疑い
風呂に入る準備を始めようとすると、不意にちとせが声をかけてくる。
「……前から、聞いてみたかったんだけどさ」
軽いトーンだが、その瞳はどこか真剣だった。
「滉誠って……女の子のこと、好き?」
「……は?」
あまりに突拍子もない質問に、俺の思考が一瞬フリーズする。
「それってどういう……?」
思わず聞き返すと、横からゆりが小さく頷く。
「うん。ちょっと、心配にはなってた」
「私も、疑っていたです」
ひなまでもが俺に疑いの目を向けてくる。
「いやいやいやいや好きだよ普通に」
「へぇ」
「そうなの?」
なぜ疑いが張れないのかは分からない。というか、以前もこういう話した様な...
「だってさ、ゆりとかひなって、見た目も性格も普通に可愛いじゃん?でも、滉誠ってあんまり興味なさそうに見えるっていうか」
「この施設に入れる時点で、恋愛目的の奴は省かれていると思うぞ」
面談を含めて視線や心拍数という部分含めて測っていたはずだ。それに加えて女性の意見も聞いているからある程度は弾いている。
「ん、でも...」
ちとせは何かを思案する様に悩んでいる。
「何か気になることでもあったのか?」
俺が聞くと、彼女は少しだけ間を置いてから口を開いた。
「滉誠も知ってると思うけど、この施設には8つのチームがあるでしょ?」
「あぁ」
「その中に、もう一人だけ男性アタッカーがいるチームがあるんだけど、攻略する女性に恋心に抱かせて救ってるみたいなんだ。……目覚めさせるって意味では効果はあるみたいでね」
何となく、ちとせが心配している事が分かった。
「安心しろ、俺はそういう方向性は好まない」
恋愛感情を利用して心を揺らすやり方は、確かに効果的だろう。愛という名の衝動は、時に人を絶望の淵から引き上げる力すら持っている。
だがそれはあまりにも、脆い。もしも裏切れば、再びその人は立ち上がれなくなるかもしれない。目的のために誰かの想いを踏みにじるのはそれはもう“救い”じゃない。だから俺は、その手段を使わない。
内心を悟らせぬよう、言葉を選んで続ける。
「その方法だと、救われた人が前を向けないからな」
一瞬の静寂。その後、ちとせがふっと息を吐き、微笑んだ。
「...そっか」
その表情には、どこか安心したような柔らかさがあった。
(だから、私たち、あなたを信頼してるのかもね)
下を向いて何かをちとせが呟いているがそれを聞き取ることはかなわなかった。少しでも懸念材料を減らすために、ちとせに確認をする。
「念の為に聞くと、そいつはチームメンバーに手を出してたりしないよな?」
採用を許可したメンバーの一人である手前、俺にも当然責任が生まれる。それとなく聞くいてみることにする。一応チームメンバーには彼を制御できる人物を選んでいるはずだが、詳細を確認する必要はあった。
ただ、仮に俺の予想を超えているのだとしたら、利用できる価値が高い。そんな存在に成長しているのなら妹を救い出せる可能性があるからだ。
「そういうのは無いみたい。単純に天然の人垂らしって感じらしいよ」
「無自覚なのが一番タチが悪いけどね」
「実際に会ってみたら好きになるって可能性も...」
とその先を言う前に口を閉じる。ゆりからかつて無いほどのプレッシャーを感じたからだ。
「ゆりとひなの事を可愛いと思ってもアプローチしないのは何で?好きな人がいるとか?」
空気を変える様に、空気を変えるように、ちとせが問いかける。そういえばちとせは恋愛話が好きだから単純に気になっているだけかもしれないな。彼女のキラキラした目を見てそう思う。
「妹を救うっていう目的が何よりも優先だからだな。チームメンバーに手を出して、ここにいられなくなるなんてのは、正直一番避けたい。だから、軽率な真似は絶対にしない」
俺の言葉に、みんなが笑みをこぼした。
「滉誠ならそう言うと思ってた」
「まぁ、誤解も解けた様だしな、風呂入ってリラックスしよう」
「うん」
そういって俺たちはいつも通りに戻る。雫を救うために、思考を巡らせるのであった。