大牙のリカード
「おっと、これはどうも。騎士団の皆さん」
低く響く声が、静寂を破った。盗賊の大将らしき男が、大きなソファにゆったりと腰を下ろし、こちらを見つめている。
その態度には、焦りの色など微塵もない。むしろ、俺たちを嘲笑うような笑みを浮かべていた。
「……リカード」
騎士団の一人が低く呟く。その視線は、目の前の大柄な男を真っ直ぐに捉えていた。
「リカードって誰ですか?」
俺が問いかけると、その騎士は一瞬も男から目を逸らさず、険しい表情で答えた。
「大牙のリカード」
——その名を聞いた瞬間、場の空気が一変する。
「かつて王国一の剣士と言われた男だ」
「……王国一の?」
俺を改めてリカードと呼ばれる男を観察する。確かに強いと感じるが、そこまでの威圧感は感じない。
「彼は、王国に忠誠を誓う騎士だった。けど、冤罪で全てを失った。一人娘を、そして片腕を」
悲痛な顔を浮かべながらも語る。
「その時、リカードは、静かに笑った。その表情には、憎悪も、怒りもない。ただ、全てを諦めているような——そんな目をしていた」
リカードと呼ばれる男は、義手らしきものを装着すると、胸の奥で警鐘がなる。なるほどね、コレは団長クラスだな。
「俺たちが束になっても勝てるかどうかって所だ」
団員がそう説明するが、正直なところ、負けはしないだろうという感覚がある。
俺は警戒を怠らず、周囲を見渡す。最悪なことに——リカードの他に三十二人の盗賊がいる。
さらに奥にはアリシア王女がいるのが見えた。
彼女は薄い球状の膜に包まれ、囚われている。
魔道具による防御結界——つまり、王女の身を守る術式だろう。
「団長を呼んだら、この状況を打破できますかね?」
「確かに、リカードを抑えられるとしたら、この場には俺たちの騎士団長くらいしかいないだろう」
「おいおいお前ら、まさか王女を置いて逃げるなんて言わないよな」
敵の大将らしき男は嘲笑いながら、俺たちに告げる。
リカードが本気を出せばこの結界はすぐに壊れるぞ。まぁ、お前らが王女がどうなってもいいって言うんなら、別だけどな?」
どうやら簡単に逃してはくれない様だ。周囲を警戒しながら、俺達は互いをカバーできる位置に移動する。
「どうやら、ここで戦うしかないようですね」
サイフォスは覚悟を決めたのだろう、剣をしっかりと構えて前を見据える。
「……ったく、仕方ねえな」
周囲の騎士たちも覚悟を決めて、盗賊たちを見据え、息を整える。
「まずは雑魚を片付ける。サイフォス、滉誠——」
「お前らでリカードを倒せ!!」
サイフォスが深く息を吸い、鋭い眼光を向ける。
「「了解」」
ーー戦いが、始まる。