登場人物なんて存在しない
俺達は、病院へと向かい、再び夢の世界へダイブする。目を開けると、そこに広がっていたのは、宿舎の光景だった。
昼過ぎだということは、傾いた太陽の光から察せられた。なるほどな、俺達がいない間も世界は進行しているってことか。
場所も移動していることから、俺の体を動かす人がいたか、記憶が補完されているのだと推測する。
「ほら、滉誠。ぼーっとしないで、さっさと午後の訓練に行くぞ」
唐突に声をかけられ、俺は意識を現実へと引き戻される。仲間の当たりが強くないことから、俺が「いなかった」ことにはなっていない可能性が高いかと結論づけて、訓練場へと足を運んだ。
そこにいたのは、心愛が演じるアリシア王女だった。彼女の視線の先には、サイフォス。なるほど、想定以上に仲が深まっているらしい。
彼女の目が無意識のうちに彼を追い、その動きを観察している。親密度が高ければ高いほど、俺がサイフォスを倒した時の衝撃は大きくなるな。
午後の訓練を終え、宿舎へと戻る。結局、心愛が滞在していたのは二時間ほどだった。それ以降は別の場所へ移動してしまったらしい。別の攻略対象か、公務かは定かではないか。
宿舎の廊下を歩いていると、前方からサイフォスがやってくる。
「よう、サイフォス」
「滉誠か」
「今日もお前の剣は冴えていたな」
「君にそう言ってもらえるのは嬉しいよ」
爽やかに笑みを浮かべる姿が様になっている。少し圧倒される感じが主人公って感じだな。
「それより、姫さんは毎回お前を見に来てるみたいじゃないか?」
その言葉に、サイフォスは頬をかいて照れくさそうに笑った。
「……嬉しいんだけどね。でも、僕じゃ身分が釣り合わないから」
意外だった。サイフォス自身も、彼女を意識し始めているのか。だからこそ、先ほどから表情が柔らかくなったのかと。
「彼女と出会って、もうどれくらい経ったっけ
?」
「一週間くらいだね」
「ああ、もうそんなに経ったのか」
サイフォスは少し遠くを見つめながら、言葉を続ける。
「でも、まさか……あの時助けた王女様が、こうして毎日のように会いに来てくれるとは思わなかったよ」
「そうなのか?」
俺がそう返すと、彼の表情にふっと影が差した。
「君も見ただろう? 僕の圧倒的な強さを」
「あぁ」
返り血ひとつない、完璧な戦闘。誰もが目を奪われるほどの、異次元の強さだった。
「君みたいに、それを『すごい』と思ってくれる人は少ないよ」
サイフォスは静かに言った。
「まして、戦闘に参加しない一般の人々なら、なおさらだ。強すぎる存在は、恐れられるものだからね」
彼の声には、微かな苦味が滲んでいた。
「助けた相手が遠ざかっていくことなんて、日常茶飯事だった。でも、ああやって王女様みたいに、こんな化け物みたいな僕を慕ってくれる存在がいると……嬉しいんだ。同時に、救われてもいる」
その言葉を聞いた瞬間、胸が痛くなった。そうだよな。彼らは、この世界の「登場人物」なんかじゃない。俺たちと同じ、一人の人間だ。
だとしても、俺はこの道を進む。彼らの思いを踏みにじることになったとしても、俺は、俺が正しいと信じる道を――。
覚悟を決め、俺は目の前の誇り高き騎士を見つめ返した。
「なあ、サイフォス」
「ん?」
「後で少し付き合ってくれないか」
彼は、いつものように笑って頷いた。
「もちろん」
その笑顔が、いつも以上に眩しく感じた。