選択肢
風呂に入ると、俺一人だけの空間が広がる。
風呂に入ったことで、一人の空間が広がる。 浴槽二つにサウナまであり、そこそこの広さを誇っているが、男性側の浴槽は女性よりも小さいらしい。
現段階ですら、男性は黒服の男たちを含めて6人しかいない。 これは女性の方が共感性が高いという部分でもあり、男性の場合だと、まあ、女性に対して、 そういう目線が多いという理由で、 不採用になる人間が多いことも原因であるか。 はあ、まったくもって上手くいないものだな。
男性との比率が半々であれば.取れる対策だって多いはずなのにな。ダイバーなんて俺含めて二人しかいないしな。
風呂に浸りながら考える。俺に与えられた役割とは何か、俺が彼女たちにできることは何なのかと。
風呂から出て外に出るとまだ30分しか経っていないため、誰も外にはいなかった。そこから15分もすると、皆が出てきた。
「滉誠早いね。やっぱりみんなに置いてかれるの気にしてるの? 」
ゆりがイタズラのある笑みで聞いてくる。
「いや、気にはしてないよ」
そう答えた俺を見て、ゆりは真剣な表情に戻る。
「そうだよね、もう切り替えなくちゃだよね」
ゆりも真剣な表情に戻る。楓を救う。覚悟は既にできている。ゆりとの会話が終わってから、数秒後、ヒナとちとせが出てくる。
「ゆりは滉誠と何か話していたですか?」
ヒナが俺たちの雰囲気を見て、何かを感じ取っていた。
「絶対に助けようねって話だよ」
「そうですね、私たちにしか出来ないです!」
ヒナが深く頷く。
「そうだよね、私たちならできるっ」
さっぱりとした表情でちとせが答える。
***
俺たちは部屋に戻って、議論を開始する。
「楓と向き合う上で何が必要だと思う?」
ゆりが一番の問題点について話をする。
「聞いた感じだと素直に向き合う。気持ちを伝える 」
ちとせらしい、人と向き合う事に重きを置いた返答が返ってくる。
「私は覚悟だと思うです。人が覚悟を決めた時の雰囲気は違います。」
ヒナは自分達に必要な心構えを伝えてくれる。
「俺は、楓が抱えている悩みについて考える事が必要だと思う。」
意見が押し付けであると苦しく感じる。
「私は、楓の話を聞ける状況が必要だと思う」
ゆりは冷静に感情ではなく、環境に目を向ける。
「どれも大切だよね、覚悟を持って素直に、相手が求めているものを話せる状況を作るって事が必要って事だよね?」
ゆりが上手くまとめて問いかける。
「でも、そんな状況を作り出すのは、現状無理です」
ヒナが冷静に分析する。
「私もそう思う。けれど、その前提で進める事が重要なんだと思う」
「俺もゆりに賛成だ、受け入れてくれる、話してくれる前提で進めていたら痛い目に遭うと思う」
俺たちが向き合う、楓はそんなに甘い人文ではない。ゆりと俺がそれを痛感していた。この感覚的な部分に関しては共有がうまく出来ない悩みでもあると感じる。
「だけど、環境という部分は大きなヒントであると思う」
「環境がですか?」
ヒナが首を傾げて質問をしてくる。
「そう、環境。皆が勉強をしている中で騒ごうと思わないし、皆が楽しんでいる中で一人勉強をしようなんて普通は思わない」
「私は普通にするです」
「ごめん、例えが悪かったな」
「風呂に入るのに服を着たまま入らないでしょ?」
「おー、ゆりの説明はわかりやすいです。状況によって常識が変わるって事ですよね」
「そういう事」
「つまりは話したくなる環境を作れば良いんだよね」
ちとせが話を元に戻す。
「ちなみに、皆はどんな状況なら話を聞いてくれる?」
千歳らしい感情をメインとした答えが返ってくる。
「相手が自分の弱さを告白してくれた時かな」
ちとせが答えてくれる。
「ヒナは、できれば1体1だと話しやすいです。」
人を分析するヒナだからこそ、人が話しやすい状況と言う部分で話してくれる。
「ぶっ飛んでいるが、相手が愛の告白をしてきたらかな」
相手が結構な覚悟と行為を抱いているとしたら、話を聞かないと行けないよな。
「俺は、屋上でなら話を聞いてくれるんじゃないかと思っている。」
「それは、どうして」
ゆりが理由を聞いてくる。状況という部分でなぜ屋上なのかと。
「ゆりは町並みが息苦しいと感じなかったか?」
ヒナやちとせに間隔を共有する為に俺は問いかける。
「それは感じたよ、街並みは学校を基点として作られている感じ。まるで街が学校を中心として檻に入れられているように感じた」
ゆりは考え込むように、手の甲を顎に持っていき、俯いて考える。
「俺もそう感じる。ミラーや屋根の角度が学校への矢印に感じた」
「具体的にどういう感じか共有できる?」
「梅雨の時に、湿気が体に巻き付く感じとか、気圧が重くのしかかっている感じ。あの空間は空気が重く感じるんだよ」
個人的な間隔であり、うまく言語化出来ないが、何となくのニュアンスを伝える。
「それで、滉誠は結局何が言いたいです?」
「学校がまだ居続ける理由となる場所で問題のある場所だとして、唯一行ったことがない場所があるとしたら、屋上だと思う。そして、俺達が逃げる事ができない場所だ」
「つまり滉誠は、退路を絶って彼女と話す意思がある事、唯一息苦しさを感じにくい場所を選んだんだね。人が来る可能性が無いと踏んで」
ゆりは、俺が言いたいことを代弁するように分かりやすく言語化してくれる。
「そして、私達に足りない部分がそこか」
ひなは首ごと上半身を傾けて、全身で?マークを作る。
「どういうことですか?」
ちとせも同様に分からないという困り顔でゆりを見つめる。
「私達に一番足りていないことってなんだと思う?ちとせ」
「えっ、私達に足りないこと、チームワークとか?感情を素直にさらけ出せていない部分とか?」
急にふられたちとせは困惑気味になりながらも素直に答える。
「ヒナは?」
「情報ですか?」
実際に足りていない部分、感覚を含めて情報は圧倒的に足りていない。
「滉誠なら、気づいているんじゃない?楓を助ける上で必要な事」
ゆりの真剣な表情を見て、俺も思考を深めるべく集中する。
「具体的に何をすべきか落とし込めていない部分かな。」
ゆりは、自虐的な笑みを浮かべながら答える。
「滉誠は意識しなくて出来ているんだからすごいね。」
瞼を閉じながら頭を下げた後、再び顔を上げ目を見開いた彼女からは覚悟が伝わってくる。
「私達に一番足りないことは、楓ちゃん自身をきちんと見ることが出来ていない部分だよ」
ちとせはハッとしたように、表情を変えた後落ち込むようにうなだれる。逆にヒナはそれでも理解出来ていないようで?マークを顔に浮かべている。
「覚悟を伝えるとか、素直な気持ちを伝えるとか、私達自分たちの想いをどう伝えるかしか考えていなかったって事だよね」
ちとせは俯いたまま、自信なさげに答える。
「そういうこと」
気づいてしまった現実に、皆が暗い雰囲気のまま俯いていた。