限界
和男は大学に行かず、三日ほど寝込んだ。和夜と雪絵は何度も様子をうかがって水や茶を飲ませた。和男は丸二日は絶食した。その間にも正和は変わらずに出勤する。和夜と雪絵はなるべく早く帰宅するようにした。
四日目になってある程度立ち直り、和男はスマホを確かめた。突然休んだ和男へ大学の仲間から心配の連絡が来ている。和男は返信していく。
最後に坂東にも返信した。婚約が破談した事を正直に伝えた。その後、雪絵が作った料理をゆっくり食べる。
歯を磨いた後、またスマホを確かめると坂東からまた連絡が届いていた。翌日の夕方、自宅に来るようにと命じている。和男はその通りにした。
身体を洗い、着替える。家を出ようとすると雪絵が帰ってきた。和男は、
「ダチの所に行ってくる」
訝る雪絵に和男は苦笑いして、
「ソイツは信頼出来る奴だよ」
雪絵は不安に思ったが、行かせた。
和男は教えてもらった通りに坂東の家に向かった。途中で清酒を買う。予定よりも早く着いた。こじんまりとしたアパートだった。
出迎えた坂東は和男が酒を手にしているのを見て、
「お前、酒飲まないんじゃなかったのか」
和男は微笑みながら、
「今から飲むことにした」
坂東は和男を中に入れる。坂東の部屋は必要最低限の家具や物しか無かった。坂東は和男を食卓の椅子に座らせる。和男は酒を食卓に置くと座った。
坂東は和男の正面に座ると、
「お前、親父さんが憎いか?」
「ああ。殺してやりたい」
和男は笑みを浮かべているが、眼光は鋭い。坂東は指を組んだ手に顎を乗せ、
「折角だから酒飲めよ。トイレで吐いてもここで暴れてもかまわない」
和男の表情が暗くなった。坂東は無表情で、
「遠慮しているのか?」
和男はゆっくり頭を振り、暗い声で、
「俺は結局、男ではなかった」
坂東は右拳で頬杖をついて、
「この世には結婚どころか恋愛経験が全く無い男なんて腐るほどいるだろ」
和男は俯く。坂東は、
「犯罪や暴力を見逃す弱虫もいるし、むしろ女子どもを嬲って殺すクズばかりだろ」
和男は黙っている。坂東は、
「所詮、男なんてそんなもんだろ」
和男の顔が歪み、
「やはり生まれつきチンコが無いと駄目なんだよな」
坂東は拳から顔を離し、
「親父さんがどう思っているか知らねえが、俺はお前にそんな物が無くても男だと思っている」
和男は力無く笑い、
「俺は酒を飲むと完全に女になるんだよ」
坂東は不思議そうに眉をひそめる。和男は、
「酔っ払ったら性欲が湧くけれど、身体が女だから女としてヤリたくなる」
坂東は顔をそむけた。脳裏には高校の時の和男の寝顔が浮かぶ。和男は、
「真波はそんな俺を受け入れながらも俺を男として認め続けた」
坂東は腕を組む。和男は、
「そんな女は他にいない」
坂東の顔が苦悶で歪む。和男は顔を上げ、やけに明るい声で、
「ハハハ。もう限界だ。お前、幻滅しただろ。俺をズタズタにしてくれないか」
坂東は正面を向いたが固く目をつぶる。同時に歯を食いしばる。和男がカラカラ笑いながら、
「どうした?」
坂東は立ち上がる。和男が咄嗟に身構えると坂東は和男に背を向けた。和男は腕を下ろして坂東の様子をうかがう。坂東は動かない。




