彼女の輪郭
翌朝、暖かな布団の中から、俺はゆっくりと体を起こした。昨夜は、和也から雫に関するいろいろな話を聞くことができた。
彼女のことが気になると伝えると、和也は目を輝かせながら、雫について知っていることを次々と教えてくれた。
昨年はクラスが違っていたらしいが、それでも彼の語る情報はどれも有益だった。彼女が所属している部活動や委員会については、事前に調べて把握していたが、話す内容と見事に一致していた。
つまりこの世界の人物ももまた、彼女自身の想像の範囲内で構成されている可能性が高い。そう確信をする。
さらに、俺が事前には知り得なかった細かい情報まで語ってくれることに、俺は強く興味を惹かれた。もし、彼の話がすべて事実であるとするならゆりの方は、一体どれだけの新しい情報を得ているのだろうか。
これまでの二つの世界とは違い、今回はクラスメイトからの情報収集が可能だ。それこそが、今回の世界の大きな鍵になるのかもしれない。
そう感じた時点で、俺はゆりに連絡を入れていた。『私の方でもいろいろ聞いてみる』と返信があったのを思い出し、RAINを開いてみる。
結構メッセージ、溜まってるなぁ。そんなことを思いながら、俺はゆりから届いた情報を一つひとつ確認していく。
クラスの誰がどんな印象を持っていたか、誰とよく一緒にいるか。その中には、俺がまだ掴めていなかった断片もあり、十分に価値ある内容だった。
けれど、最後の方のメッセージを読んだとき、思わず俺は目を見張った。
「そういえば、滉誠が雫ちゃんのこと気になってるってクラスのみんなには伝えてるからね」
…………。
確かに、俺もその設定で行こうとは思っていた。けど、まさかゆりの方から、そんな風に外堀を埋められるとはな。せめて事前に一言いっておいてほしいところだ。
とはいえ、理にはかなっている。俺が彼女に興味を持っている方が情報も集めやすくなる。何より、俺が言い出すことも想定しているのではなかったのかと思うと、思わず笑みをこぼしてしまう。
何より、「俺が雫のことを想っている」という設定は、実に都合がいい。クラスの女子たちから追加で情報を引き出せる可能性も高くなるし、行動の動機としても自然だ。
“気になる子のことをもっと知りたい”という理由なら、誰も疑わない。
懸念するとすれば、雫に伝わってしまい警戒されるかもしれない点だけだな。ゆりの方も口止めはお願いしているらしくそこら辺はカバーしていた。
まぁ、バレたとしても恋をするというのは自然な流れであり、致命傷にはならない。雫の反応を見れるというのも現状ではプラスだな。
もし、今日教室で顔を合わせたときに、彼女が俺を意識した素振りを見せるようなら、この世界で彼女が情報をものすごい速さで知る事ができるという事だ。
全てを把握する力すらある可能性が出てくる。心愛に確認した限り、夢の世界で全体の状況を完全に把握することは出来ないと聞いているが、想定はしておくべきだろうな。
この世界では、既存のルールさえ書き換える。そんな全能の展開も、あり得なくはない。
もちろん、彼女が何も反応を見せなければ、一つの指標になることには変わらない。そんなことを考えながら、俺はゆっくりと身支度を整えた。
「後生の方もちゃんと準備ができたようだな」
「あぁ。やっぱ、部活早いのか?」
「まあな」
和也と朝の会話を繰り広げながら、玄関を出た。今日もまた、一歩ずつ進めていこう。そんな気持ちを胸に、俺は歩き出した。
気持ちのいい太陽の光を浴びながら、他愛もない内容を話しつつ、学校へと向かっていく。ふと、和也が俺の方を見て、聞いてくる。
「そういえば、今日は泊まるところあるのか?」
俺は少し困った顔で笑う。
「正直に言うと、ないんだよな。でもさすがに今日もだと迷惑かなって……」
すると、カズヤはまっすぐこちらを見て、にっこりと笑った。
「遠慮するなよ」
その言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなる。
「じゃあ……今日も頼めるか?」
「もちろん」
「ありがとう」
彼に感謝しながら俺たちは並んで、学校への道を歩いていった。
(さすがに、ゆりの方はまだ学校には着いていか)
グラウンドからは部活動の賑やかな声が響いてくる。朝の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込みながら、俺は教室からその様子を眺めた。
(思ったよりも、いろんな部が活動してるんだな)
そう呟きつつ、俺は校舎の中を歩いてまわることにする。
廊下に貼られたポスター。部活動の勧誘、委員会の呼びかけ、行事予定など様々な掲示物を眺めながら、俺は少しずつ情報を集めていく。
どの文章も、内容がしっかりと整理されていた。しかし、新聞等に見られる硬い文章ではない。大衆文芸を連想させる様な文体になっている。
どこか雫らしさを感じさせるものがあった。この世界は彼女の想像から形作られているのかもな。
ぼんやりと抱いていた疑念が、じわりと確信へと変わっていくのを感じる。作り込まれた空間の中で、静かに、しかし着実に彼女の輪郭が浮かび上がってくるのを感じた。