スタートライン
たった丸一日しか入ってない空間けれどこの重さ俺は覚えてる空気が澱んでおり寂しげな夕暮れ、流れる雲をは通常より早く焦燥感を感じる。最後に言った、彼女への言葉を思い出す。
またここに来てもいいかな。そう告げた時の彼女の表情俺を鮮明に覚えている。不安と期待と焦燥感。そして罪悪だ。笑顔にして俺とゆりとちとせとひなで彼女を救ってハッピーエンドで終わらせてやる。
「ゆり、行くよ」
そう告げた時だった。
「へー本当にきたんだね」
最初から予想外かよ。嫌な汗が背中を伝う感覚がする。素直な気持ち。
「もちろん約束したからね」
俺は彼女の瞳をしっかりと捉えて話す。
「そう...」
彼女は考え込む様にして、少し俯いた考え込むポーズを取る。
「名前、聞いてなかったね。君、名前は?」
「滉誠。神楽坂 滉誠」
少しでも名前を覚えてもらうために、二度伝える。
「こうせいね。誰よりも正しくあって欲しいって名付けられたのかな?」
こちらの表情を伺う彼女を見て思う。彼女の気持ちを探る様に楓も俺たちを審査しているのだと。
「両親にはそういう意味でもつけられているね。あとは、目標に向かってひたむきに努力し、誠実で信頼に応えられる人になって欲しいとね」
「ふ〜ん。素敵だね」
ふふっと彼女は笑みを浮かべる。
「あなたは何をしにきたの?」
ゆりの方を見つめて、楓が問いかける。
「あなたを知りたいと思った。それと、笑顔を見てみたいと思ったから」
ゆりが少し首を傾けながら答える。現状の自分の感情を確かめながら応えた一言だった。
「知りたい、笑顔を見たい。へぇー。それは私が可愛いから?」
楓は満面の笑みを作って答える。相手を推しはかる様に、瞳の奥からは狂気に近いものを感じる。
「単純にあなたが私に似ていると感じたから。周囲の反応を気にして、相手が求める理想の私を演じる。そんな気がした」
「わかった気でいるんだね。私のことを」
口元に笑みを浮かべているが、目は笑っていなかった。
「分かってなんていない。だから、知りたいんだよ。楓のことを」
「そっか。じゃあ、私の気持ちをありのまま受け止めてくれるかな?」
にっこりとした表情で楓は問いかける。
「いいえ。受け止めるんじゃない。私は、対話しにきた。」
語尾が強く、感情が乗っているのがわかる。ゆりってこんなに力強い人間だったのかと俺自身が驚いてゆりを凝視してしまう。
「ヘェ〜、良い子ちゃんじゃないんだね。あなた」
楓も一瞬驚いていた表情を浮かべたが、興味のある対象としてゆりを深く観察していた。
やっと俺たちはスタートラインに立てた様だ。
***
side楓
二人ほど私の世界に侵入してきた人がいることを感知する。何度も懲りないものだ。両親が頼み込んだのだろうか?それとも、私と同じ様に囚われた人達がいて救う組織でも結成されたのだろうか?
「本当にめんどくさいな」
一人だけの教室でボソッと呟くが返答が返ってくる事がない。思えばこうやって素直な気持ちを溢すことすら私は出来ていなかったのだと気づく。本当に生きづらかった。
特別優秀なわけではない。ただ人よりも沢山のことが出来ただけ。人より視野が広く、人よりも物覚えが良くて、それを実行できる体があった。
沢山の人が悩むから、その悩みに寄り添って解決出来る環境を作った。私はたまたまそれが得意だった。皆から感謝されて、両親はそんな私が誇らしげだった。
いつからか、私は特別な存在として扱われ始めた。告白されることは無くなって、私の言葉を信じることしかしなくなって、私は間違えることが出来なくなった。
息苦しい。誰にもこんな気持ちを相談できなかった。相談する相手もいなかった。
私は特別なのだろうか?テストでは学年で五位くらい。運動は女子で三番目。顔も学校では一番かもしれない。
けれど全国で見たら、私よりも特別な人は大勢いて、私である必要なんてない。私は誰?私は何?何のために生きてるの?それが私にはない。
まるで、世界から切り離された様に感じた。そして、ここが私の世界。今日も侵入者が私の世界を脅かしにくる。何のために?
最後の彼の言葉と表情を思い出す。命の危険があっても来るのだろうとしたら、次は何をすれば去ってくれるのかな?
私はそんな事を考えながら、彼らの方向に向かった。