再開
宿舎で外出手続きを済ませた俺は、すぐに街へと繰り出した。街路を歩くと、石畳が靴の底に心地よい振動を伝えてくる。
人々の話し声や、露店の商人たちの呼び声が入り混じり、王都独特の活気に満ちた雰囲気が広がっている。俺は足早に店を巡り、一時間で十軒ほどを回った。
目的は決まっている。無駄な寄り道はしない。すでに用意されていた金で、俺はいくつかのものを購入した。
さて、ゆりと落ち合うとしますか。俺は手に入れた信号弾と細い糸を使い、誰かが撃ったように見せかける細工を施した。慎重に引き金を引くと、
シュバァッ──!
青い閃光が夕空へと昇る。王都でこんなものを打ち上げれば、当然すぐに騎士団や警備兵に知れ渡るだろう。俺は少し離れた場所から、それをじっと見守る。
事前に決めていたのは、信号弾など目印となるなるものから南東にある、一番高い建物の下での待ち合わせ。(王城など一番重要な施設を北として)
俺は人気の少ない路地へと向かい、壁にもたれかかる。ものの二十分ほどで、ゆりが姿を現した。
「やあ、滉誠。待たせたね」
明るく微笑む彼女に、俺は肩をすくめる。
「そうでもない」
ゆりの姿を見て、俺は少しだけ目を見張る。
「似合ってるな。そのドレス」
「そう?」
ゆりは少し照れくさそうに、裾をつまんで軽く広げた。淡い紫のシルク生地が夜の光を柔らかく反射し、上品な光沢を放つ。そんな彼女の仕草を見たメイドが、すかさず口を挟んだ。
「はしたないですよ、お嬢様」
メイドらしき人物は、俺を警戒するように上から下までじろりと見てくる。無理もない。騎士とはいえ、彼女から見れば得体の知れない男なのだから。
「お嬢様、この方は?」
「昔知り合った騎士様よ」
「そうですか」
メイドは納得したような、しないような表情を浮かべるが、それ以上は詮索しないようだった。俺も軽く頭を下げる。
「申し遅れました。王国軍第一番隊所属、滉誠です」
「滉誠……なるほど、覚えておきます」
メイドは少しだけ険を解き、頷く。
「それで、滉誠は憧れの人に会えたの?」
ゆりが軽く身を乗り出してくる。俺は口元に不敵な笑みを浮かべ、少し芝居がかった口調で答えた。
「ああ、もちろん」
ゆりの目が、驚きにわずかに見開かれる。
「私はね、ダメだった」
そう言って、ゆりはわずかに視線を落とした。
「いくつか、会いたい人には会えたんだけどね。聖女様とか、同じ貴族の知り合いとか……」
「俺は黒髪の王女、アリシア様に出会えたよ」
ゆりは感心した様に、笑みを浮かべる。
「どうだった? 可愛くてデレデレしたんじゃないの?」
「いや、それない。それどころか俺じゃなくて、同僚の騎士様が惚れられたよ」
俺は苦笑いを浮かべる。
「やっぱり、人生ってのはうまくいかないもんだな」
「……そうだね」
ゆりは少し困ったように笑う。
「それで、行き詰まってるんだ」
「まぁな。つくずく、自分は主人公じゃないって思い知らされたよ。ただ、見ていることしかできなかった」
自嘲するように呟くと、ユリは少し考え込むように目を伏せた。
「……うーん、私も助けてあげたいんだけどね」
小さく息をつき、彼女は苦笑する。
「立場ってものがあるから。ここにだって、無理してメイドにお願いしてきたんだから。あと三十分もしたら帰らないといけないの」
どうやら、ユリも時間制限という枷をはめられているらしい。俺たちは互いの状況を確認しながら、ある程度の方向性を定めるべく話し合った。
「まあ、王女様に会うことなら、お茶会とかでまた会えると思うし。お話ぐらいなら聞かせてあげられるよ」
「それは助かる」
俺は静かに頷いた。
「俺も騎士として、この国を守る立場にある。もし何か助けが必要になれば、言ってくれ」
ゆりは少しだけ目を細め、微笑んだ。
「……うん、ありがとう」
互いに枷があり、役割を強要されていること。目的の人物の共有は済んだ。互いが出来ることを果たすべく、俺たちは足を踏み出した。