謀
商人レナントとの会談を終えた俺は、進捗のすり合わせと、物品を受け取るために灯台へ向かった。そこには、予定よりも早く到着していたゆりの姿があった。
何か想定外のことがあったのかと勘ぐるが、彼女の表情には焦りの色はない。
「待たせたかな?」
ゆりはゆっくりと振り向き、落ち着いた声で答える。
「そんなことないよ」
何度見ても、同世代の子がドレスをまとっているのは、どこか違和感がある。
「そっちは順調か?」
「うん、武道会の準備は整ってるよ」
「そっか」
俺の反応を見て、ゆりが小さく首をかしげる。
「どうしたの? 浮かない顔してるけど」
こちらを不安そうに見つめる。
「もしかして、今日打ち合ってみて、勝てる自信がなくなった?」
俺は息を吐き、自分の気持ちを整理する。そして、首を振って否定する。
「いや、勝つ自信はある。ただ……この世界の住民も、一人一人確かに生きているんだなって、改めて実感しただけだ」
ゆりの瞳が、まるで俺の覚悟を問いかけるように揺れる。
「それでも、やり遂げるんだよね?」
「ああ」
「ちとせだったら、もう少し気の利いたフォローを入れてくれたかもしれないね」
そう言って優しい微笑みをゆりは浮かべる。でも——
「やはり、決意は鈍らないほうがいい。まあ、誰かに何か言われたくらいで揺らぐようなものでもないけどな」
俺の意思を確認するとゆりは頷いた。ゆりは、手に持っていたドローストリングパースから一枚の紙切れを取り出す。
「——はい、これ」
そう言って渡されたのは、武道大会の参加証だった。
「助かる」
俺も、ゆりにやってほしい事をまとめた内容についてまとめた紙を手渡す。ゆりは、一通り確認すると、
「なるほどね。確かにこれは、私たち貴族にできない領分だ」
内容を確認したゆりは苦笑を浮かべた。だが、その目線の先には、すでに次の一手を考えているのが分かる。どう成し遂げるかと考え込む様に、彼女の表情は真剣だった。
「お嬢様に対して、不利益なことを頼んでいるわけではありませんよね?」
ゆりが、真剣に考え込む姿を心配してメイドであるフレアが俺とゆりの間に割って入る。まるで主人を守るように、自分の体を盾にしていた。
「安心して、フレア。これは私にとっても必要なことなの」
ゆりの言葉を聞いたフレアはじっとゆりの顔を見つめた。そして数秒の沈黙の後、納得したのか、一歩後ろへと下がる。
「いい人をそばに置いているな」
俺は思わずそう呟いた。
「えぇ、フレアは私が信頼できる、かけがえのない家族のような存在だから」
ゆりもまた、周囲の人を大切にしているのだろう。だからこそ、俺の覚悟を問いかけたんだと分かる。全てに目を通したゆりが、顔を上げる。
「OK。あとはこっちに任せて」
ゆりはまっすぐに俺の瞳を見つめて、了承してくれる。
「ああ、頼んだ」
この数日で、事態は大きく動く。ゆりに渡されたチケットを王女はきっと、サイフォスに渡すだろう。そこで俺が勝つ。
——あなたが選んだ騎士を、俺が打ち負かす。