出会い
病院に到着すると、受付にて入館証を受け取る。
俺達は、パラソムニアシンドロームを発症した患者が集患された病棟へと足を運んでいく。
徐々に人気がなくなっていくのは、隔離されている証でもあり、患者に危害が及ばないためでもある。
氷川 楓
そう記載されたプレートを確認し俺達は配置につく。ちとせは扉の前に待機し俺達は氷川 楓の側に敷かれた布団へと歩みを進める。彼女に近づく事に急激な睡魔に襲われる。方向感覚が危うくなりながらも布団へと辿りつく。俺達は、倒れ込むようにしてゆっくりと眠りへと落ちていく。
目を覚ますとそこには不思議な空間が広がっている。夕暮れの穏やかさが消え始め、何か悪いことが始まる予感を告げるべく陽が沈んでいく。夕暮れ時でありながらも、既に夜へと先掛かっている瞬間。街灯が点るたびに、薄暗い影が地面を伸び広がらせ、不安が心に忍び込む。
いつもと変わらない日常の筈なのに、人がいないだけでこうも恐怖を感じるのだろうか。先程まで沈んでいったはずの太陽がこちらを観察しているように、ずっと佇んでいた。人間味を感じない無機質な空間。これが氷川 楓の世界か。
「結構雰囲気を感じるね」
声の主を振り返ると、ゆりが感心したような表情で周りを見渡していた。周りを観察する彼女は表情とは裏腹に真剣味を帯びている。彼女も、この状況から得れるモノを必死に得ようとしている状況が伝わる。
「全部の窓が閉ざされていてってのが気になるがゆりはどう思う」
彼女は視線はずっと周りを見渡したまま、答える。
「心を閉ざしている状態とリンクしているのかも。太陽が沈まないのは愛や心の温もりを求めているからかもね。証拠にフランネルフラワーやワスレナグサ、金星といった愛を意味するモノが多く存在している」
所々で流れる流れ星もまた、彼女の望みを叶えたいという欲求の現れかもしれないと感じた。
「彼女はどこにいると思う?」
「君はどう感じているのかな?」
思考を放棄していないよねと批判するような視線を感じる。同時に君は本気なのかと問われている気もする。
「学校一択かな」
「それはどうして?」
彼女だって同じ様に思考をしている筈なのに聞いてくるのは、いつだって俺を試しているからだろう。本当に人を救える人間なのかと。俺も同様に彼女をその目線で見ているからこそ分かる感覚だ。
「屋根の方向、ミラーの角度、太陽の反対方向全ての視線が学校に向かっている。何よりも、学校が目立っている。」
「うん。私も同感だよ。彼女はきっと学校にいる。いこうか」
俺達は、歩みを早めながら彼女の元へと向かう。対策を立てている時間などないから。既に彼女は俺達がこの世界に侵入している事を知っているのでは無いだろうか?そのリスクを考えると足早になれずにはいられなかった。
※ ※ ※
10分ほど歩くと、学校に辿り着くことができた。全ての道がこの学校へと集約されるような構造だったお陰で迷わずに来ることができた。学校は木製やガラス張りといった最近のスタイルではなく、コンクリート調の昔ながらの建物であった。全部で4階まで存在している。上を見上げると3階に人影が見えた気がした。
「今の見えたか?」
「3階の人影だよね。」
「やっぱり彼女は学校にいたってことか」
俺達は想いだけは強く持ちつつも、冷静に全体を観察しながら進んでいく。校舎に一歩踏み込み周りを見渡したときだった。
「何しにここに来たの?」
心臓が止まるかと思う程の予想外に出くわした。先程までは確かに3階にいた。どうやって短時間でここに、じゃない。今考えるべきは、彼女と真摯に向き合うことだろう。俺は声の主の方に振り返り告げる。
「君とお話をするために来た」
振り返った先に見えたのは、灰色の髪を太ももまでたらし、目線はキリッとした視線の少女だった。こちらを値踏みするように見える彼女から警戒されないように、俺は自然な笑顔を作って応じる。
「そうだよっ。こんなに可愛い見た目をした子がいたら気になるでしょ」
ゆりが援護をするように、明るい雰囲気で援護をしてくれる。
「そうだよね~。可愛い子がいたら気になるよねっ」
普通に笑った笑顔だ。なのに俺は直観していた、しくじったと。それを一番感じているのは、ゆりだった。さっきまでの笑顔が崩れているからこそ、俺は察した。彼女はどこか楽しそうに笑っていた。
「じゃあ、死んで」
俺は咄嗟にゆりの手を掴んで後ろに下がる。俺達の前を通り過ぎた銀色に輝く包丁を目にし逃げることを決意する。心拍数はきっと異常値を超えた。ゆりはきっと数分で起こされるだろう。予測ができていた分、俺はきっと起こされるまでに時間を確認される。
「3分後にしてくれ」
ゆりが頷いたのを確認して、先に彼女がこの場を走って逃げる。
「あれ、君は逃げなくて良いのかな?」
「夢の中ですら、覚悟を決めれない人間と君は話をしてくれるのかな?」
「ちがいないね。じゃあ、鬼ごっこをしよっか。」
俺は、彼女から背を向けて逃げ出す。進行方向にゆりがいないことからも、彼女は既に目が冷めたのだろう。猶予は3分間逃げ切ることか。さすがに女子に負けるわけがないと鷹を括っている所があったのだろう。
「早すぎねっ」
彼女の走るスピードは俺よりも少し遅い程度で差は全然広がらない。これでも、俺は50m6.2何だが。彼女は6.7くらいだろう。徐々に差が広がっているがおかしいことに気づく。彼女が全然つかれた様子がないということだ。
「へぇー、君足が早いんだね。比較的自由に動ける私でも追いつけないなんてすごい」
関心が嫌味にしか感じないが、俺はペースをあえて上げて、引き離す。どっちみち追いつかれるのならばと隠れる場所に移動する。死の危機があるからか、いつもより早く走ってくれた足にも、体力にも限界が来出して俺は家の塀を飛び越える。
「はぁ、はぁ、はぁ。馬鹿げている」
俺は内心で悪態をついて座り込む。彼女から3分逃げ切ることなど簡単だと考えていたが、現実は甘くない。夢の世界に現実の常識を持っていっていた俺がアホすぎるのだ。
コツ、コツ、コツ。キリキリキリッ。
足音を含めて、壁をナイフで削っている音が聞こえる。俺は必死に生きを殺して潜む。
音が止んだ時だった。
ドスッ。眼の前の地面に刺さったナイフに視線がいく。そちらに注意がいったことが敗因だろう。目線を上げると微笑んだ彼女が目の前にいた。
「鬼ごっこは私の勝ちかな」
「確かに、この状況から逃げることはできないね」
俺が立ち上がるよりも彼女が俺にナイフを指す方が早いだろう。
「何か言い残すこととかあったりするかな」
「また、ここに来てもいいかな?」
彼女が初めて、笑みから表情を変えた瞬間であり、困惑した顔をしていた。
「まぁ、君とはもう会うことが無いと思うけどね。」
そういって彼女は思いっきりナイフを振り下ろした。
ドスッ。