余韻
ようやく式典が終わった。俺はぐっと背伸びをして、ひと息つく。張り詰めていた緊張がようやくほどけ、誰にも咎められない空気の中で、やっと現実味が追いついてきた気がした。
少し周囲を見渡してから、俺はサイフォスに近づき、そっと声をかける。
「試合中はひどい言葉を投げかけた。すまなかった」
深く頭を下げると、サイフォスは少し驚いたように目を丸くして、すぐに穏やかに笑った。
「気にしてないから、大丈夫だよ。それに…僕を覚醒させるためだったんでしょ?」
一瞬、俺は驚いて彼の顔を見つめてしまった。確かにその意図はあった。だが、それを冷静に受け止めているサイフォスに、どれだけ人ができているんだよと、思わず笑みがこぼれる。
「まあ、確かにそのつもりだったな。……ちょっとはモテていることへの嫌味も混じってたけど」
「それは素直に“覚醒させたかった”って言えばいいのに。滉誠は、そういうところは変に真面目だよね」
サイフォスの言葉に、肩の力が抜ける。
くすっと笑う彼の声に、肩の力が抜ける。
ふと、胸が熱くなるのを感じた。こんなにも心が躍った戦いは、これまでになかった。師匠との修練とも違う。同世代で、努力を重ね、誰かを守るために剣を振る“本物の騎士”との真剣勝負――。その全てが、何より嬉しかった。そうか、俺はサイフォンに感謝の念を抱いてるだ。
「ありがとう」
そういって俺は自然と手を差し出していた。
「こちらこそありがとう、滉誠。でもね、次は絶対に負けない」
「次も絶対に勝つ」
互いに手をギュッと握る。力比べのように握る。
(痛ってー!)
内心で悲鳴を上げつつ、表情にも出さないようにする。やはり、力じゃ敵わないなと、苦笑いを浮かべながら、俺はサイフォスの背中をぽんと叩いた。
「それより、姫さんのところに挨拶してこいよ」
視線の先では、心愛がじっとこちらの様子を見つめていた。どうやら、推薦してくれた貴族や王族への挨拶が通例のようだ。周りの参加者を見ても、皆が挨拶をしている姿が散見される。
「それと、俺とお前、王女様と会う約束してるからよろしくな」
「えっ……ちょ、まっ……!」
少し慌てたのち王女と会うことを想像したのだろう。顔を赤くして慌てるサイフォスのその様子に、見てるこちらが照れてしまうほど、愛おしく感じた。
俺はくすぐったい気持ちを振り払うようにサイフォスの元を後にした。
自身も推薦してくれたゆりの元へと向かう。何より、ここまでしてくれたゆりに感謝の気持ちを伝えずにはいられなかった。
辺りを見渡していると、参加者の入場口から、こちらに向かって歩いてくるゆりの姿が見えた。俺は駆け寄るようにして、彼女の元へと向かう。
「ありがとう、ゆり」
俺は彼女の目を見て、しっかりと思いを伝える。
「ばか...無茶しすぎだよ」
そう言って、泣きそうな顔で俺の胸をポンと叩く。
先ほどまでの高揚感はなく、胸に置かれた手から感じるぬりの微かな震えに申し訳なさを感じる。俺にとっての当たり前をいつの間にか、他の人にも当てはめていたんだな。今も震え続ける彼女の手に、本当に心配してくれていたことがわかる。
「ごめん」
そう告げるとゆりは、顔を僅かにあげてこちらを見る。
「滉誠にとってはきっとなんて事ない事だと思う。けどね、もっと言葉で伝えてほしいんだ。信頼されてるのか不安になる」
「信頼どころか、寄りかかっているさ」
「確かに、今回は無茶振りばっかりされた気がする。ある程度用意してたから良かったものの」
「それは本当にごめん。きっと無駄になったものも多いんじゃないか?」
「そこは気にせずに、ありがとうって言えば良いんだよ」
「ありがとう」
「うん。それと、おめでとう滉誠」
そう言って差し出される彼女の手を握る。ぐいっと急に力を入れられて、彼女との距離が近くなる。彼女の顔が近くなり、優しい植物系の匂いがしてドキッとする。
「疲れは見て取れるけど、重傷は負ってなさそうだね。急に引っ張っても悲痛な顔しないし」
「まぁな、致命傷は負わないようにしていたからな」
「といっても、吹き飛ばされた時は死んだんじゃないかって心配したんたまからね。ボールみたいだったよ」
そういって、彼女が茶化すのはきっと、先ほどまでの重たい空気を払拭するためだと思った。
「たまには、扱われる側の気分にでも浸っておこうかなと思ってね」
「じゃあ、今度熱湯用意しておくね」
「何するの!?」
ふふっと彼女が笑ってようやく和んだ気がする。
「そういえば、心愛と壇上で何か話してたよね?」
「あぁ、彼女がこの世界の人物か問いかけてきたから、否定をしたんだ」
「じゃあ、正体はもうバラしたってこと?」
「いや、あえて答えずに会って話したいと伝えたな。もちろん、俺一人じゃ無理だろうから、サイフォスと一緒にはなるがな」
「ふーん。それじゃあ、滉誠も一歩前進ってわけだね」
「あぁ」
「それは、私も一緒に行ったほうがいい?」
「いや、まだ打てる手は残しておきたい」
「わかった。じゃあ滉誠、頼んだよ」
「任せろ」
そういって俺は、胸に手を勢いよく置く。
「そういえば、ゆりの方から、俺に何か頼んでおきたいことはあるか?」
「ううん、今のところは特にないかな」
「それじゃあ、このへんで、いったん解散とするか」
「そうだね。あちらでサイフォスと話してるお姫様が、こちらに気づいたらまた面倒なことになりそうだし」
そう言って、俺たちは自然と別れた。
俺はその場に残って、サイフォスを待つことにする。ゆりは軽く手を振って、会場を後にした。その背中は、参加者用の出入り口へと静かに消えていった。