邂逅
「お嬢様と会うことを認めましょう」
心愛の執事は静かにそう告げると、踵を返し、俺たちが戦った相手の方へと向き直った。
「あなたも、ご苦労様です」
彼は騎士に一礼する。騎士は余計なことは何も言わずに、礼をして感謝の意に答える。その姿を見て、執事とはいえ相当な地位にいるのだろうと改めて感じた。
「では、行きましょう」
その一言に従い、俺たちは執事の後をついて歩き出した。廊下は、王宮に相応しいきらびやかな装飾と絵画に彩られている。そんな中を進み、やがて一つの扉の前で足が止まる。執事がノックを三度行い、呼びかける。
「アリシア様。サイフォス様ならびに滉誠様がお見えになられました」
扉の中からすぐに返事があり、メイドのどうぞ、という声とともに扉が開く。部屋には、彼女のそばに控えるメイドが二人。そして護衛と思しき騎士が二名、背後に控えていた。
「席を外していただいて大丈夫ですよ」
心愛が穏やかにそう告げるが、護衛たちは一度目の提案では動かなかった。
「もう一度言います。信頼のおける者と話したいのです」
そう重ねて告げると、護衛の騎士たちはようやく頷き、静かに部屋を出て行く。執事もまた、無言で後を追った。さすがにメイドたちはその場に残ったが、護衛を外すという判断は、俺たちへの相応の信頼を示しているように思えた。
「お二人とも、お越しいただきありがとうございます」
アリシアが落ち着いた声で言う。
「いえ、あなた様に呼ばれれば、どこへでも駆けつけますよ」
そう答えた瞬間、サイフォスが驚いたようにこちらを見た。彼の心を代弁するかのように、俺がさらりと言ったことに驚いているのだろう。 だから、
「……と、サイフォスが申しておりましたので」
と付け加える。
「そうなのですか?」
アリシアは、少し戸惑ったような、疑いを含んだような表情でこちらを見る。
「いや、思ってはおりますが、私は断じて、声に出しては……!」
自分の失言に動揺したサイフォスの顔が赤くなり、その様子に心愛は嬉しそうな顔をした。
隣を振り向くと、恥ずかしさを隠すように、少し睨んでくるサイフォスの姿があった。その様子にはどこか照れの色が混じっていて、まるで子猫が拗ねたような可愛らしさがあった。
「お二人とも、仲が良いのですね」
そのやり取りをみて、心愛が優しい声音で微笑む。俺は迷うことなく、まっすぐに答えた。
「はい。サイフォスのことを尊敬していますから」
その言葉に、サイフォスも少し俯きながらも、静かに続ける。
「私も、彼のように強く、前を見つめて生きたいと思ってます」
素直なその言葉に、思わず口元が緩んでしまう。
「そうなんですね」
俺を見つめるアリシアの表情に硬さが取れたのを感じる。警戒心がなくなり、ふわりと柔らかく表情がほどけていくのがわかった。
「少しの間、滉誠と二人でお話しさせてもらえますか?」
そう言った彼女に、サイフォスは小さくうなずく。そしてすぐに、俺たちの周囲に魔法を展開した。防音のための結界、便利なものだと思いながら、俺は彼女と正面から向き合った。
彼女は覚悟を決めたように、しっかりとこちらを見据える。
「あなたは、日本から来たという認識でいいの?」
既にある程度の確信があるであろう彼女は俺にそう告げる。地球でもこの世界でもなく、的確に日本と。
「その通りだ。心愛って呼んだら分かってもらえるかな」
驚いたような表情でこちらを見つめる。警戒させてしまったのは事実になるが、はっきりさせておく必要があると感じていた。
「俺に敵意はない。それに武闘大会を主催したゆりも同じく日本からきている」
「そっか、君たちもこの世界に巻き込まれたなら、私の想像通りいかないわけだね」
彼女もやはり気がついているのだろう。自分が想像した通りに事が運ぶという事実に。何かしらのきっかけで気づいたんだろうな。
「まぁ、な。それより、さっきの騎士は何だったんだ?」
なぜ戦う必要があったのか。何より心愛がその場にいなかったことも含めて、俺は不安の芽を摘んでおきたかった。
けれど心愛は、ん?と言いたげな表情で困惑したように俺を見つめる。その瞬間、気がついた。俺のせいかと。
「すまない。自業自得だった。忘れてくれ」
「そこまで言われると気になります」
さっき執事に試されたことを話すのと、心愛は謝る形で深く頭を下げる。慌てて静止するが、音が聞こえない周りから、なに王女に謝罪させてるんだという非難の視線が突き刺さる。
「心愛、そこまで謝られるとさすがに周囲の視線が痛い」
「これは、失礼しました」
ここははっとしたように目を見開き、俺をまっすぐに見つめる。
「でも、私はそのような指示はしていないんですよ」
そう告げられた俺は、一つの可能性について話し始めた。
「そうだろうな。本来なら俺は戦う必要が無かったはずだ」
「本来ならと言いますと?」
「俺がいなければ、武道大会でサイフォスが優勝して王女と仲良くなるみたいな流れになっていたんじゃないか?」
「その可能性は高いですね」
「身分が違うからこそ、障害として先程の騎士がいたんだろう。けど俺が優勝してしまった」
「なるほど。でも、それならサイフォスだけで良いのでは?」
「魔力のない俺が、誰が見ても強いサイフォスに勝って怪しかったんだろうな。敵国のスパイとでも思われてたんじゃないか」
「たしかに、一理ありますね」
「だからこそ完璧に、自業自得ってわけだ」
「それでも、普通なら私にもう少し文句の一つや二つ言っても罰は当たらないと思いますけど?」
「それは俺の信条の問題かな」
その答えに、心愛は少し目を細めて、静かに微笑んだ。
「……なんだか、少しあなたのことがわかったような気がします」
彼女とこうしていると、やはり自分を偽装して話しているのがよく分かった。だからこそ、俺は心苦しさを感じる。これから彼女を傷つけることになると、それを認識した上で、彼女をしっかりと見つめ直す。