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曲がり角  作者: 加藤無理
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和男と真波の決断

 九月のある日。和男は真波のアパートに向かった。


 真波の部屋のドアの前で男が黙って立っていた。和男は五歩手前で立ち止まり、

「藤崎さんに何か用ですか」

 男は振り返ると、低い声で、

「お前が真波の今の彼氏か?」

 和男は不思議そうに、

「そうですが、何か?」

 男は包丁を両手で握りしめながら突進してきた。刺される前に和男は避けながら男に足払いした。男は見事に倒れたが、右手でまだ包丁を持っている。和男は男が起き上がる前に背中に乗りながら右腕を捻って包丁を落とし、そのまま締め上げた。


 異様な音を聞き、真波の隣に住んでいた老女がドアを開けた。驚く老女に和男は穏やかな声で、

「このまま締め上げておくので安心して下さい」

「痛い痛い痛い!」

 男が叫ぶ。真波もドアを開けて出て来た。和男は落ち着いた様子でハッキリと、

「真波。家の中で通報してくれ」

 真波は言う通りにした。男はもがくが和男は無表情で押さえている。老女は、

「ごめんなさいね」

 と、中に入ってドアを閉めた。


 しばらくすると警察が来た。警察官達が駆け寄る。一人が、

「御苦労!」

 もう一人が感嘆な声で、

「また君か」

 警察官達は男に手錠をかけて連行する。和男も事情聴取を受けに行く。真波も同行した。


 犯人は以前に真波に性暴力を振るったストーカーだった。ストーカーは一週間前に出所したばかりだがすぐに真波の居場所を突き止めた。


 今回は被害は無かったが、再犯である。起訴されて有罪判決を受けて長めの刑期を受ける可能性が高い。


 事情聴取を受ける時も説明を聴く時も真波は気丈に振る舞った。警察署を出る時、真波は悲しい顔で、

「ごめんなさい」

 和男は微笑み、

「お前は何も悪くないよ。俺は無事だし」


 和男は夜遅くに帰宅した。警察から話を聴いていた和夜と雪絵が真っ青な顔で迎えた。和夜は、

「兄貴。無事か?」

 雪絵は和男の両手首を掴み、

「怪我は無い?」

 和男は平然とした様子で、

「大丈夫だ」

 椅子に座って新聞を読んでいた正和は事務的に、

「来月か再来月に藤崎真波さんをこちらに呼んで来てくれないか」

 和男の顔が険しくなったが、

「ああ。分かった」


 和男と真波は話し合った。このまま交際を続けるのか。続けるとしても結婚するのか。どの様に生活するのか。

「本当に私で後悔しないの?」

「ああ」


 十月の初め。和男は真波と一緒に真波の実家に来た。事件を知らされた両親は急いで帰国していた。


 玄関で真波が両親に和男を紹介すると、和男は慇懃に頭を下げた。両親は居間に案内して、二人をソファに座らせた。両親は正面に座る。


 母親が上品な物腰で和男に、

「この間は娘を助けていただいて、ありがとう」

 和男が軽く頭を下げる。父親は指を組んで、

「君は娘と結婚するつもりか?」

 和男は淡々と答えた。大学を無事に卒業して自活出来るようになったら一緒にどこかへ住む。ホルモン治療と性別適合手術を受けて成功したら、戸籍の名前と性別を変更する。その後に結婚する。


 父親は黙って聴いていた。母親は不安そうな顔をしている。和男がとてもふざけているようには見えなかった。父親は真波を見やり、低い声で、

「真波。君は和男君が手術や治療に失敗して廃人になっても、死ぬまで介護する覚悟が有るのか?」

「勿論、有るよ」

 真波は父親を見返しながら即答した。母親の瞳が揺れる。父親は眉間に皺を寄せて、

「君ではなく和男君の人生がかかっているんだよ」

 真波は動じずに、

「和男が少しでも躊躇うなら手術も治療も諦めさせる。結婚出来なくても私はかまわない。それでも私は和男を支える」

 母親は真波の眼光が鋭いのを強く感じた。父親の表情が少し和らぎ、

「そうか。そこまで言うなら俺は祝福する」

 母親は不安そうに、

「和男君。貴方は本当にそれで良いの?」

 和男はゆっくり頷き、

「ええ」

 和男の瞳にも躊躇いは無かった。母親は、

「それでは貴方の御両親が受け入れるならば、私は祝福する」

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