サイフォスVSレティシア
もし物語に“主人公”という存在がいるのなら、
それは、きっと彼のような男を指すのだろう。
これまで歴戦の強者たちと三戦を重ねてきたというのに、彼は疲れた様子ひとつ見せない。むしろ、その身に纏う魔力はさらに輝きを増し、可視化されたオーラが周囲を震わせていた。
敵と真正面からぶつかり、捻じ伏せる。その姿は、まさに騎士。魔法には魔法で、剣技には剣技で。相手より技術的に劣っていたとしても、戦いの中で成長し、追いつき、追い越す。本当に最高だよ。
「さあ、いよいよ準決勝が始まります!」
爆音と共にシルエットが見えてくる。
「その姿、まさに騎士! 堂々たる構えと技術で、幾多の試合を制してきた男、サイフォス選手ッ!」
魔法で再現されたスポットライトの中を一人の女性が歩いてくる。
「対するは──徹底的に相手の弱点を突き、全力を出させぬまま仕留める、静かなる狩人! レティシア選手ッ!」
そうして二人が向かい合い、試合の鈴の音がなる。その合図と同時に、レティシアが煙幕を展開し姿を消した。誰もが見失っていた次の瞬間、サイフォスの背後を取っていた。
しかし、気配か、あるいは魔力の揺らぎを感じたのか、サイフォスは迷うことなく背中の剣で、後方からの一撃を受け止めた。
軽量なレティシアは、受け止めの衝撃でわずかに体勢を崩す。だが怯むことなく、第2、第3の連撃を放つ。それをサイフォスは、的確に弾き返す。
飛びナイフが飛び交うが、サイフォスは最小限の動きで全てを回避し、反撃の蹴りを放つ。レティシアと、軽やかにかわして距離を取る。
一瞬の逡巡の後、レティシアはサイフォスに向かってかけだした。ナイフを数本投げつけ、間髪入れず円形の煙幕を展開。またしても彼女は姿を消す。
(今度は…サイフォスも巻き込まれたか)
会場は一気に緊張に包まれ、観客たちは何が起きているのか把握できず、ざわめき始める。
「見え中での攻防。一体中で何が起きてるんだ!」
実況は熱を覚さない様に、観客の興奮を煽るように叫ぶ。煙がわずかに揺れることで、未だ戦いが続いていることだけが分かる。
皆が見守るなか突如、煙幕の外へと吹き飛ばされる人影があった。
「おおっと! 誰だ!? レティシアか? いや、サイフォスだー」
煙の向こうから、まるで弾き飛ばされたように転がり出てきたのは、鎧を纏ったサイフォスだった。
鎧の一部は、大きな衝撃で潰れていた。晴れゆく煙の向こうに見えたのは──拳を振り切ったまま静止しているレディシアの姿。
強烈な反動があったのか、彼女は追撃を入れにサイフォスに向かっていなかった。同時に理解する。レティシアは自身が静止するほどの衝撃すら受けきる技術を備えた、紛れもない戦士だと。
そして、サイフォスが地面に手をついて動けないことを確認したレディシアは、腕に装着していた武器を捨て、サイフォスに接近する。
「サイフォスッ!」
騒がしい会場の中、透き通るような少女の声が響いた。心愛の叫びだった。
その声に呼応するかのように──サイフォスの体に纏う魔力が、膨大に膨れ上がる。燃え上がるような気配に、駆け寄っていたレディシアも思わず足を止めた。
口元から血を垂らしながらも、サイフォスは堂々と立ち上がる。まるで、何百戦を生き延びた老練の戦士のような風格を纏って。
そしてそこからは、まさに彼の独壇場だった。飛び交うナイフは最小限の動きで回避し、煙幕すら、一閃の剣が生み出した風圧で霧散する。
もはや、勝てない。
それを悟ったレディシアは、静かに剣を収め──降参を告げた。
「勝者、サイフォスー」
会場が歓声で揺れる中、レディシアが何か小声で言うと、サイフォスは少しだけ照れたように頬をかく。
それを見ていた心愛が、ぷくっと頬を膨らませてサイフォスをじっと見つめる。嫉妬なのか、照れ隠しなのか、その感情は俺には分からなかった。
でも──そんな彼女が、なんだかとても、愛おしく思えた。