男の生き方
坂東は大学に入ってからもボクシングを続けている。早朝はジョギング。昼間は講義も議論もそつなくこなし、休み時間にはキャンパスの隅でノートパソコンで調べ物をしたり図書室で読書をする。夕方からはジムに通って鍛えている。
ある日、坂東が便所に向かうと、トランスジェンダー女性が女子便所に入ろうとしていた。坂東は眉間に皺を寄せて、
「お前、男子便所に入れよ」
トランス女性がギロリと睨みながら振り向く。坂東は全く動じずに、
「まだ性別適合手術を受けていないんだろ」
トランス女性は怒気を込めて、
「貴方、失礼ね!」
「どうしたの、宝田さん」
女子大生が駆け寄って来る。宝田は女子大生に振り向きながら坂東を指差し、
「こいつが酷い事を言うの」
女子大生が宝田の傍らで立ち止まり、不思議そうに坂東を見つめる。坂東は無表情で宝田に、
「お前が率先して性犯罪者を見つけて捕まえれば良いけどな」
宝田はフンと鼻を鳴らし、
「なんで私がそんな事をしなければならないの?」
坂東は露骨に嫌悪感剥き出しで舌打ちした。女子大生と宝田は額に青筋を立てる。坂東は嘲りを込めて、
「女装したからといってチヤホヤされると思うなよ」
女子大生は顔を青ざめる。宝田は泣きそうになって顔が歪む。坂東の後ろから、男子大生が、
「テメエ、いい加減にしろ!」
と怒鳴りながら頭を殴ろうとした。坂東はそれをかわしながら振り返り、男子大生のみぞおちをしたたかに殴った。ガクリと男子大生が床に膝をついた。女子大生が、
「ギャア」
と、叫んだ。近くにいた学生達はその光景で息を飲んだ。宝田は涙を流しながらその場を離れて行った。女子大生はそれを追う。別の男子大生が崩れている男子大生に、
「大丈夫か?お前、空手やってたのに」
と、動揺しながらも肩を貸した。
遠目で見ていた他の女子大生が坂東に、
「差別主義者!」
と、罵った。坂東はそれを無視して男子便所に入った。
坂東が用を足して手を洗う時、隣にいた男子大生が、
「俺はお前を支持するけどね」
と、呟いた。坂東が振り返ると男子大生は便所の外の階段裏に顎を向けて、
「少し話しないか」
男子大生と坂東が階段裏に来ると、男子大生は微笑みながら、
「俺は的場。実は俺、ゲイなんだけどね」
坂東が眉間に皺を寄せる。的場は真顔で、
「俺がお前を口説くなんて有り得ないから最後まで聴いてくれ」
坂東が黙って促すと的場は続けた、
「俺の初恋の相手がね、トランス男性だったんだよ」
坂東が不思議そうに首を傾げる。的場は、
「さっきの彼女と正反対。そいつは身体は女で心は男」
坂東の目が少し大きくなった。的場は、
「そいつと俺は同じ中学だった。そいつは異様に強くてね」
坂東の脳裏に朝倉和男の姿が目に浮かぶ。的場は、
「男勝りなんてもんじゃなかった。完全に男だったね、アレは」
坂東の目が泳ぐ。的場は、
「そいつの激怒した顔にゾクゾクしたよ」
と、言うと的場は目をそらし、暗い声で、
「でも俺はそいつに指一本触れなかったし、全く思いを伝えていない」
坂東は腕を組む。的場は坂東を見返しながら、
「だってそいつに対する侮辱になるからね」
坂東は暗い声で、
「確かにな。けど、その話とさっきのとどんな関係が?」
的場は肩をすくめて、
「そういう男を知ってしまうと、さっきの彼女にも、もっと強くて優しい人になって欲しいと俺は思うんだ」
坂東は低い声で、
「なるほど」
的場は手を振って、
「長話になったな、それじゃ」
と、立ち去って行った。




