ゆりの思い
「...ゆり?」
扉から入ってきたのは、ドレスに身を包んだゆりだった。後ろにはメイドが控えていることから、きっと正式な手順を踏んでここにきたのだろう。
「今ってどういう状況なのかな?」
なんて、彼女は明るく笑ってそう言う。きっと、この重苦しい空気を少しでも和らげたくて
空気を読んで無邪気な態度をとっているのだと感じた。
俺は、できるだけ簡潔に、そして丁寧に状況を説明するよう努める。
「俺は、問いかけたんだ。元の世界に帰るのか、それともこの世界で生きていくのか決めるのは、心愛自身だって」
「それだけでもキツい質問だけど、それ以上に何かないと、あんなにも悲壮感を漂わせてないでしょ」
ゆりは俺を問い詰めるように聞いてくる。
「何でもできるあなたには、私の気持ちはわからない。最愛の騎士からの信頼も、必要な物資の調達の調達も全部できるあなたにはって」
「...そっか」
ゆりは短く頷く。その表情はどこか納得したようで、それと同時に、何かを思い出すような目をしていた。
意外そうに俺が彼女を見つめるとゆりは、ぽつりとつぶやく。
「そうだね。滉誠は気持ちを理解できても、人の痛みまでは分からないと思う」
「……痛み?」
「うん。たぶん共感はできる。でもね、実感がないの。できない苦しさとか、狂おしいほどの嫉妬とか、そういうの」
「どういう...」
そういって、理解してしまう。多分薄々気づいていて認めたくなかっただろう事実に。
「だって滉誠って、どんなことも努力すれば成し遂げられるって思ってるでしょ?」
ゆりはじっと俺を見つめながら続ける。
「もちろん、できないって分かってる分野もあるよね。将棋やフィギュアの選手など特定の分野は無理だと思ってるんじゃない」
「そうだな」
「でも、運動選手って広い視点で見ればなれるって思ってるでしょ」
「確かに、その通りだよ」
「でしょ? だから滉誠はできない人の痛みを理解することができない」
不可能はないと固定観念を壊して生きてきたことが原因だろう。社会に出れば出来ないなんて通じない、どうやるかと考える癖を、同世代にも押し付けていた。最初は自分もできない側だったのにな。
「滉誠に、ひとつだけ質問してもいい?」
「あぁ」
ゆりは心愛に一瞬視線を落とし、それからまた俺を見た。
「君は、今まで生きてきた中で“どうして自分は生きてるんだろう”って考えたことある?」
その問いかけは、心愛の気持ちを代弁するようで、俺にも悟らせるための言葉だった。だからこそ、素直に答える。
「そんなこと考えても、意味ないだろ?」
「そう。君は答えがないことを考えない。でもね…」
そう伝えるゆりの声は震えていて、彼女もまた自分の弱さを曝け出してでも、伝えるという強い思いを感じた。彼女は言葉を止めることなく話す。
「自分の能力が足りなくて、頑張っても報われないって気づいて、恐怖に身が竦んだ時、私たちは、考えるんだよ。
ーーどうして私にはできないの?
――どうして、あの人はすぐにできてしまうの?って」
その想いは、きっと心愛に向けたものだった。彼女の気持ちを言語化する様に、ゆりは俺に伝える。
「なにより、滉誠のようにすぐにできてしまう存在がそばにいると、どうしても嫉妬しちゃうんだよ。自分の無力さを理解させられるから」
経験の差だと説明しても、それじゃ届かない。
だって、心は理屈で納得しない。あぁ、そっか俺の言葉は心愛には届かない。だから、ゆりに託すんだ。
俺はゆりの補助ができるように、素直に答えることを心がける。彼女が見た未来の姿を見据えて。次に紡ぐ言葉を待った。