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ナイトメアシンドローム  作者: 夢見る冒険者
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雫の世界

「ひな、ちとせ。準備はできてるか?」


翌朝、目覚めた俺たちは、いつものように軽くミーティングをしてから動き出す。二人がうなずくのを確認して、俺は今日の流れを再確認した。


「基本は、ちとせの案通りに行く。寄り添う形で、雫に接していこう」


皆が頷くのを確認する。


「もしそれで反応が悪かったり、うまくいかなかった場合は、予備の案が使えるか考えるだよね」


「あぁ、あとは臨機応変にだな」


「私が言った様に、滉誠が挑発してみるのもアリってことです?」


ひなが軽く目を細めて言う。


「ああ。もちろん、彼女の反応を見て判断する。俺とゆりで状況を見極めるよ」


全員の視線が交わる。状況はきっと、動いてみないと分からない。だからこそ、臨機応変に対応していく必要がある。


「じゃあ行こうか」


それぞれがうなずき、静かに深呼吸をする。病室でいつも通り手続きを済ませ、ゆりと2人病室の前に立つ。


「改めて確認するけど、準備はいいか、ゆり?」


「うん、私のほうは準備できてるよ」


俺はにうなずいて、扉をそっと開けた。扉を開け、中に入るといつもの様に眠気に襲われる。彼女のそばには、敷かれた布団が二組。俺たちは、そこに身を預けるように横たわる。


キーン・コーン・カーン・コーン。どこか懐かしいチャイムの音が耳に届く。ゆっくりと目を開けると、そこには見慣れた教室の光景が広がる。


緑色の黒板、窓際に差し込む光、そしてスライド式の扉。その扉が音もなく開き、教師が教室に入ってくる。


「それでは、教科書の43ページを開いて」


見知らぬ先生による授業が始まった。用意された数学の教科書を開く。内容は複素数だった。

懐かしいなと思いつつ、教科書を眺める。


確か高校1年のときにやった気がする。通常なら2年生でやる内容だったのかと思いつつ、俺は授業を受けていた。


視線を横に移すと、ゆりの姿がある。そして雫の姿も確認できた。机に向かい、ノートをとり、時折うなずきながら話を聞いている。


絵に描いたような「模範的な生徒」。その姿に、どこか安心感を覚えると同時に、少しだけ距離感も感じる。


「そこの君、随分と余裕そうだな。授業よりもクラスメイトを観察する暇があるとは」


そんな声が俺に向かって飛んで来る。確かに教師から見るとぼんやりと教室を見渡していた様に見えるだろう。教師は注意をする様に俺に話しかけてくる。


皆の視線が集まるのを感じつつ、雫の様子を視界の端で捉える。皆と同じ様に俺を見つめるだけか。


心愛の様に予定外のことが起きた時の反応を知りたいがためにとったが、動揺はしてないか。この程度は日常の範疇ということだろう。


「まだ、上の空の様だな。なら眠気覚ましに、この問題でも解いてみろ」


先生はそういうと、にこやかにプリントを一枚、俺の机に置いた。


「少し先の内容になるが、これを解いてみようか。余裕があるようだしね」


余裕、ね。確かに、複素数を習いたてならこの問題を解くことは難しいだろう。けど、生憎俺は予習済みだ。さて、想定外の問題を解く生徒がいたらどう感じる?


「m0 > 0 となるのは、ad - bc≠0 のときです」


俺は、あえて最後の答えを先生に伝える。静寂が教室を包み、雫ですら驚いた様に俺を見つめる。黒板の前に立つ教師の表情も驚いた様に口を開けたまま固まっていた。


「まさかこの短時間で解いたというのか?」


少しだけ肩をすくめてみせる。


「たまたま、似たような問題を以前に解いたことがあったんですよ」


半分は本当で、半分は嘘だ。数学の問題というのは、問いの形が違っても、結局問われている本質は同じ事が多い。構造を見抜く力さえあれば、応用問題だってただの変形にすぎない。


勉強なんてものは、結局慣れだ。何より、これは彼女が創造した世界なら教科書や問題も過去に見た事があるものが再現されている。


同じ都内なら似た様なものが多い。だから俺が解ける内容の範疇で収まっていた。


雫も、どうやら俺の存在を認識した様だった。けど、ゆりにまでは意識が向いていない様だった。これ以上は彼女に悪印象を持たせてしまうだろうな。


「先生、授業の進行を妨げてしまってすみません。」


余計な諍いを生まない様に俺は素直に頭を下げた。


「先生の分かりやすい授業を邪魔したら、皆さんの理解にも影響が出てしまいますからね」


そう付け加えると、先生は少し驚いたような顔を見せたが、すぐに表情を緩めて嬉しそうに授業を再開した。静かに時が流れ、1時限目の授業が終わった。


二限目、三限目と、特に波風も立たず授業は進んでいった。休憩時間、雫はクラスメイトと楽しそうに話していて、うまくやっているようだった。


クラスではすでにグループができあがっていて、元から存在しない俺は自然と輪の外に立つことになる。


クラスの様子を観察していると、ゆりの凄さを実感する。


「この問題、ちょっと教えてもらえる?」


という一言をきっかけに、相手の服装や身に着けているアクセサリーをさりげなく褒めて会話に繋げ、あっという間にクラスの中心グループの輪の中で自然に話を回していた。


すごいな。そう思いながら、俺も見習って、少しずつクラスメイトに声をかけていく。昼休みにはご飯を一緒に食べるクラスメイトがいるくらいには話せる様になっていた。


普通なら、クラスにいない人物がいたら気にするのではないかと思っていたが、雫が俺たちのことを気にかける様子は一切なかった。


まるで元からクラスにいた様につつがなく進行していく。それ自体が違和感に感じつつ、昼休みを終えた。

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