道久が大学から出ようとした時、五十歳前後の男がベンチに座りながら、
「君が坂東道久君だね」
と、声をかけてきた。道久が立ち止まって振り向くと、男は立ち上がり、
「俺は朝倉正和。和美の父親だ」
道久は生唾を飲み込んだ。正和は道久に歩み寄りながら、
「ちょっと話が有る」
正和は門に向かう。道久はついて行く。
正和は道久を連れてカラオケ店に入って行った。道久は疑問に思いながらも黙っている。受付が済むと二人は部屋に入った。
二人は向い合せに座る。道久は手を膝に載せている。正和は指を組んだ手を膝の間に置く。正和は無表情で、
「俺達警察は君の御母様がスパイだと知っている」
道久はビクリと上半身を動かし、
「そんな。あんなアバズレが」
正和は微動だにしない。道久の瞳が揺れる。正和は冷静な声で、
「俺は君自身の事も調べたよ」
道久は膝を強く握る。正和は、
「君は物心がつく前から施設に預けられたり母親の家で酷い目に遭ってきたようだね」
道久は俯く。正和は、
「この間、妻から君が娘を救ったと聴いている」
道久は頭を上げる。正和は、
「それなのに君は娘のせいで何度も死にかけた」
道久は頭を振る。その眼光は鋭い。正和は、
「君はこのまま娘と交際するつもりか」
道久は正和を見据えながら、
「貴方が俺を認めなければ、二度と俺は和美と会いません」
無表情だった正和の顔が驚きに変わった。道久は微動だにしない。正和は微笑み、
「俺は君を認めるよ」
道久は息を飲み、
「本当ですか」
「ああ」
数日後。和美が道久の家に来た時、道久は和美を座らせると、
「この間、お前の親父さんに会った」
和美の表情が険しくなる。道久は無表情で、
「親父さんは俺を認めてくれた」
和美は不思議そうな顔をする。道久は穏やかな顔で、
「お前が良ければ俺と結婚しないか」
和美の目が泳ぐ。道久は食卓の上で指を組む。和美はその手をじっと眺める。道久は動かない。和美は道久の目を見ながら、
「その前にお前の御両親に会わせてくれ」
道久の顔が曇る。和美は訝る。道久は、
「俺の母親は昔から俺の前で男を取っ替え引っ替えする淫乱女だ」
和美が目を見開き口を開けた。道久は目をそらし、
「俺は父親が誰だか一切分からない。あの女も分からないみたいだ」
和美は更に動揺し、身体が動いた。道久の顔が辛そうに歪み、
「親父さんはそれでも俺を認めたけれど、お前はどうだ?」
和美は額に手を当てて、
「親父がお前を認めたのも、お前の両親がそんな人間なのも俄に信じられねえ」
道久は無表情で和美を見ながら、
「どちらも本当だ」
和美はゆっくりと手を下げる。道久は腕を組む。
道久は昔から無愛想だが真面目だ。粛々とボクシングを続けているが、愚かな喧嘩はしない。女嫌いでもある。そんな道久が悲惨な家庭で育ったとは信じ難い。今まで誰にも悟られずに耐えてきたのだろう。女嫌いな理由は恐らく母親の影響だ。
和美は、
「生活費と学費は?」
道久は肩を落とし、
「あの女から毎月、カネをもらっているけれど、なるべく使わないようにしている」
和美は、
「それじゃあ、一応、俺は御母様に一度お会いした方が良いな」
道久は頭を振り、
「カネは自活出来るようになってから返していく」
和美が困った顔をする。道久は、
「お前にカネの心配はさせない」
和美は手をヒラヒラと振って、
「そうじゃない。俺は御母様に興味が有る」
道久は不思議そうに眉を寄せる。和美は、
「一度、御母様と会ったら婚約しよう」
道久は溜息を吐き、
「あの女から拒絶してくるかもしれないが」
「それなら仕方ない」




