雫の気持ち
「それでもごめんなさい……まだ私は、あなたたちに話す勇気がありません」
「いいんじゃない? だって、ちゃんと話したのって今日が初めてだし」
「私は初めてじゃないんだけど」
「……まあ、それは置いといてさ」
俺は苦笑しながら肩をすくめる。
「信頼ってさ、すぐに築けるもんじゃない。だから雫が話してもいいかなって思ったときに話してくれたら、それでいいよ」
「……いいんですか?」
「もちろん。それに、もし俺たちのことで気になることがあったら、遠慮なく聞いて。他にも勉強面なら、ある程度は答えられると思うし」
「……やっぱり気づいていたんですね。授業が、私の理解度に反映されていることに」
「うん。この世界は、君の記憶に影響されるっぽいからね」
「……もしかして、ユリちゃんも勉強できる方だったりする?」
「うーん、どうかな。滉誠ほどじゃないけど、できるって言いたいくらいには頑張ってる」
「普通にできる方だろ。前の世界で授業受けたときも、ちゃんと答えてたし」
「そうなんだけど…ね。君相手だと自信なくすんだよね」
「滉誠くんって、そんなにすごいの?」
「化け物って呼ばれてたよ、前の世界では」
(……それ、普通に悪口じゃね?)
そう思ったけど、俺はあえて何も言わずに引き攣った笑みを浮かべていた。
「私、この世界に来てから不安だったんだ。どっちが現実なんだろうって」
確かにこれほど精巧に再現された世界なら疑問に思うだろう。どちらが自分の日常なのかと。
「現実の私の体はどうなってるんだろうね」
それに対して、俺たちは何も言えずにいた。
「ごめんね。辛気臭い話をしちゃって」
「気になって当然だろう。もしかしたら自分は複製された存在じゃないのか、仮にこれが夢だとしたら現実の自分はどうなってるのか。勉強に遅れる等々、不安に思うことはあるだろ」
「でもさ、この世界で得られるものもあるって思えれば多少は楽になる」
「...そう、だね」
「いいんだよ人生なんて、遠回りするからこそ、大切だと思えることを見つけられるんだから」
「そっか」
そんな話し合いをしていると、予鈴が聞こえてくる。
「結構話し込んじゃったな」
「楽しい時間は早く過ぎるもんだよ」
「なるほどな」
「雫、もし良ければ放課後なんかで一緒にいられる時間が欲しい。もちろん、ゆりもだ」
「私は構わないけど」
「私も大丈夫です」
「ありがとう。でも、友人との時間も大切だろう。そっちを優先してもらってもいい。これは雫の人生だからな」
「私の...人生」
「はい」
雫とそういって別れる。拒絶されないように、それでいて踏み込めていただろうか。教室へと一緒に登校する関係性ではない。
そのことに、まだ、彼女との距離が離れていることを感じつつ、俺たちも教室へと向かうのだった。
***
Side雫
怪しいと思っていた人たちから接触があった。本当の狙いはなんなのだろうか。その事が頭をよぎる。
彼らはこの世界の人物ではない。けど同時にいくつもの世界を渡し歩いているようだ。ここは電脳世界なのだろうか?彼らは管理者のよう存在で...などと考えてしまう。
何より、空白の期間があるのが気になった。彼等はもしかして現実世界も行き来できるのではないか。そんな事を考えてしまう。
でも、確かに嘘は言っていないように感じる。誤魔化してはいるのだろうけれど、私の悩みを解決したいというのは本当のようだ。
にしても、普通に初恋相手をいきなり伝えられた時は驚いた。身方から驚かれているあたり、あれが彼の素なのだろう。
こうして他人を見定めることは以前ならなかった。それだけ私は人間関係で臆病になっているのがわかる。人を見定めるように見つめる今の自分に嫌悪感を抱く。
彼等は私のことを精一杯見ようとしているのにな...。そもそも彼等は高校生なのだろうか?身内から化け物と呼ばれるあたり、大学生などの可能性もある。
それでも、私を知ろうとしてくれるのがわかる。なら、私も彼等と少しは向き合おうと思った。