心配する坂東
十月の半ば。和男はボクシング観戦していた。初めて観戦した時よりも慣れてきたが、緊迫した空気は肌で感じる。柔道の試合とは違った雰囲気である。白熱した戦いは恐怖と心地良さの両方を観客に与える。
全ての試合が終了すると和男はいつものように、そそくさと客席を離れる。会場を出ようとする時に、
「朝倉。話がある」
と、坂東に呼び止められた。
坂東は和男を近くの公園に連れて行くと、ベンチに座らせた。既に日は落ちて夜になっている。それでも温暖化のせいか寒くなかった。坂東は和男の正面に立ち、
「森田さんから話は聴いた」
和男が不思議そうな顔をすると坂東は、
「あの人は顔が広くて知り合いに警察関係者も記者もいる」
和男が黙って話を促す。坂東は腕を組み、
「お前、相変わらず痴漢を捕まえているようだな」
和男が首を傾げて、
「なんで怒っているんだ?」
坂東は険しい顔をしている。腑に落ちない様子の和男に坂東は、
「しかも先月なんて刃物を持った野郎を捕まえたんだろ」
和男は目をそらし、
「真波を襲おうとしてたからな」
坂東は鋭い声で、
「もうそんな事は止めろ」
和男は眉間に皺を寄せて坂東を睨み、
「むしろお前が犯罪者を捕まえれば良いじゃねえか。俺より強いんだし」
坂東の瞳が揺れた。和男の眼光が鋭い。坂東は顔をそむけて、
「俺は正義の味方でも何でもない」
和男の呆れた溜息。坂東が振り向くと和男の嘲った視線が刺さる。坂東は眉を下げて、
「そんな無理をしなくてもお前は十分に男だろ」
「俺は俺の人生を歩んでいるだけだ」
和男の冷淡な声。坂東は悲しい顔をして、
「いつか殺されるぞ。お前は不良でもヤクザでもないんだろ」
和男は俯き、暗い声で、
「今月の終わりに真波を俺の両親に紹介する」
坂東は驚いて口を開けた。和男は顔を上げて、
「俺の両親が承諾すれば俺達は婚約する」
坂東は空を見上げる。曇り空で星は見えない。坂東は、
「俺は親父さんが許すとは到底思えない」
和男が低い声で、
「お前は親父を知っているのか」
坂東は顔を戻し、
「知らねえ。でも分かる」
和男が膝の上で頬杖をつく。坂東は思い詰めた表情で、
「親父さんはお前に殺されてでも、お前を守りたいんだよ」
和男は不快そうに立ち上がり、
「意味が分からねえ」
坂東は俯く。和男は坂東から離れていく。坂東はハッキリした声で、
「後で結果を教えてくれ」
和男は足を止めずに、
「ああ」
と、短く返事をした。




