病室
「サイフォス、色々と連れ回してしまってごめんなさい」
「いえ、そんなことありません。私は貴方と過ごせて幸せでした。それに滉誠とも出会えましたから」
サイフォスが優しくそう告げると、心愛はおそるおそる俺の方を見た。
「滉誠さん。あなたも、振り回してしまってごめんなさい」
心愛はしょんぼりと少し肩を落としていた。その顔には、どこかしら申し訳なさと、それでもわずかに警戒するような色が混じっていた。ゆりの服の裾をぎゅっと握りしめ、その背中に半分隠れながらそう口にした。
「いや俺の方こそすまなかった。君を追い詰めたという自覚はあるから」
そう言って、俺は頭を深く下げた。
「心愛ちゃん。確かに滉誠はものすっっごく厳しいところあるけど、でも嫌な人ってわけじゃないよ。ただ、理想が大きいだけなんだ」
「それは…私もわかってます。でも、なんというか……」
心愛の表情を見て、ゆりは何かを察したように目を見開く。
「あー、確かになんとなく平凡に生きてる私達からすると、高い理想を持って行動する人を見ると自己嫌悪に陥っちゃうよね」
「そうなんです。彼みたいには生きられないって思うと落ち込んじゃいます」
「うん、そうだよね」
二人は同じ思いを分かち合うように、うなずき合っていた。どうやら今回ばかりは、俺は蚊帳の外らしい。それでも心愛は、ちらりと俺の方を見て、少し恥ずかしそうに言った。
「助けてくれて、ありがとうございます。あなたが本気で私のことを思ってくれたのは、伝わってます」
どこか硬い印象を受けるけれど、きちんと想いを伝えようとしてくれているのは伝わる。だから、
「俺の方こそ、君の笑顔が見られてよかった」
本当によかったと俺は満面の笑みで答えると、また心愛はゆりの背中に隠れる。やはりまだ、警戒心は解けないんだろうな。
何やら、二人で話し合いながら俺のことを見ている姿が気になるが内容までは聞こえなかった。ゆりが首を振っているのを見ると、対応を間違えたのかもしれないな。
「改めて、ゆりちゃん、滉誠さん私を助けてくれてありがとう」
そこに先程まで怯えていた少女はない。彼女もまた一歩踏み出すように、皆の前に出てお辞儀をする。
「そして、サイフォス」
そう言ってサイフォスの方に向き直ると彼女は改めて、彼を観察する。
「大好きです」
そう言って満面の笑みを浮かべる彼女の姿はどこか羨ましく感じた。同時に、なぜか胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
きっと、予想外だったんだと思う。こんなにも彼女が綺麗に見えるなんて、思っていなかったから。恋ではなく、単純に誰かを本気で想える姿を美しく感じた。
光に包まれていくこの世界の中で、俺はそんな想いを抱えながら、静かに微笑んでいた。
***
目を覚ました先には、ゆりの姿があった。どうやら今回に限ってはゆりの方が目を早く覚ましたらしい。
もしかすると、俺自身がまだあの世界にいたいという心残りがあったからかもしれないな。そんな事を思いながら、ゆりを見つめる。
「私のことを見つめているけれど、何か変?」
ボケーッと見ていたからだろう。ゆりは不安そうに俺のことを見つめる。
「いや、ゆりがパートナーで良かったと思っただけだよ」
「そっか。ようやく私の凄さを認めたか」
「最初から認めているけどね」
そんな風に話していると、うぅ〜んと横から可愛い声が聞こえる。俺たちは目を見合わせた後、心愛のために仕切られたカーテンを開ける。
「心愛ちゃん目を覚ましたの?」
「えっと、目は覚ましていたんですけど、二人の会話を邪魔するのも悪いかなと、でもでも、これ以上聞いているのも悪い気がして」
俺たちは互いに顔を見合わせ、首をかしげる。
「だって、先ほどパートナーだって」
あぁ、なるほどなと思う。隣を見るとゆりの顔が少し赤くフリーズしていた。どうやら心愛、うっかりゆりの地雷を踏んだらしい。
「ゆりとは、心愛みたいに夢の世界に囚われた人の目を覚ますビジネスパートナーってやつだよ。心愛が心配するような関係じゃない」
たぶん、心愛は「ゆりが取られちゃう」って思ってるんだろうな。
「そういう事ではないんですけど...」
ゆりは少し膨れた表情をしている。もしかしてと都合のいい可能性について考えるが、心当たりがない。あぁ、プライド的に無しと言われるのは腹が立つというやつだろうな。勝手に振ったお前は何様だ的なやつだろう。
でも、今更ゆりのことを気になっていると言うのも変だよな...とそんないつもと違う事で悩んでいる自分に笑ってしまう。
「どうしたんですか?」
「いや、こういういつもと違う日常もいいなって思っただけだよ」
「滉誠さんって、案外普通なんですか?」
「あぁ、もしかしてあっちの世界と印象が違うって感じてる?」
「そうです。あっちだとすごく手入れされた日本刀みたいな雰囲気でしたよ」
「まぁ、あの世界では騎士って役に入り込んでいたからな。今は、高校生だし」
「切り替え早すぎじゃないですか?」
「まぁな」
そんなやり取りをしていると、ゆりも話に入ってくる。
「二人とも仲良くなってるのはいいけど、心愛ちゃんも検査が必要だから、先生呼ぼうか」
ゆりがそう告げると、心愛は自分に繋がっている点滴を見て、自分の状態を理解したようにうなずいた。
「そうですね……」
少し寂しそうに笑ったその顔に、ゆりが声をかける。
「大丈夫だよ。また来るから。もし来てもいいなら、明日も来たいな」
「もちろんです!!」
心愛はぱっと明るい表情で、声を弾ませた。
「俺も来ていいか?」
「はい。今の滉誠さんの方が、好感持てます」
「そっか」
俺もどこか嬉しくなって笑う。心愛にまた、と告げて俺たちは病室を後にした。