アウティング
森田と和男が一緒に便所から出るところを坂東は偶然に見つけた。坂東は二人に駆け寄り、
「朝倉。どういう事だ?」
と、詰問した。二人は立ち止まって振り返る。和男は目をそらし、森田が不思議そうに眉を寄せる。坂東は低い声で、
「お前、女子トイレに入れよ」
森田は自分の腰に手を当てて、
「お前も何を言い出すんだ?いくらコイツが痔だからといって」
坂東は呆れ顔で森田を睨み、
「コイツはトランスジェンダーです」
森田はポカンとした。坂東は続けた、
「性自認は男ですが、生物学的には女です」
森田は動揺しながら、
「嘘だろ。逆だろ」
坂東は肩を落として溜息を吐いた。森田が和男を見やる。和男は気まずそうに、
「コイツの言う通りです」
森田の瞳が彷徨う。気まずい雰囲気を周囲の人々がそれとなく気付く。森田は和男に暗い声で、
「本当にすまなかった」
と、言葉を残して坂東の腕を引っ張って行った。和男は数秒ほど立ち尽くすと、足早に会場を出て行った。
森田は坂東を控え室に連れて行くと、
「俺達はこれからアイツをどうすれば良いんだ?」
坂東は無表情で、
「普段は男扱いしてかまいませんが、やはり女子トイレを使わせるべきかと」
控え室にいた男達が二人に振り返った。森田は皆に和男について説明した。痔の話の時に坂東は眉間に皺を寄せて、
「それは生理では?」
森田は苦悶の表情で俯いた。男達は考え込んだ。運営者の一人が、
「選手達や観客達にもそれとなく伝えておこう。こういう事はまた起きるだろうから」
森田の隣にいた男が、
「結局、彼はどちらに?」
運営者は、
「恐らく女子用を使ってもらうようになるかな」
坂東の隣にいた男が、
「トランス女性は女子トイレを使ってますが」
運営者は、
「必ずしもそうではないさ。俺は後で皆にも話す」
皆は何となく話を終えた。
坂東が帰る時、重量級で戦っていた選手が、
「こう言うのもなんだけど彼、可哀想だな」
坂東が振り向くと重量級の男は、
「だってカミングアウトもアウティングもかなり苦痛だろう」
トランスジェンダーだと告白するのも、隠しているのに暴露されるのも、当事者にとって心理的にも社会的にも危険が伴う。坂東は呟くように、
「確かにそうですが」
男は眉を下げて、
「これを機会に彼が来なくなったら申し訳ないな」
坂東は、
「アイツにはしっかりと説明しておきます」
と、頭を下げて駅に向かった。




