失意
絶え間ない攻撃に対して、俺たちは的確に対処していく。ただ、無尽蔵に体力が持つはずもなく、俺もサイフォスも、次第に疲労の色が見え始めていた。
補充される兵に“体力”という概念はなく、攻撃の手が止まることは一切ない。このままでは、俺もサイフォスも持たないだろうな。
心愛の気が済むまで、諦めるまで付き合うと決めていたが、己の限界も考え、決意する。同じように切り掛かってくる敵兵士を斬り伏せた勢いのまま、心愛との距離を一気に詰める。
突然のイレギュラーな行動に、彼女の心が焦りを見せる。自身を守るように兵を動かそうとするが、それを明確にイメージできるはずもなく雑な動きになる。
俺はその隙を突き、兵の間をすり抜けて心愛へと急接近する。驚いた彼女は、その場から逃げようと慌てて後ずさるが姫用の靴に慣れていなかったのだろう。彼女は、足を取られるようにして後ろへと倒れ込んだ。
俺に斬られることを想像したのだろうか、心愛は目をぎゅっと固く閉じたまま動けずにいた。俺は、その場でじっと立ち止まり、彼女が目を開けるのを、ただ待った。
ようやく目を開けた彼女は、俺が手を差し伸べていることに気づく。
「どうして……どうしてそんなに完璧なのかな」
心愛はすがるように、泣きそうな瞳で俺を見つめながら問いかけてきた。
「完璧なんかじゃないよ。俺にだって……できないことは沢山ある」
それでも、彼女は力なく微笑んで、ぽつりと呟いた。
「ここまでしても、私は勝てないんだね。君は乗り越えてしまうんだ」
その声には、敗北への嘆きと、自分自身への諦めが滲んでいた。
「私と君でいったい何が違うんだろうね?」
そう続けた彼女に、俺は答えられず、ただ黙ったまま立ち尽くしていた。
「私の好きな騎士に頼られて、この世界の人たちに認められて、君はたった数日しかここにいなかったのに成し遂げてしまう。すごいね」
それを言う彼女の目は、もう俺を見ていなかった。まるで遠くから眺めているような、そんな目だった。
きっと、彼女の心はもう、俺を拒んでいる。
この状況は、最悪の一歩手前。どうすれば、彼女の心をもう一度、とふと頼るようにサイフォスに目線を向けてしまう。
俺の視線を受け取ったサイフォスは、一歩一歩しっかりとした歩みでこちらへと近寄ってくる。その気配に気づいたのか、心愛がサイフォスに声をかけた。
「...サイフォス、あなたに聞きたいことがあるの」
「何でしょうか」
「どうして滉誠の方についたの?」
その問いは、単なる疑問ではなかった。彼女自身がまだ見つけられずにいる、答えを探そうとする問いだ。
「あなたの幸せにつながると思ったからです」
サイフォスは、ほとんど間を置かずに答えた。
それがまるで、自分の本心を証明するかのように、心愛の瞳をまっすぐに見つめながら、はっきりと答える。
「……私の、幸せ?」
「はい。ここで滉誠を倒したら、あなたはきっと後悔する、そう思ったんです」
その言葉を聞いた心愛は、ほんの少しだけ目を閉じたあと静かに目を伏せた。
「それが私の本心の一部なのだろうね。ありがとう。けど私はあなたや滉誠みたいに、強くなれない」
そう呟いた彼女の顔には、まるで希望を失ったような、深い影が差していた。きっと彼女に対して俺にない長所があると説明しても受け入れはしたいのだろう。
その場で動かなくなった彼女を見つめていると、急に閉鎖されていた扉が開いた。